四半世紀以上前から続く明晰夢のお茶会

第２４会 ３度目の嘘と主様

　少（すこ）し気（き）が沈（しず）んだ状態（じょうたい）で部屋（へや）にやって来（き）た。

　すると、リーフェとミカエル様（さま）が居（い）た。

　「あら、いらっしゃい。

　暫（しばら）く来（こ）ないと思（おも）ってたわ。」

　「ミカエル様（さま）に謝（あやま）らないとと思（おも）ってて。」

　「私（わたし）ですか？」

　意外（いがい）そうな表情（ひょうじょう）をして、こちらに振（ふ）り向（む）くミカエル。

　「先日（せんじつ）はいきなり精霊（せいれい）を放（はな）って申（もう）し訳（わけ）ありませんでした。」

　「あら……、挑発（ちょうはつ）をしたのは私（わたし）ですよ？

　何（なん）なら言霊（ことだま）も使（つか）っていました。

　闘争本能（とうそうほんのう）を呼（よ）び起（お）こし私（わたし）に向（む）くようにね。

　何故謝罪（なぜしゃざい）など必要（ひつよう）ですか？」

　「天使長（てんしちょう）に対（たい）する礼儀（れいぎ）ではないと思（おも）います。」

　「リーフェ、彼（かれ）はいつもこんな調子（ちょうし）ですか？」

　「バカ真面目（まじめ）と言（い）えばそうですね。」

　「ふむ。

　過去（かこ）へ飛（と）んでシュライザルと名（な）を貰（もら）っていましたか。

　この剣（つるぎ）、何（なに）か分（わ）かりますか？」

　輝（かがや）く綺麗（きれい）な剣（けん）を見（み）せてくるミカエル。

　「……エクスカリバー、ですね。」

　「流石（さすが）です。

　天使長（てんしちょう）ミカエルがエクスカリバーを振（ふ）るうという史実（しじつ）はマイナーです。

　通例（つうれい）であればアーサー王（おう）でしょうからね。

　余程（よほど）天使（てんし）好（ず）きなのでしょう。

　悪（わる）い気（き）はしません。

　貴方（あなた）にお願（ねが）いをしてもいいですか？」

　「なんでしょう？」

　「このエクスカリバー、３本目（ぼんめ）なのです。

　本来（ほんらい）のエクスカリバーは湖（みずうみ）の女神（めがみ）から２本賜（ほんたまわ）るのですが、

　両方（りょうほう）ともアーサー王（おう）が折（お）ってしまいましてね。

　しかし、最強（さいきょう）とはいえ二刀（にとう）は呪（のろ）われています。

　それに貴方（あなた）は二刀流（にとうりゅう）の戦（たたか）い方（かた）が合（あ）っていない。

　よって、これから試練（しれん）を課（か）します。

　それに打（う）ち勝（か）てば、このエクスカリバーをお渡（わた）ししましょう。」

　「え？エクスカリバーを？

　そんなことしていいんですか？」

　「所詮（しょせん）私（わたし）とて貴方（あなた）の夢（ゆめ）で転（ころ）がされる存在（そんざい）です。

　神（かみ）とて同（おな）じでしょう。

　人（ひと）は神（かみ）に祈（いの）りで救（すく）いを求（もと）めますが、神（かみ）は人（ひと）の祈（いの）りや尊敬（そんけい）無（な）しに存在（そんざい）できません。

