第83話【天然娘エスカートの事情】
エスカートはクリクリの猫目で人なつこそうな童顔の少女だった。
黙って側に立っていれば間違いなく美少女と言われてもおかしくない顔立ちで人を癒す治癒士をしている事からギルドでは『癒しのエスカちゃん』と言われて冒険者達の間では『心のオアシス、エスカちゃん見守り隊』なるファンクラブのようなものも存在していた。
そんな彼女だったが、今まで誰も手を出さなかったのは彼女の『もうひとつの顔』があったからに他ならない。それは・・・。
「マスター、次はカシスエールをお願いします」
この酒豪決闘のルールでは、片方が酒を2人分注文してお互いが時間内に飲み干したら攻守交代で反対の人が注文する事になっていた。
酒精の強いものや相手の苦手そうな酒を頼んだりと頭も使う熱いバトルだった。
(ヤバイ!彼女は完全にこの酒豪決闘の経験者で、しかもうわばみだ!なんとかしないと僕に勝ち目はないぞ)
僕は彼女の注文した酒を片手に頭をフル回転させていた。
「ただ飲んでいるだけでは楽しくないですよね。
決闘とはいえお酒は楽しく飲まないとお酒に失礼ですよね。
そうだ!せっかくなんで私の事を聞いてもらえますか?」
エスカートはカシスエールを飲みながら突然そんな事を言い出した。
考え事をしていた僕は特に気にせずに「ええ」と返した。
「ありがとうございます。
私は一昨年に15歳となり天職として治癒士の称号を授かりました」
(と言う事はエスカは今17歳か、見た目だと同い年か年下に見えるけど年上だったのか。ちょっと驚いたな)
「ただ、治癒士の職業は天職を授かってもすぐに治癒魔法に目覚める訳ではありません。
もちろん才能ある方は早々に頭角をあらわす人もいます。
しかし、普通は病院などで先輩治癒士に弟子入りして治癒魔法の使い方を学び、最低限の治癒魔法が使えるようになった時、教会にて認定を受けるんです」
(治癒士になる為にはそんな面倒なステップを踏む必要があるのか。
まあ、人を癒す大事な職業だもんな)
「私には特筆できるほどの才能が無かったようで研修に2年間もかかってしまいました。
しかもそれだけ頑張っても『ヒール』しか修得出来なかったんです」
エスカートはカシスエールを飲み干してから次に僕が頼んだハイゴールをグッと一息にあけるとまた話し始めた。
(マジか、ハイゴールって相当酒精の度合いが強い酒のはずなんだけど・・・)
「結局、私には運が無かったんです。
確かに自分の才能に左右される職業ですけど、それを教える師に力がないと才能の開花が遅れ、上位のレベルまで上がれないんです」
(ん?だんだん愚痴が出てきた気がするぞ?)
「マスター、フラワーソルトをお願いします」
エスカートは追加のお酒を頼むと少し心を落ち着かせる素振りを見せて続けた。
「実は私は13歳になった頃、重い病気をした事があるんです」
(おっ?話が過去に飛んだな。
さっきの流れはヤバそうだったから助かったか?)
「内容は毒蟻に噛まれた事による高熱と手足の麻痺です。
その時、両親は助からないと諦めかけていたそうです。
ですが、私は今ここに生きています。
後で分かった事ですが、治癒士の特異体質、いえ、自己スキルになるのでしょうか『解毒』というものがあるそうです。
まだ天職の祝福を受けてなかった私でしたがその事により一命をとりとめました」
(ん?今、何か違和感のあるワードが出た気がするな・・・)
「両親は私の命が助かった事に感謝し、また、治癒士という鉱山での怪我人が多いリボルテでは重宝される安定した職業に歓喜していました。ですが・・・」
(うわっ、また雲行きが怪しくなってきたぞ)
「その頃から、あるお方の娘さんの治療を依頼するために優秀な治癒士が集められ、失敗する度に他国へ追放していったのでこの辺りには優秀な治療士が居なくなってしまったのです」
(ん?何処かで聞いたような話だな?)
「で、結局その辺りの特別優秀ではない平均的な治療士の元で研修をしたらヒールが使えるまでに2年もかかってしまったのです。
酷いと思いませんか?」
そこまで聞いた僕が疑問に思ったことをエスカに聞いてみた。
「治療士ではない僕が言うのは筋違いかもしれないけれど君、魔力の質が分かるんだよね?
それで優秀な師匠を見つけられなかったの?」
もう、何杯目の酒か分からなかったがエスカートはくいっと口に流し込んで『タン!』とテーブルにコップを置くと僕に反論してきた。
「それが分かった所で、さっき私は『優秀な治療士が居ない』と言いましたよね。そう、居なかったんですよ。
しかもそこそこよさそうな治療士には既に弟子や助手が大勢いて天職の祝福を受けたばかりの小娘なんか見てくれませんよ」
酔ったそぶりさえ見せないエスカートだが、だんだん不満的な感情が顔を見せ始めていた。
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