キミは尊い

@yamakoki

キミは尊い

「ねえ、DICEって知っている?」


 小学校から高校まで一緒の親友が、いきなり妙な質問をしてきた。

 なんか興奮しているみたいだし……何があったのか。


「ダイス? サイコロのこと?」

「違うよ。本当に里香は知らないのか。DICEっていうグループがあるんだよ」


 そういえば聞いたことがある。

 うちの姉がどっかのグループに所属している蓮という男性が好きだと言っていた。

 そのグループが確かDICEじゃなかっただろうか。


「もしかして蓮とかいう人がいる……」

「そうそう。その蓮くんがマジでかっこいいの。もう尊くて死にそう。マジで神」


 語彙力が消失している。

 いつも作文などを褒められている友人と同一人物だとはとても思えない。


「へぇ……」

「蓮くんはとにかくかっこよくてね。歌も踊りも上手なの!」

「うっ……」


 これはマズいかも。

 中学校時代の友達も、うんざりするほど尊いという言葉を繰り返していた。

 放っておくと推しについていつまでも語り続けるので、適当にあしらっていたが。


「ちょっ……待って……」

「そのうえ、いつも私たちファンのことを第一に考えてくれているの。もう最高!」


 一度始まってしまうと私には止められない。

 こちらの事情なんてお構いなしだ。

 結局、それから三十分も興味のないアイドルグループについての話を聞かされた。


「分かった!?」

「う……うん」


 もはや狂気すら感じる。

 ここで全然分からないなどと伝えたら、その時点で絶交されそうな恐怖もあった。

 ゆえに私は頷くしかない。


「分かってくれたんだ! これだけの要素があって、好きにならない方がおかしい」

「そ、そうだね」


 話を合わせるので精一杯だ。

 溢れんばかりの推しとやらに対する情熱はどこから来ているのか。

 未だに推しというものがない私にとっては未知の世界である。


「おーい、里香。いるか?」

「えっ?」

「今日の十六時に駅前に集合って言っていたじゃねぇか。何で来ない……んだ……」


 そのとき、母に連れられた航が部屋に入ってきた。

 文句を言っている途中に親友に姿を見つけ、声が段々と小さくなっている。


「あっ、ごめん! 連絡するの忘れてた!」

「おいおい、しっかりしてくれよ。何のためにスマホに買い替えたと思ってるんだ」


 航は口ではこう言っているが、あまり怒っている様子はない。

 とりあえずそれにホッと胸を撫で下ろす。

 そして次からは絶対に連絡を忘れないようにしようと心に誓った。


「本当にごめんね」

「まあ、一回目だから許す。それよりも雪じゃないか。どうしてここにいるんだ?」

「航こそどうして……」


 親友――間宮雪が私の部屋にいることに驚く航。

 学校では別のクラスの雪と話すこともあまりないし、航には意外なのだろう。


「親友なのよ。小学校からずっと一緒の」

「……そうなのか」


 なぜか不機嫌になる航。

 普段も格好いいけど、こういう拗ねているような顔は格段にかっこいいんだよね。

 好きだわ。


「おっと……どうしたの? なんか不機嫌になっちゃって」

「いや、何でもない」

「きっと私の方が里香のことをよく知っているからだよ。嫉妬とは醜いですなぁ」

「うるせぇ」


 それでどうして航が嫉妬する必要があるのか。

 むしろ付き合っている分、航のほうが色々な私を知っていると思うんだけどな。

 そんな私の思いを読み取ったのか、雪がため息をついた。


「はぁ……航くんはまだまだ里香のことを知りたいと思っているんだよ」

「えっ!?」

「おい、余計なことを言うんじゃねぇ!」


 見ちゃった。

 航の耳が真っ赤に染まっているのを見てしまった。

 つまり雪の言葉は本当ってことで。


「なるほど……」


 これが尊いという感情なのか。

 私はようやく姉や雪が抱いている感情が分かった気がした。

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