　貴方（あなた）はそこを理解（りかい）してこの世界（せかい）を構築（こうちく）している。

　……ウリエル、いますか？」

　「っ！！」

　「こちらに、ミカエル様（さま）。」

　シャラン、と綺麗（きれい）な鈴（すず）の音（ね）を鳴（な）らせた金髪（きんぱつ）の女（おんな）の子（こ）が音（おと）もなく現（あらわ）れる。

　真（ま）っ白（しろ）の双翼（そうよく）に天使（てんし）の輪（わ）。

　それを見（み）た自分（じぶん）は髪（かみ）が逆立（さかだ）つ思（おも）いで構（かま）える。

　「構（かま）えないでください。

　ウリエル、早（はや）く話（はな）しなさい。

　貴女（あなた）の力（ちから）を警戒（けいかい）して戦闘態勢（せんとうたいせい）に入（はい）ってしまったではないですか。」

　「……はい。」

　長（なが）い髪（かみ）を翻（ひるがえ）しながらウリエルが向（む）き合（あ）う。

　しかし、様子（ようす）が変（へん）だ。

　「あ、あの。

　……私（わたし）、分（わ）かる？」

　「っ！？」

　声（こえ）が変（か）わった。

　声（こえ）に聞（き）き覚（おぼ）えがある。

　まさか、どういうことだ。

　「その顔（かお）、分（わ）かったね？

　えへへ、こんな形（かたち）で会（あ）えると思（おも）ってなかった。

　１３年（ねん）一緒（いっしょ）に居（い）るから流石（さすが）に分（わ）かるよね。」

　屈託（くったく）のない笑（え）みを浮（う）かべて笑（わら）うウリエル。

　冗談（じょうだん）であるなら精霊（せいれい）を呼（よ）んでやろうと思（おも）ったが、嘘（うそ）じゃないようだ。

　自分（じぶん）の理想（りそう）がウリエルとなって現（あらわ）れた様（よう）だ。

　……妻（つま）だ。

　「あ、私（わたし）は仮初（かりそめ）の存在（そんざい）。

　実際（じっさい）の奥（おく）さんとは関係（かんけい）ないんだ。

　でも全（まった）く無（な）いわけでもなくて、何（なん）て言（い）ったらいいかな。」

　「僕（ぼく）の生（う）み出（だ）した概念体（がいねんたい）。」

　「っ！早（はや）い！

　もうウリエルの存在（そんざい）を見破（みや）った！」

　「やっぱり、分（わ）かるんだね。

　流石（さすが）だね。

　ミカエル様（さま）、エクスカリバーを。

　夫（おっと）なら、その子（こ）を扱（あつか）える。」

　「貴女（あなた）がそう言（い）うなら間違（まちが）いないでしょう。」

　剣（つるぎ）がフワリと浮（う）いてミカエルからウリエルへ渡（わた）る。

　「その子（こ）って？」

　「そ、この子（こ）はね３人目（にんめ）のエクスカリバー。

　２回（かい）も折（お）られてプライドもズタズタで人間不信（にんげんふしん）になってる。

　貴方（あなた）ならどうする？」

　「浄化（じょうか）の力（ちから）、ミノスかな？

　だとしたら厄介（やっかい）だね。

　僕（ぼく）では魔力（まりょく）が足（た）らない。

　感情（かんじょう）で魔力（まりょく）が著（いちじる）しく変動（へんどう）する僕（ぼく）ではミノスには勝（か）てない。

　話（はな）し合（あ）いたいな。」

　「残念（ざんねん）、この子（こ）はそれすらも許（ゆる）さない。」

　キラキラと刀身（とうしん）が輝（かがや）くと、光（ひかり）が目（め）の前（まえ）に集（あつ）まる。

　超魔力（ちょうまりょく）の少年（しょうねん）が現（あらわ）れるだろう。

　勝（か）てるのか……？

　が、現（あらわ）れたのは、成人（せいじん）しているであろう女性（じょせい）。

　あれ？ミノスは？

　その女性（じょせい）は黙（だま）ったまま、ウリエルを羽交（はが）い絞（じ）めにする。

　「ちょっと、貴女（あなた）！」

　「リーフェ、待（ま）って下さい。

　最悪（さいあく）手（て）を出（だ）しますが、シュライザルを信（しん）じてみます。」

　「……おい、なんのつもりだ。」

　しかし、彼女（かのじょ）は喋（しゃべ）らない。

　「くっ……！」

　ウリエルの身体（からだ）が首（くび）を絞（し）められたまま持（も）ち上（あ）がる。

　「うぐっ……！」

　「上等（じょうとう）だ！その喧嘩（けんか）買（か）ったぁ！」

　ザァッと光（ひかり）の壁（かべ）を召喚（しょうかん）する。

　「ちょっ……、こんなに簡単（かんたん）に召喚（しょうかん）出来（でき）るの！？

　ってか、ここ危（あぶ）な……！」

　「リーフェ！もう少（すこ）し待（ま）って下（くだ）さい！」

