なんでもない休日に花束なんていらない

キノ猫

 なんでもない日に花束なんていらない

 私の好きなコーヒーの匂いに包まれ、目が覚めた。

 体を起こすと、朝食の準備をしている彼と目が合う。嬉しそうに、おはようと声をかけてくれる。

 重い瞼に逆らえずに、目を閉じて彼に両手を広げた。

「もー、寝ないの」

 電気をつけながら日課のおはようのハグをこなす。さすが若くして人の上に立つ人、タスクを着々とこなす。

「いい仕事ぶりである……」

「寝ぼけないの、ほら、起きたんでしょ?」

「うん……」

 彼は膝の裏に腕を通し、ベッドに座るよう、促された。

 まるで介護をされているみたいだ。

「私、おばあちゃんみたい」

「ほんとだよ」

「なんかやだな」

「はいはい、お姫様だよ」

 その言葉に、ふふんと鼻を鳴らした。彼に頭を撫でられる。かわいいなあ、と付き合った時から聞いた言葉に胸が躍る。

 知ってるか、好きな人からの褒め言葉ほど胸がぴょんぴょんするものはないんだ。

 ひとしきり愛でたらしい彼はキッチンに戻った。

 私もふらふらとその後に続いた。


 彼の手伝いをして朝食の準備を整える。

 彼のマグカップには私が淹れた紅茶を注ぎ、私のマグカップには早起きして淹れてくれた彼のコーヒーが注がれる。

 お揃いのマグカップが並んでいるのを見ると微笑ましくなった。

 両手にお皿を持った彼に、「ちょっと退いてくださーい」と促され、いつもの定位置に座った。

「ありがとう」

「こちらこそ、紅茶ありがとう」

 ふふんと笑うと、頭を撫でられる。

 ふたりでいただきますと手を合わせて、パンにかぶりついた。

 イングリッシュマフィンに卵とベーコン、レタスが挟まれたそのパンは私の好みを熟知していて、顔が綻ぶ。

「んまぁー」

「おうおう、よかった」

 おかわりもあるからね、と彼が私に微笑んだ。こうして私は太っていくのだろうな、と舌鼓を打った。


 朝ごはんを幸せが溢れるくらいに堪能して、彼の隣に座る。

 レースカーテンから漏れる淡い光が部屋を照らした。

 おかわりのコーヒーを飲みながらぼんやりする。彼の手にはおかわりの紅茶。

「ねー、一口ちょうだい?」

 今日もリベンジするらしい。どうぞ、とコップを渡す。

 ぐびっと煽ったと思えば、顔をしかめて私に返した。

「やっぱり苦い」

「牛乳入れてるけどなあ」

 笑いながらコップを受け取ると、口を膨らませながら、苦いものは苦いですーなんて言っていた。

 適当に流していたら、彼が少ししょんぼりした声で、「やっぱり、コーヒーを飲めるかっこいい人の方が良かったんじゃないかな……」と呟き始めた。

 言葉だけじゃなく、美味しいご飯まで作ってくれて、私をここまで幸せにしてくれる人が何を言うか。

「君はスパダリの域を優に超えているんだ、苦いものが苦手とかもう可愛いオプションなのよ」

「ちょっと何言ってるかわからない」

「俺だけわかっていたらいい世界だ」

 私が鼻を鳴らすと、そうか、と不思議そうに頑張って納得しようとしていた。

 そういうところも愛おしい。


「私、夢があるの」

 空っぽになったマグカップを置いて、立ち上がって、掛けてあるコートに向かう。

「こうやってさ、なんでもない休日にしたいこと」

「ほう?」

 コートのポケットから箱を取り出した。

「お仕事も安定してきたし、結婚なんてどうかな?」

 彼の目の前に行き、箱を開けた。

 装飾はほとんどないシンプルなネックレス。普段使いに丁度いいものを選んだつもりだ。

 目を丸くして固まる彼にどこか嬉しくなる。

 彼の後ろに回ってネックレスを付けながら、話しかける。

「特別な幸せの中での告白は最高の思い出になるんだろうけど、毎日の小さな幸せの中だと、それがずっと続くような、そんな気がして」

 付け終えた私は彼を見て、似合ってる、と笑った。

「花束でも、用意してりゃよかった」

 涙目になりながら、呟くように言った彼に小さく笑って抱きしめた。

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