ソロ×2

くまゴリラ

ソロ×2

 金曜日の仕事終わり、俺はいつもの居酒屋へと赴いた。残業のためにいつもより遅い時間になってしまったが、営業時間には間に合ったようだ。

 扉を開け、中に入る。客はカウンター席に座っている一人の男だけだった。

 俺は男から二席分の間を開けてカウンター席に座る。


「何にします?」


 女将がおしぼりを差し出しながら聞いてくる。俺は男の横の壁に掛けられている『本日のオススメ』が書かれた黒板に目を向ける。今日は『牡蛎酢』があるのか。牡蠣独特の海の香りとプリプリとした食感。酢によって加えられたほどよい酸味と牡蠣本来の塩味とほのかな苦味。美味いに決まっている。

 黒板を見ながら牡蠣酢に想いを馳せていると、視界の隅で男が動いた。何となく見てみると、まさに牡蠣酢を口に運んでいるところだった。美味そうだ。俺の心は決まった。


「日本酒の冷と牡蠣酢を」


「ああ……、すいません。本日の牡蠣酢は終わっちゃったんですよ」


 な!? 終わった!?


「フッ」


 ……愕然とする俺の耳に隣から勝ち誇ったように鼻で笑ったのが聞こえた気がした。俺は目だけを動かし、そっと隣を盗み見る。今まさに男が牡蠣を口に入れるところだった。その、何と勝ち誇った顔か……。男は牡蠣を飲み込むと白ワインを胃へと流し込む。

 白ワインだと!?

 グラス、匂い。これは間違いなく白ワインだ。牡蛎には日本酒だろうが!?いや、それよりも最後の牡蛎酢を食べるだけではなく、メニューにない白ワインを飲むことで暗に常連であることを匂わせてきやがった!

 そっちがその気なら、こっちもその気だ!


「……じゃあ、いつもの豆腐ある?」


「ありますよ。あと、以前に美味しいといっていた酒も仕入れてますよ」


 女将がニコッと笑う。


「じゃあ、それで」


 女将に注文した後、男を盗み見るとソワソワしているのが明らかだった。

 俺は笑いを噛み殺す。メニューにある豆腐は冷奴のみ。それなのに俺は『例の豆腐』と注文した。『例の豆腐』が冷奴でないのは明白だ。それに加え、俺が美味しいと言った酒をわざわざ入荷してくれていた事実。奴は俺の常連力に見悶えているだろう。

 出てきた豆腐は『たらきく豆腐』。たらの白子を練り込んだ豆腐だ。つるんとした見た目の豆腐を口に入れ、舌で押し潰す。ネットリとした触感と共に旨味が脳髄を刺激する。たまらない。男を見ると脂汗を浮かべながら震えている。俺は勝ちを確信した。


「次は豚カツにしようかな」


 たらきく豆腐を食べ終え、ご満悦の俺は追加注文をする。

 出てきた豚カツにレモンとカラシをつけると頬張った。豚の旨味と脂の甘味、そこにわずかな酸味と辛味が絡み合う。ソースをかけてしまうとくどくなってしまい、日本酒に合わないのだ。かけても少量の天つゆ。これが最適解だ。


「僕も豚カツを……それにビール」


 豚カツにビール?それだけでわかる。こいつはソースをかける氣だ。オーソドックスを悪いとは言わないが、この勝負は俺の勝ちのようだ。

 コトン。

 ことん?今の音はなんの音だ?豚カツやビールより軽い音だぞ?

 男の方を見ると、豚カツの横に黒い固まりが乗せられた小皿が置かれている。何だあれは!?

 男は、その黒いのを豚カツに塗り口に運ぶ。目を閉じ、味を堪能しているようだ。美味そうだ。


「豚カツは黒ゴマのペーストだよなあ」


 男の呟きに頭を殴られたような衝撃を覚える。黒ゴマのペーストだと!?食べてみたい。しかし、それは完全敗北を意味する!

 俺は次の注文をするべく女将に声をかける。



 互いに美味いものの見せつけあいを何回しただろうか?次の注文をしようとした時、女将がテーブルを叩き、こちらを睨み付けてきた。


「お客さん方、営業時間はとうに過ぎていますので……そろそろ……」


 心なしか女将のコメカミに血管が浮いているような気がする。


「「はい、すいません……すぐに帰ります」」


 初めて男と意見が一致した。

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ソロ×2 くまゴリラ @yonaka-kawa

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