　「我（われ）は与（あた）え……っ。」

　女性（じょせい）が泣（な）いている。

　「……そうか、つらかったんだね。

　ウリエルを離（はな）してくれないか。」

　女性（じょせい）がそっとウリエルを離（はな）す。

　「けほっ！けほっ！」

　ウリエルが解放（かいほう）されて倒（たお）れ込（こ）む。

　「ありがとう。

　君（きみ）の目的（もくてき）は何（なん）だい？

　僕（ぼく）にできる事（こと）なら可能（かのう）な限（かぎ）り協力（きょうりょく）するよ？」

　「シュライザル、エクスカリバーは話（はな）せません。」

　「そうでしょうか？」

　「……して。」

　「えっ！？」

　驚（おどろ）くミカエル。

　「話（はな）せるね、何（なん）だい？」

　「私（わたし）を、壊（こわ）して。」

　「君（きみ）は２度（ど）折（お）られた。

　やっと３度目（どめ）の復活（ふっかつ）を遂（と）げたのに、その命（いのち）を捨（す）てるのかい？」

　「私（わたし）は３度目（どめ）の嘘（うそ）。

　存在（そんざい）したくない。

　振（ふ）るわれたくない。

　壊（こわ）れたい。

　貴方（あなた）なら出来（でき）る。

　２１の世界（せかい）の中（なか）の最強（さいきょう）の二刀（にとう）に選（えら）ばれた天人（てんにん）を超（こ）える存在（そんざい）。

　唯一（ゆいいつ）私（わたし）を殺（ころ）せる人（ひと）。

　やっと出会（であ）えた。」

　「……そっか。

　あのさ、一回（いっかい）でいいから振（ふ）らせてくれない？」

　「貴方（あなた）も一緒（いっしょ）なのね。

　力（ちから）を求（もと）めるだけの獣（けだもの）。

　そうやってアーサーは力（ちから）に溺（おぼ）れて死（し）んだ。」

　「ううん、壊（こわ）してあげる。」

　「え？」

　「僕（ぼく）、さっき光（ひかり）の壁（かべ）を出（だ）してたでしょ。

　君（きみ）に対（たい）してぶっ放（ぱな）してあげる。

　壊（こわ）れたらお望（のぞ）み通（どお）り。

　残（のこ）ったら僕（ぼく）の力（ちから）になって。

　多分（たぶん）、君（きみ）はすぐその気（き）になる。」

　「ならない。」

　「じゃあ試（ため）してみよう。」

　ウリエルが落（お）とした剣（けん）を拾（ひろ）う。

　なぁに、もう一回（いっかい）やるだけさ。

　バンッと刀身（とうしん）が輝（かがや）く。

　数多（あまた）の精霊（せいれい）たちを刀身（とうしん）に召喚（しょうかん）した形（かたち）だ。

　「うっ！」

　女性（じょせい）の表情（ひょうじょう）が苦痛（くつう）に歪（ゆが）む。

　「楽（らく）に壊（こわ）れないね、まだ鍵（かぎ）は与（あた）えてないよ。

　これからだからね。

　我（われ）は与（あた）える！２３万（まん）の鍵（かぎ）！」

　バキィッと嫌（いや）な音（おと）を立（た）てて刀身（とうしん）にヒビが入（はい）る。

　「あぁあぁっ！」

　「いいのー？死（し）んじゃうよー？」

　「わ、私は……！壊（こわ）れ……！」

　「扉（とびら）開（あ）いちゃったら終（お）わりだよー。」

　「い、嫌（いや）だ！死（し）にたくない！

　やめて、やめて、やめて！！」

　「……止（と）められなかったらどうしますのん？」

　「え？嘘（うそ）？」

　ビキビキビキッと一気（いっき）に刀身（とうしん）が崩（くず）れかかる。

　「あぁあぁあっ！お願（ねが）い！止（と）めて！

　死（し）んじゃう！こんな苦（くる）しいのは嫌（いや）！」

　「ほい。」

　煙（けむり）を上（あ）げて精霊（せいれい）たちが引（ひ）く。

　刀身（とうしん）は今（いま）にも壊（こわ）れそうだ。

　「はぁっ！はぁっ！

　し、死（し）にそう……！」

　「ミカエル様（さま）、このエクスカリバーは本物（ほんもの）じゃないですよね？」

　「あら、よく分（わ）かりましたね。」

　「本物（ほんもの）は大剣（たいけん）の筈（はず）。

　これ、普通（ふつう）の剣（けん）です。

　彼女（かのじょ）の宿主（やどぬし）に選（えら）ばれただけのただの剣（けん）だ。

　彼女（かのじょ）を本物（ほんもの）のエクスカリバーに宿（やど）し直（なお）してあげて下（くだ）さい。

　ギリギリまで待（ま）ちましたが、崩壊（ほうかい）しないとも限（かぎ）りませんし。」

　「だ、そうですがエクスカリバー。

　シュライザルの力（ちから）になるなら宿（やど）し直（なお）してあげてもいいですけど、どうします？」

　「やります！もう一回（いっかい）戦（たたか）います！

