第42会 無自覚と鈍感

奥に薄暗い書斎が見える。

お、いるいる。

今日もよもぎ餅をいただけるだろうか。


「あ、来たわ。」


「よもぎ餅をいただきに来ましたよ。」


「後でね。」


「はいな。」


着席する。

双葉も陽菜も天使たちもいないようだ。


「リーフェとだけでお話すること最近多いね。」


「ご不満?」


「まさか。」


「まぁ不満があったら夢が変わるでしょうし。」


「それを言ったらミカエル様にウリエル様、双葉に陽菜がかわいそう。」


「あはは、そうね。

で、伝言というか通達があるんだけど。」


「何でしょう?」


「前にあなたと一手合わせたことがあったでしょう?」


「うん。」


「ミカエル様がね、興味持たれててねぇ。」


「おや。」


「あなたが天界には行かないって意思を伝えたら、怒られちゃって。」


「リーフェが?」


「そそ。

余計なことしてって。

まぁ笑ってらしたけど。」


「いらしたんだ?」


「えぇ。

あなたが起きているときにね。

戦闘は記録で残してたからお見せした感じ。」


「とことん監視されてるわね、僕。」


「反応速度とか、よかったそうよ。

フェーパに関しては珍しい使い方をしたから驚かれていたわ。

あなたの想像力が活きた証ね。」


「瞬に感謝だね。」


「感謝もなにも、あなたでしょ。」


「モデルだけはね。

キャラが動いたら元から離れちゃったからね。」


「あ、そうだ。

あっちの世界で私、リーフェがいたじゃない?」


「ずいぶん昔に許可取ったよね!?」


「そこじゃなくて。」


「お?」


「あっちのリーフェ、私とだいぶ姿が違うようなんだけど

なんで?」


「あんまり考えてなかった。

というか、名前を借りただけでキャラも見た目も全然似てないよね。

リーフェは髪ピンクだけど向こうは金髪。

リーフェは髪を下ろしてるけど向こうはめっちゃ長いツインテール。

年齢も近いだけで同じでもないし。

リーフェ12歳でしょ。

あっちは10歳か11歳だよ。」


「ふーん。

特別視されてるのかしら、私。」


「かもしれませんね。」


「そうだそうだ。

あなたにちょっと試したいことがあるんだけど。」


「お?」


「じゃーん。」


取り出したのは2本の……注射器。


「何その物騒なの。」


「左手首と左肘に打ちたいんだけど。」


「何の薬?」


「感情がちょっと変わる……かもしれない。」


「そんな不確定要素満載の薬を気軽に打たんでくれるかい。

リーフェ、看護師の心得あった?」


「ぶち込めばいいでしょ、夢なんだし。」


「僕、可愛そうじゃない?」


「ほら左腕出す!」


「薬物乱用いくない。」


「魔法薬なんだから乱用じゃないわよ。

あと、これはミカエル様の処方。」


「え? ミカエル様?」


「本当のことを言いたくないの。

そうかもしれないって感覚よりは素直な感想を欲しいらしくてね。」


「わかりましたー。」


ぎゅーっと引っ張られるような感覚がして薬液が打たれる。


「……どう?」


「そんなにすぐに……、あ。」


「真っ先になんて思った?」


「サフラン色の雨。」


「雨?」


柔らかく雨が周囲に降る。

黄色い綺麗な雨だ。


「あ、床が濡れちゃった。」


「大丈夫。

感情の顕現みたいなものだから。

ふーむ。」


「で、なんなのこのテスト。」


「実は私も何を調べたいのかは聞いてないのよ。

真っ先になんて思ったかを聞いてください、って言われてるだけで。」


「薬液の名前を聞いても?」


「聞いても何にもならないと思うけど……、

手首に打ったのがイルパゴン。

肘に打ったのがエルフレイル。」


「何でここなんだろう……?」


「今はなんて思う?」


「よもぎ餅食べたい。」


「効果は切れているみたいね。」


「痛くなかったからいいけど。」


「信頼されてるわねぇ、私。」


「ま、リーフェだからね。

薬液がほんのちょっとだったけど

あんなんでも効果あるんだねぇ。」


「そうねー。」


「あ、リーフェ。」


「はい?」


「リーフェって子供いるじゃない?」


「アストテイルのこと?」


「そそ。

僕のパラレルでは、概念的に僕の子供だったけど

リーフェって旦那さんいるんだよね?」


「あー……、そこ突っ込むかぁ。」


「ごめん、悪気があったわけじゃ……。」


「悪いとは言ってないんだけど……、

何かな。

王様にならなかった、なれなかったってところで大体想像つかない?」


「あっ!」


「まぁ私も結構な戦乙女ヴァルキリーだったけどねぇ。

王女のくせにすっごい前線に出てたわけだし。」


「突貫、貫きの矢の陣とかで敵陣崩壊させてたとか。」


「何よそれ。

まぁでも大将の首を取ってたのはほぼ私だったわね。」


「そんなリーフェと手合わせしたの?

