本日、学位授与式
尾木洛
本当に卒業できるのか、私?
仰げば尊し、わが師の恩。
教えの庭にも、はやいくとせ。
KAC2021 8回目お題「尊い」。
この作品が、皆の目に触れている頃、多分、きっと、無事に大学の学位授与式に臨めているはずだ。
臨めているよね?
臨めていてほしいなぁ。
コロナウィルス感染対策で、学位授与式も学部ごとに分散して開催される。
学位授与式当日は、ソーシャルディスタンスを確保するために全員座席指定で、事前に座席番号の連絡があるそうだ。
自分の学科は、今日の午後から学位授与式なのだが、実のところ、まだ座席番号の連絡来てないんだよね。
昨日、事務室に確認のメール入れておいたんだけど、まだ、返事がない。
いや~、ほんとに卒業できるのかね、私?
それにしても、よくここまでこれたもんだ。
7年かかったけれど、会社勤めしながらだったから、まあ仕方ない。会社から、特段、補助をもらっていたわけでもなかったからな。
父親が早くにぽっくり逝ってしまったから、進学することができなかった。
だから、いつか大学に進学してやろうと、会社勤めをしながら、こつこつお金をためていった。
途中で結婚もしたから、お金がたまるペースもずいぶん遅くなってしまったけれど、ようやく7年前にめどが立って、社会人枠で地元の国立大学を受験して無事合格できた。
最大の誤算は、同時に受験した娘(長女)が不合格になったことだ。
「お父さんが受験していたから……」
というなんだかよく分からない理由で逆恨みされてしまった。
おまえ、生粋の受験生が、落ちてんじゃないよ~。
なんの憂いもない状態でさぁ~。
と、訴えたかったが、傷口をさらに広げそうだったので、やめた。
でも、お父さん、お小遣いから、少しずつ貯金して、ようやく学位取得するのに必要な授業料溜まったから、受験したんだよぉ。
翌年から、授業料が値上げされる噂もあったし。本当に授業料が値上げされたら、受験するの、また何年か先になるし。
と、愚痴りたい気持ちでいっぱいだったが。
とはいえ、この7年間は、とても刺激的な時間だった。学ぶことが、こんなに楽しく苦しいものだとは思わなかった。やはり、社会人を一度経験していることが大きいと思う。
それに、最後のこの1年。
新型コロナウイルス対応で、とにかく異例ことずくめだった。
幸い自分はまきこまれることはなかったが、クラスターが発生して、学内が立ち入り禁止になったこともあったし、そのせいで、講義が全てリモートになったりした。
これには、特に新入生から、せっかく大学に合格したのに通学できないなんて、と不満が多くあがったらしい。
新型コロナウイルスのおかげで、なにからなにまで悪い事ばかりのようだが、実際には、良かったところもあったそうだ。
先月、教授に伺ったところによると、私の学部では、今年は、例年になく退学者が激減していて、どうやら、大学全体でも、同じ傾向らしい。
毎年、環境の急激な変化に耐えられなかったり、人間関係になじめないなどの理由で、心を病んでしまい、新学期そうそうに引きこもりになり、遂には退学してしまう新入生が少なからずいるとのこと。
しかし、私の学部では、今年は、それに該当する退学者がゼロだったらしい。
新型コロナウイルス感染対応の外出自粛要請で、全員が強制的なひきこもり状態でのスタートだったので、例年なら心を病んでしまうような新入生にとっては、逆にストレスが小さくなったようだ。その後も、意外とみんなネットを通して上手く人間関係が構築できているらしい。
新型コロナウイルスの脅威が去ったとき、彼らが部屋を出て、学校に行くようになるのかが少々気がかりではあるが、まあ、友達ができていれば、なんとかなるんじゃないかな。
とにかく、少し間違えば、地獄のような期間にはなってしまうけど、それでも、この大学での時間は、何十年かたって自分の人生を振り返ったとき、間違いなく「尊い」と感じることができる瞬間の連続になるはずだから、まあ、単位取得にあがきながら、卒論作成にのたうち回りながら、それなりに生き抜いて、青春を謳歌しておくれ。
私も、そうしてきたんだから。
それに、学生生活も大変だけど、社会人生活は、もっと訳わかんないくらいた変だからね。
う~ん、それにしても、 学位授与式の座席番号の連絡来ないなぁ。
ひょっとして、忘れ去られているか、私?
とりあえず、学位授与式場に行ってみるか。
受付で、なんとかなるだろ。きっと。
本日、学位授与式 尾木洛 @omokuraku
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