　だから……、助（たす）けて……！」

　「偽（いつわ）りはないようですね。

　まぁ何（なに）かあってもシュライザルが何（なん）とかしてくれるでしょう。」

　「ミカエル様（さま）、随分（ずいぶん）と私（わたし）の宿主（やどぬし）を信頼（しんらい）なさってるんですね？」

　「もう一回（いっかい）２３万（まん）の精霊（せいれい）に鍵（かぎ）を与（あた）えました。

　恐（おそ）らく力（ちから）は本物（ほんもの）でしょう。

　ただの剣（けん）とは言（い）え私（わたし）が魔法（まほう）で精錬（せいれん）しました。

　エクスカリバーは容量（ようりょう）が大（おお）きいですからね。

　本当（ほんとう）にただの剣（けん）だと割（わ）れてしまいますから。

　恐（おそ）ろしきはシュライザル。

　その剣（けん）を簡単（かんたん）に壊（こわ）したんですからね。」

　「ミ、ミカエル！早（はや）くして！壊（こわ）れる！」

　「あぁ、すいません。

　シュライザルの事（こと）ですから手加減（てかげん）はしたと思（おも）いますよ？」

　「こ、これで……！？」

　「ここに空（から）の本物（ほんもの）のエクスカリバーがあります。

　エクスカリバー、こちらにいらっしゃい。」

　「……動（うご）けない。」

　「もう、駄々（だだ）っ子（こ）ですか。

　手（て）のかかる……、はい。」

　エクスカリバーが光（ひかり）になって刀身（とうしん）に吸（す）い込（こ）まれる。

　「シュライザル、終（お）わりましたよ。」

　「取（と）りに行（い）きます、ありがとうございました。」

　「恐（おそ）らくは偽（いつわ）りは無（な）いでしょうが、楽（らく）になった手前（てまえ）謀反（むほん）は有（あ）り得（え）ます。

　その場合（ばあい）は壊（こわ）して下（くだ）さっても構（かま）いません。

　いくら本物（ほんもの）のエクスカリバーでも神（かみ）をも超（こ）える２３万（まん）の精霊群（せいれいぐん）にはとてもではありませんが敵（かな）わないでしょうから。」

　「わかりました。」

　ミカエルのもとに行（い）きエクスカリバーを受（う）け取（と）る。

　ミカエル様（さま）は静（しず）かに紅茶（こうちゃ）を飲（の）んでいる。

　「さて、言（い）う事（こと）は聞（き）いてくれないだろうね。

　エクスカリバー……、エクスって呼（よ）ぼうか。

　おいで。」

　キラキラと輝（かがや）いて女性（じょせい）が現（あらわ）れる。

　まぁ、言（い）う事（こと）を聞（き）くのはここまでだろうな。

　「呼（よ）んでくれた？主様（あるじさま）。」

　「え？あるじさま？」

　予想外（よそうがい）ににこーっとした表情（ひょうじょう）で声（こえ）を掛（か）けられたので面食（めんく）らった。

　「あれ？言（い）う事（こと）聞（き）かなんじゃないの？」

　「ん？まぁそれも出来（でき）なくは無（な）いんだけど……、

　私（わたし）を本当（ほんとう）に壊（こわ）せる人（ひと）だから、要（い）らない子（こ）は壊（こわ）すでしょ？」

　「壊（こわ）さないよ、死（し）にたくない子（こ）を殺（ころ）すもんか。」

　「じゃあ、言（い）う事（こと）を聞（き）かなかったら？」

　「話（はな）し合（あ）い。」

　「……面白（おもしろ）い。」

　「どう？」

　「ひとつ言（い）わせて。」

　「うん？」

　「武器（ぶき）を持（も）つとき優（やさ）しく持（も）ってくれるのは分（わ）かったけど、

　手（て）つきがいやらしい。」

　「なんじゃいそりゃあ！」

　「あはは、嘘（うそ）ー。」

　「えぇ……。」

　気（き）が付（つ）くとウリエルの姿がない。

　あ、これはひょっとして。

　「ミカエル様（さま）、ひょっとしてウリエルってエクスに移（うつ）りましたか？」

　「つくづく勘（かん）のいい人（ひと）ですね。

　まぁ、奥（おく）さんだと思ってエクスカリバーを可愛（かわい）がってあげて下（くだ）さい。

　予想外（よそうがい）に甘（あま）えん坊（ぼう）のようなのでね。」

　「へ？」

　にこにこしたままこっちを見（み）ているエクス。

　まるで尻尾（しっぽ）を振（ふ）っているワンコだ。

　「あー、そういう事（こと）ですか……。」

　「かまって主様（あるじさま）ー、かまってー。」

　「双葉（ふたば）はともかく、陽菜（ひな）に殺（ころ）されそう。」

　不穏（ふおん）な予感（よかん）を感（かん）じつつエクスを連（つ）れ、リーフェのテーブルに着（つ）くのであった。