第三話 俺を異世界へ送った人
修太ーーいや、ジェボールは驚きを顔にあらわにした。コーンスープを、こんなに豪勢な器で食えるはずがない。食える奴がいたとしても、多分そいつは相当な金持ちだからだ。
「……いらない」
彼は下を向いたまま、ぼそっと一言、暗くつぶやいた。
「いらないのね」
女性は目に悲しそうな表情を浮かべると、コーンスープを持ったまま、虚しく去っていった。少し、涙が見える。
ーーなんなんだよ。全くこういうの、俺あんま好きじゃないんだけどな。
暖かい布団。これはまずよかった。本当にありがたかった。でも、一つだけ、何よりも何よりも、とびきり理解できないことがあった。
ーージェボールって、誰だよ。なんで俺がこうなんだよ。
理解できなくて、それにプライドの高い自分が無駄に苛立って。こういう自分の美徳に反するような出来事が起こるのは、修太は嫌いだった。
認めたくないのだ。
「くそっ」
そう言った時、背後から、
「王子、客が来ております」
という声が呼びかけた。王子が振り返ると、別の女性が立っている。
「こっちです」
言われるがままに彼女についていくと、この城の応接室というべき部屋に居座らされることとなった。
しばらく待っていると、応接室のドアが開いた。続いて、
「ここです、王子は」
という声とともに入ってくる、少女。頭巾をかぶって、やけに豪勢な服装をしていた。
ーーなんだ、こいつ。俺の感覚にひどく何かを訴えかけるじゃんか。
嫌な予感を抱いた。何か、恐ろしいことをしてそうな奴だ。目元を、ヴェールのようなもので隠している。ミステリアス、奇妙。そんな感じだ。
「誰、ですか」
恐る恐る、ジェボールは訊いた。
「そうですね。まずこれから申し上げなければなりません。私は、王室祈祷師のインデレ・ミネルバです」
「で? なんでミネルバってやつと俺が話さなきゃいけないわけ」
うーむ、とミネルバは少し考え込むような素振りを見せた。そして、何かを閃いたかの如く動作をとった。
「なぜ私があなたと話したいか。それはねーー」
ゴクリ。両者とも唾を飲み込んで、緊張を和らげようとした。
「私が、多敷修太くん、君をここへ送ったということを伝えておくために二人きりの時間を持ちたかったんだよ」
「は?」
まだ素っ頓狂な返事をしているジェボールを見て、ミネルバは、失望したふりをした。
「ーから話しますね」
「さっさとしてください」
「私の家系、ミネルバ家は代々この王朝に使えることを宿命とされた一族だったの。この王都は、王だけでなく、王子も政治に参加することになってるんだけど、当代はうまくいかなかった。何故か」
考えさせられるようになのか、わざとここで間を取った。
「王子ーーちょうど前のジェボール様の政治参加拒否によって、王都は壊滅的危機を受けたの。そして、その責任は王子ではなく、ミネルバ家に課された」
ジェボールは、今何がなんだかわからなかった。でも、彼女の言い方から、彼女に取ってはきっと王子の政治参加拒否問題はとてつもない大問題なのだということはなんとなくは分かった。そして、これからミネルバがどのようなことを話そうとしているのかを推察することができた。
「俺の心で、この国をより良いところにするーーこれが、あんたが俺をここへ連れてきた理由だろ?」
「あら。勘のいい男の子」
本人は誉めているつもりなのだろうが、一切誉められているような感じがしなかった。でも彼女の目は、「いい子いい子」と言っているようだった。修太はその「いい子いい子」が見下されているようだ感じで気に入らなかったのだ。
ミネルバの方を見てみた。少し怒りを孕んでいそうな複雑な表情。
それを察し、ジェボールはわざと笑みを作った。
「でもさ、まだわかんないんだよな」
ぽつりと口に出してみた。
「なにが」
「あんたは何者か」
まあそうよね、とつぶやいてから、ミネルバは言い始めた。
「私ね、なるべく殺したくなかった。だけど、あなたは死ぬ予兆がなかったから、私が直接手にかけたのよ」
「てことはつまり、あっちの多敷修太は、あんたによって遠隔的に殺害されたということになるが、あってるか」
静かに頷かれた。しかし、ジェボールは、ククク、と唸った。
「あんたに取っちゃ望ましいことだろうよ。しかし、こっちは前世を殺されて、溜まったもんじゃあとてもねぇんだ。ミネルバさん、そこのところをわかってほしいんだ」
「私ね、あんたの頭を内側から裂いたの。だから外傷はないわ。心臓もすでに蘇生して、今は昔のジェボール王子の魂が宿ってるーーどう? ここまできいたら安心できた?」
「ふうん、トレースね。理解できた」
もう用事は終わったと言わんばかりに、ジェボールはそそくさと応接室を立ち去ろうと足を踏み出した。二歩ほど踏み出したところで、ミネルバが彼を呼び止めた。
「あと、これは私との約束。私以外の人の前で、多敷修太という名前を口に出さないこと。そして、現実から来たというカムフラージュをしないこと。守れるかしら」
「はぁ。これは嫌でも約束守るって言わなきゃいけなくて、いやでもこの約束を守らなくちゃ行けねぇってことなんだろ。分かってるよ」
呆れたかのようにいうジェボール。ただ、その目は笑っていた。これから未来への希望、というべきものを含んでいた。
ーーおもしレェ。
不敵な笑みを漏らしてみた。
「あ、あと私は城にいるからね。実質同居人みたいなもんよ」
付け足しとしていうミネルバ。
ーーいいね、いいね。あっちでの俺が死んだのは確かだけれど、こっち側の世界で俺がセカンド・ライフを楽しめることは確かだ。よぉし。ここでの生活、思い切り楽しんでやろうじゃねーか!!
気合という意味も込めて、奥歯をグッと噛み締めた。何もかもうまくいくような気がした。
明日が楽しみである。
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