地獄でしかないんだけど。」


「手合わせした感想は?」


「強すぎ。」


「どう強かった?」


「躊躇いがないところかな。

眼力だけで死にそうなんだけど。」


「……はぁー。」


額に手をやってため息をつくリーフェ。


「ありょ?」


「なんでわかるのよ。

普通の人は漠然と怖いとしかまでくらいしかわからないのよ。

あなたそんなに戦闘経験豊富だったっけ?」


「いやぁ?」


「謎ねぇ……。」


そーっとお餅が出てくる。


「お。」


「どうぞ、よもぎ餅。」


「うん、美味しい。」


「趣味変わったわねぇ。」


「そう?」


「昔ってクッキーとか好きじゃなかった?」


「今も好きですよ?」


「あんまりお餅食べなかったじゃない。」


「喉詰まらせたから怖かったのかな。」


「碌な経験してないわね、あなた……。」


「普通の人生歩んでますよ。」


「嘘おっしゃい。

明晰夢の異常能力者の一体どこが普通なのよ。

あなたの瞬が使うー……、なんだっけ。

あの信じられないほどのチート能力。」


「瞬って大体努力チートなのでどこか分かんないかな……。」


「すべての存在の有と無を把握する、パラレルまでに干渉する技。」


「錬時術ですかね。」


「そうそれ。

よくあんなこと思いついたわね。

あなたの明晰夢に似た能力だと思うわ。」


「似てるー?」


「存在の有無は……、ほら。

干渉したでしょ。」


「うん?」


「言いたくないのよ、察して。

ミカエル様に怒ったこと、あったでしょう?」


「リーン?」


「なかったことになったでしょ、あの子。」


「そういやそうだね……。」


「時間も触れるでしょ?」


「夢なら、という限定つきだけど。」


「エシェンディアの時がそうだったからね。

一回生命建物もろもろすべて反転させたでしょ。」


「結構疲れたよ?」


「できることの異常さを説いているのよ。」


「そりゃすみませんな……。」


「……私の旦那を気にしてたわね。」


「いいっていいって。」


「……ちょっと怖いのよ。」


「何が?」


「あなたがこの世界に呼び戻しそうで。」


「あ。考えたことなかったや。」


「でも今何してるのかな……、死んだだけならいいんだけど。」


「見るだけ見てみようか。

呼ばないから。

……お名前とか聞いてもいい?」


「イリオス、イリオス・レナンダール。」


ツーン……とモスキート音が流れる。


「……どう?」


「アストテイル君みたくお役目にはついてないね。

亡くなっただけ。」


「まぁ、お役目何て付く柄でもなかったからねぇ。」


「……リーフェに会いたいそうですけど。」


「聞いたの!?」


「いや聞いてないよ。

なんだろう。

意思があるのが見える。

掲示板に伝言残してる感じだね。」


「……なんて?」


「会いたい、としか見えないね。

これ以上は直接聞くことになっちゃう。」


「いいわ、聞いて。」


キィィンとモスキート音が大きくなる。


「……会って謝罪したいそうですが。」


「受け入れられないわね。」


「苦笑いされてますね。

そうだよな、すまない。ですと。」


「私が邪魔になって殺そうとしたの、そっちでしょ。

返り討ちにあったんだから反省なさい。」


「え?」


「……何か聞こえたかしら。」


「ご、ご、ごめん。

ああ、あぁ……。」


「……嘘だけど。」


「へ?」


「いや、本当って言いにくいほど狼狽えちゃって……。

昔の事なんだからよくある話なんだけど。」


「生死にかかわると普通動揺するでしょ。」


「エシェンディアは死んだのよ?」


「天寿を全うしてね?」


「なんで戦乙女ヴァルキリーって言われてたか、想像ついた?」


「そういう……。

でも、ごめん。

言葉がない。

偉そうにつらかったねなんて言えるほどの人間でもない。」


「優しいのね。

エクスが懐いたのも、ミカエル様が見染めたのも

ウリエル様が気持ちを寄せたのもわかるわ。」


「それは別じゃない?」


「……あなたが私の世界にいたら求婚はしたかも、ね。」


「妻帯者ぁぁぁ!」


「自分の大きさに気付かないのねぇ……。

まぁいいけど。

ちっちゃいころはあなたは確かにやんちゃだったけど

11歳になってから、どうだった?

周りの子、子供に見えなかった?」


「11歳かー。

僕も子供だったさ。

今だって年取ったけどまだ子供だ。」


「そういう意味じゃないんだけどなー。

11歳の子が大学生に間違われる?」


「老け顔太郎。」


「写真見たけど、相応に可愛い顔してたわよあなた。」


「見たんかい。」


「奥さんは”そこ”を見抜いたんでしょうね。」


「自覚ないんだがなー……。」


「瞬も言ってたでしょ。

”自覚がない”って。」


「あれは鈍い話で。」


「あなたも十分に鈍いわよ。」


「げげ……。」


頭を掻いていると天から光が下りてきた。

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