僕は雪になりたかったんだ

金子ふみよ

第1話

 僕は一粒のしずく。僕は雪になりたかったんです。

 空に浮かぶ母さん雲の中で、僕はしきりに夢を願っていました。けれど、僕の姉さんや兄さんのしずくは雨で十分だと言いました。

「寒くなければ雪になんてなれはしない。うちらがいる空はすっかりあったかくなってしまったから、そんなもんはあきらめた方がいい」

 母さんも言いました。

「あるがままでいいじゃない。一粒だけが雪になったって何の意味もないんだから」

 僕は覚えていたんです。今の僕になる、何十年も前、そろそろ新しい年をまたごうかと人間たちが騒いでいる頃には、僕は雪になれていたんです。街も田も畑も山もまっ白く、僕と僕の仲間たちが手をつないでいられたんです。

 でも今は姉さんや兄さんの言う通り、僕たちは雪になるのが難しい。これまで母さんはそんなことは言いませんでした。空が変わり、母さんも姉さんも兄さんも変わりました。

「ほら、ごらん」

 母さんは地上を眺めよと言いました。そこには人間たちがたくさん集まり、機械を使って雪を辺り一面にまいていました。

「私から雪の子供たちが降らなくても、ああやって人間の手で雪をこしらえることができるようになったんだよ。だから、お前が雪になる必要もないんだよ」

 そんな母さんの言葉を聞きながら、僕は本当に雪になれないのか、雪になる方法はないのか聞いてみることにしました。

 まずは母さんの背中に上がって、太陽さんに声をかけました。

「どんどん暑くしてほしい。そして海をどんどんわきたててほしい。そうすれば、雲が大きくなって、僕もきっと雪になれるはずだから」

 太陽さんはこう答えました。

「もう暑くはできないさ。今までずっと照らしてきたが、これ以上暑くなると、それこそ君は雪になんてなれないぞ。それに、地上にこもった熱のせいで、君が雪になりたいと言っても、この先はきっと厳しいだろうね。けれど、星は変わる。この星も一切雪が降らなかった時もあれば、星全体が氷に覆われた時期もある。そんな風に変わるものなんだ。だから、今なれなくても、辛抱して待っていてごらん。きっと雪になれる時が来るかもしれない」

 太陽さんは、さすがにずっと地上を見つめているだけのことはあります。僕の知らない、覚えていないことを教えてくれました。だから、将来のことを言われて、気持ちがウキウキもしました。

 それでも僕は今雪になりたかったんです。この僕として。未来の僕は僕であって僕じゃない。同じ水滴だけれども、きっと違っています。もしかしたら、雪になるのが当たり前だと思っているかもしれませんし、望むことを、何かになりたい気持ちをもっていないかもしれません。

「おい」

 太陽さんとは違う声でした。

「話しを聞いていれば、お前は雪になりたいんだって?」

 母さんと僕、そして太陽さんとの間にある空気さんでした。

「そうだ。ねえ、空気さん。空気の力をもっと強くしてください。そうすれば、僕はぎゅっとつまって雪になれます」

 僕は思いついたまま言いました。空気さんは答えました。

「あのなぁ。その加減てのは容易じゃないんだ。お前これ以上力を強くしたら、氷になっちまうぞ。それにな、雪っていうのはな、あれは氷になれなかった中途半端で未熟な状態だ。そんなのに、何を望んでなりたいって言ってんだ」

「白くなれるからです。どこもかしこも白くできます。そうなりたいからです」

「色なんてちょっと光のさじ加減で、それこそどうにでもなる。それには力はいらんからな。それならしてやれるぞ。雨で地上に落ちたら白くしてやろうか。それならばよかろう」

「そういうんじゃないんです。雪の白さがいいんです」

「お前は堅物だな。これを見てみろ」

 空気さんは僕にぽっかり穴の開いた体を見せました。

「人間たちが作った機械やらのせいでこうなっちまった。おかまいなしにな、お天道さんから地上には余計なもんが降り注ぐようになっちまった。この穴が広がっていって、それらをどうにかしなきゃならん。それが俺の今の役割だからな。お前も割り切るんだ。雨か氷になれ」

 僕はどうしたらいいか気持ちが沈んで、悩んでしまいました。

 しばらくすると、冷たい風が吹いてきました。すっかり冬の風です。それは僕を以前は結晶にしてくれました。それなのに僕はまだ雪になれませんでした。風はどんどん強くなっていきましたが。

 僕はふと見つけて尋ねることにしました。気団さんです。これまで母さんや姉さんや兄さんや太陽さんや空気さんに言われたことも説明しました。

「それはその通りだろうね」

 気団さんはウンウンと納得していました。

「いいか。君は私を強いと言っていたがね、これでも以前はもっと強かったんだよ。気まぐれな私の仲間なら、思いつきで雪を散々降らすこともできるだろうが、私はそうではない。もし私がもっと強ければ、雪を降らせる手伝いもできたんだが、今は手伝おうにも力がなかなか出んのだ。私だって、できるものならもっと強くなりたい。けれどね、こうなるしかなれないんだよ。それが今の世界なのさ。今はこうしてこの力でいるしかない。またいつかもっと本気を出せる日が来るのを待つしかない」

 気団さんはそう言って冷たい風を吹きつけました。僕は雪になれませんでした。

 母さんや姉さんや兄さんや太陽さんや空気さんの言葉が頭に浮かんできました。

「それでも僕は雪になりたいんです!」

 僕は思いっきり大きな声で叫びました。すると風は止みました。

「やれやれ、何とも頑固な奴だ」

 気団さんはあきれていました。

「本当に。けどまあ、今なら俺たちが協力すれば、そいつくらい雪にできそうだな」

 太陽さんが見ていました。

「誰に似たんだろうね。ま、いっちょやりますか」

 空気さんもポンと触れてくれました。

「みなさん、うちの子が駄々をこねてばかりに。すいませんが、この小さな思いをなんとかしてやってください」

 母さんは頭を下げました。

「ほら、お前も」

 姉さん兄さんに並んで、僕も頭を下げてお願いしました。

「よし! やるぞ!」

 太陽さんと空気さんと気団さんが掛け声のもと、フンとふんばりました。すると辺りがどんどん冷えていきました。ツーンとするような張りつめるような寒さになりました。僕の身体が少しずつパリパリとしまっていきました。結晶になっていくのです。

「ほら、もう一度お礼を言ってから、降っていきな」

 母さんに言われて、

「みなさん、ありがとうございます。僕は雪になれました」

 太陽さんと空気さんと気団さんは何も言わないで、一つうなずきました。

 母さんの手の平に僕は運ばれました。そこから地上が見えました。そして、僕はこぼれました。僕は空を眺めながらゆっくりと落ちていきました。母さん、姉さんや兄さん、太陽さん、空気さん、気団さんが少しずつ遠くなっていきました。

 背が地面を感じました。到着したようです。僕がいた空を見上げました。どんよりとした鈍色の空でした。それでも僕は白くて、太陽さんと空気さんと気団さんが頑張ってくれたおかげで、他にも降ってきた雪たちとここを白くするんです。

 僕はしばらくすれば溶け、また空に戻ります。母さんの中で僕は一粒のしずくとなって、地上に降る準備をするのです。その時は太陽さんや空気さんや気団さんがふんばらなくても、雪になれるといいなと僕は思います。それがいつになるのか、わかりませんが、そんな思いは持ち続けたいです。

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