Дущечка

茅野あした

第1話

 俺は何人もの女を抱いているが、非情な遊び人というわけでは決してないので抱いた女を忘れることがない。初めて女を抱いたときのことも記憶にある。さすがに辛うじて思い出せる程度にすぎないけれど。

 初めて抱いた女は、他人の─当時親しくしていた友人のものであって、俺のガールフレンドというわけではなかった。抱いた場所がどこだったかは定かでない。大方俺の家か、あるいは女の家だったのだろう。学校や女のボーイフレンド─俺の友人とも言える─の家でセックスする勇気がそのころからあったとは、到底思えないからだ。

 顔をそむけ、嫌がってもだえる女のまとった服を無我夢中で引きはがした。思考はぼんやりと霞がかって、ウォッカを呑んだときと似ていた。うっすらと静脈を透かした乳房がこぼれる様は艶かしく、まだ少しばかり青い桃の果実のように身のしまった若い女の裸体は、しかし神秘的でもあった。宗教画で見る聖母マリアや聖処女ジャンヌのように神聖なものじみて、そんな女を犯す背徳感に、たまらなく興奮した。生白くて細い、陰気な百合のような手首を頭上で縫いとめられ、俺に組み敷かれた相手は、逃げ出したかったのか、それとも快楽のためか激しく身をよじって、嗚咽にも似た声で喘いだ。

 「あたしが、あたしの身体が汚れちゃう。」

 やだ、嫌だったら、やめて─。そう言って、うるんだ上目遣いで睨めつける彼女の、赤に染まった目元をつたう涙を、なんて扇情的なのだろうと他人事のように思いながら眺めていた。

 ああ、でも、その姿だけが鮮明に網膜に焼きついて、今でも時折夢に見る。

 娘が生まれたのは俺が十八のときだった。

 娘をその腹に宿したのは俺が初めて抱いた女ではもちろんない。そのころにはもう抱いた女を数えることに意味なんてないと気がついていた。俺の抱いた女が孕んだのは、後にも先にもこの一回きりだった。

 だから、俺と同じ血が流れているのは娘─オリガただひとりだけだ。

 だというのに、オリガはすべらかな肌と硝子玉のようなまなこと、何よりうつくしい心を持ってこの世に生まれ落ちた。汚れた男と汚れた女から、こんなにも愛らしいいきものが産まれるのかと思わず感心してしまうくらい純真な、まさしく珠のような女の子だった。

 そんな娘を見ていると、脳裏にこびりついた悪夢が、内臓のなかで息づく衝動が、強く拍動する。

 その、清らかな水晶よりも透明な白目と指先を見ていると、─途方もなく、衝動に襲われる。

 俺は今まで、真っさらで清廉な女を抱いては汚し、他の男の匂いがついた女を抱いては自分自身も汚した。そうやって生きてきた。

 この汚れた手で、この世でもっとも愛おしい処女を蹂躙する。その想像は刺激的なほど甘美で、─ああ、死にたい、と思う。……それが到底許されない行為であることぐらい、わかっているから。

 贖罪の言葉がとめどなく口をつく。自分が許してほしいのかもわかっていないくせに。ただ、制御できない欲求に振り回されるのは、ひどく、苦しくて、悔しくて、ごめんな、ごめん、ごめん、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめん、ごめん、ごめん、─どうか、だれか、おれを、おれを、……たすけて。




 それは獣の本能のように自らの身体に根づいていて、それ以外の生き方はできないから、もうどうしようもないのだ。

 どうしようもないから、だから死にたいとだけ思って、でも所詮獣である俺は、いつかきっと、娘を犯すのだろう。

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Дущечка 茅野あした @tomorrowchino

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