第102話【閑話3 酒豪決闘の無敗女神】

「勝負あり!勝者エスカート!!」


「おー!!やっぱりエスカちゃんか!ダルタスも結構頑張ったが彼女には勝てなかったようだな。

 これで酒豪決闘の連勝が30に延びたぜ。もう誰も勝てないんじゃないか?」


 今日もここ、リボルテのギルドに併設された酒場では名物の酒豪決闘が行われていた。

 このギルドでは冒険者同士の喧嘩けんかやもめ事は禁止とされていて破るとギルドからペナルティーが課されるために表向きのいざこざはほとんど無かった。

 だからと言ってみんなが仲良くしていた訳ではなく鉱山の街特有の酒飲み対決、通称『酒豪決闘しゅごうけっとう』が認められていた。

 ルールは簡単。交互に好きな酒を注文し、お互いがその酒を飲みほしたら攻守交代でどちらかが潰れたら試合終了。


 負けた方が決闘前に取り決めた内容を受け入れる事と、その決闘で飲んだ酒代を全額負担するというもの。


「ありがとうございます。

 今回の酒代は小金貨2枚になります。今すぐにお支払しますか?

 猶予期間は明日までになりますが、遅れれば利息がつきますので早めの精算をお願いしますね」


 無情にも酒場の店員から請求書が敗者に手渡された。


「ちくしょう!何で勝てないんだ!?

 あれだけ酒飲み特訓をして準備万端で申し込んだ酒豪決闘。

 勝った上で颯爽さっそうと酒代を支払って格好をつけるつもりで二ヶ月依頼を受けまくって貯めたお金が・・・。

 負けた上に足りなくてギルドに借りるはめになるとは思ってもみなかった」


「あの、大丈夫ですか?ご免なさい。

 なんだか凄い金額になったみたいで・・・。

 それほど飲んだつもりはないんですけど、お酒って高いんですね。怖いわぁ」


 たった今、酒豪決闘を終えたとは思えないくらい素面しらふに見えるエスカに周りの見物人達は皆苦笑いをしていた。


 負けた当人だけは青いを通り越して白く燃え尽きていたが・・・。


「誰か彼女に勝てる強者は居ないのか?勝って彼女を勝ち取れる強者は・・・」


 実は彼女への挑戦者のほとんどが彼女に求婚する若者達だった。この時、エスカートは既に15歳の天職を授かり治癒士の卵として同じ治癒士の師のもとで修行を行っていた。

 まだ見習いとはいえ、天職の才能は伊達ではなくすぐに初級回復魔法のヒールは使えるようになった。

 しかし、わざと怪我をしてまで魔法の練習に付き合う物好きはおらず経験不足の解消をどう乗り越えるか見習い治癒士の一番の難関だった。


「エスカちゃん。俺と酒豪決闘をしないか?」


 ある修行の休日にギルドで仕事掲示板を眺めていたエスカに若い冒険者が声をかけたのがきっかけだった。


「君のことが気に入ったから俺と勝負して欲しい。そして俺が勝ったら付き合ってくれ。

 逆に俺が負けたら君の魔法練習の実験台となろう。

 練習に付き合ってくれる人を探してたんだろう?どうだい?」


 普通ならば話にならないはずの条件だったが、どうしても経験値を上げたいエスカは悩んだ末に了承してしまった。


 話はすぐにギルド内に知れ渡り、エスカを狙っていた若者達は目をぎらつかせて「その手があったか!」と出遅れた事を悔やんだ。


「勝負あり!勝者エスカート!!」


 勝負は呆気なくついた。

 正規の冒険者とはいえ、まだ駆け出しをやっと卒業したばかりの若者はまだ浴びるほどの酒を飲んだことが無く、またそれだけの稼ぎも無かったため、高い酒も当然ながら飲めるはずがなかった。


 ただ、エスカは活発ではあるが華奢きゃしゃな女性だったのですぐに酔い潰れると思われていたのに誤算があった。


「では、明日の午後から練習へのお付き合いをよろしくお願いしますね。

 あ、場所はここのギルドで良いですよ」


 エスカはそう伝えると嬉しそうにギルドを後にした。

 残された者達は「次は自分が挑戦する」と息巻く者と「あれは酒に愛された女神だから止めた方がいい」と冷静に分析する者に別れて店が閉まるまで討論しあっていた。


 ーーーからんからん。


「こんにちわー。彼、来てますか?」


 次の日の午後、エスカの元気な声がギルドに響いた。


「ああ、やつならそこに居るよ」


 エスカが指差された方を見ると昨日の男が机をベッドにして横たわっていた。


「!? 彼、どうしたんですか?」


 いきなりの光景にエスカが驚き周りの人達に聞いた。


「いや、昨日の酒豪決闘の酒代が足りなくて朝から害獣討伐依頼を受けて街の外に出たらしいんだが焦ってしくじって怪我をして動けなくなっていた所を別の冒険者に助けられたらしいんだ。

 で、病院に連れていこうとしたらこのままギルドに運んで欲しいと言われて今ここにいるって訳だ。

 別に死ぬような怪我じゃないからそう心配はいらないよ。


「そういう問題じゃない気もするけど・・・」


 エスカが戸惑っていると、テーブルに寝かされていた男がエスカに言った。


「エスカちゃん。昨日の約束を果たしに来たよ。

 ちょっとやり過ぎて身体中が痛いけどエスカちゃんの練習にはちょうどいいと思うんだ。

 だから俺の体で治癒魔法の練習をして良いよ」


 男はそう伝えると痛みで気を失った。

 それを見たエスカは慌てて治癒魔法を唱え始めた。


「聖なるマナよ。癒しの光となりてこの者の傷を癒したまえ。ヒール!」


 エスカの治療魔法は男を包み込み傷を癒していった。

 すっかり怪我の治った男はエスカにお礼を言って帰ろうとしたがそれをエスカか引き留めた。


『私の魔法練習の為に無茶をして!でもそんなあなたが大好きになりました!』


 そう言われると思った男はエスカの引き留めに期待をいだいて振り向き、言葉を待ったがエスカは・・・。


「ご自分のミスでされた怪我の治療費は銀貨二枚になります。

 ただ、私の練習にもなりましたので特別サービスで半額の銀貨一枚でいいですよ。

 今すぐ払われますか?」


「そっそんなぁ・・・。ガクッ」


 期待を砕かれてその場に崩れ落ちた青年と天然ボケを冷静に連発するエスカを見守る外野達には生暖かい空気が漂っていた。


 エスカが帰った後で盛り上がるグループが言っていた合言葉が。


「抜け駆け上等!挑戦は一人一回のみ!負けたら素直に見守り隊に加入すべし!」


 ーーーそして彼女の無双伝説は幕をあけたのであった。

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