第65話【婚姻の儀式と招かれざる客】

「じゃあ教会に行ってみようか」


 ゴルド商会を出た僕達は婚姻の儀式を行うために教会へ向かっていた。

 とりあえずやり方はそこで教えてくれるらしいので場所だけゴルドに教えて貰った。

 教会はカイザックの中央部にあり、三角の屋根にステンドグラスと鐘がシンボルの『ザッ教会!』な建物だった。


「ははっ。これはすぐに分かる建物だなぁ。

 外観も綺麗だし、中も神聖な感じがして身が引き締まる感じがするな」


 僕が教会の感想を述べていると中からシスター姿の女性が出てきて僕達に挨拶をしてきた。


「ようこそ、当教会カイザック支部へ。

 本日のご用件はどういったものでしょうか?」


「はい、今日は彼女との婚姻の儀を結びたいと思いふたりして来たところです」


「そうですか。

 それはおめでとうございます。

 それでは、手続きがありますのでこちらで受付用紙に必要事項を記入してお待ちください。後程係りの者がお呼びします」


「はい、わかりました。

 よろしくお願いします」


 僕達は受付用紙に名前と職業と年齢を書くと女性に渡して控え室にて待機をすることになった。


「なんだかドキドキするね」


 シミリは緊張からそわそわして部屋にある本を手に取っては戻す動作を繰り返していた。


「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」


 僕がそう言ってると、男性が部屋に入ってきた。係りの人が呼びにきたのかと思っていると男性はシミリに近づきいきなり手を取って言った。


「お嬢さん。僕と結婚してください」


「「はあっ!?」」


 いきなりの男性の言葉に僕達はふたりとも思考が停止してしまっていた。

 そんな事には構わずに男性は言葉を続けた。


「失礼。自己紹介が遅れましたが僕はスリスタ商会長男のウーザと言います。

 先ほど教会に入られるのをお見かけして一目で僕の相手はあなたしかいないと分かりました。

 どうか今の相手と別れて僕と婚姻を結んで頂きたい。

 ああ、お相手への慰謝料は僕が負担するから気にしないで大丈夫だよ。

 さあ、一緒に行こうか!」


 ウーザはシミリの手を取ったまま勝手に奥の部屋に行こうとした。

 そこで我にかえった僕はウーザの肩を掴んで止めた。


「お前、いきなり出てきて何を言ってるんだ?

 まず、その汚い手をシミリから離して貰おうか」


 僕の威圧を冷や汗をかきながらもなんとか受け流したウーザが僕に言った。


「いきなり暴力とは君は彼女にふさわしくないな。

 貧乏人には縁のない金額を恵んでやるから彼女は諦めてくれ。

 さあ、いくら欲しい?金貨1枚か?」


 シミリを金で売る訳はないが、売り言葉に買い言葉で思わず僕は言ってしまった。


「シミリは金貨10億枚だ。

 彼女が欲しければ準備してから交渉に来るんだな。

 それからなら話は聞いてやるよ」


「さすが貧乏人は吹っ掛けるね。

 こちらの提示額の10倍とは・・・ん?

 億?・・・億だとぉ!?」


 ウーザは額に驚愕して叫んだ。


「ああ、金貨10億枚だ。

 それでもあくまで『交渉の話を聞いてやる』だけだがな」


「馬鹿か貴様!この国の領主様でさえ準備出来ない金額を提示してくるとか頭がおかしいんじゃないか!?」


「いや、頭がおかしいのはお前の方だろ?

 婚姻を結びに来たカップルの女性を控え室で口説くのがお前の中では普通なのか?」


「ああ、僕はいたって真面目だ。

 僕が彼女を気にいったから求婚した。

 それの何処がおかしいんだ?」


(あっこれは駄目なやつだ・・・。

 自分の主張だけ言って人の話を聞かない典型的な自己中野郎だ。

 コイツには話は通じないからどう対処するかな・・・)


「シミリ。まずはコイツの求婚を断ってくれ。

 そして金輪際近づかないでと宣言してくれ。

 それでもしつこくしてくるならば僕がコイツの存在を消してあげるから」


 それを聞いたシミリはウーザの手を振り払ってから宣言をした。


「わかりました。

 えーと、名前もよく知らないあなたの求婚はお断りします。

 そして金輪際私に言い寄ったりつきまとったりしないでください。

 そうしないと大変な事になりますよ」


「なっ何を?僕を誰だと思ってるんだ!

 あのスリスタ商会の長男だぞ!

 僕と結婚すれば商会の跡継ぎの嫁になれるんだぞ!」


「私はオルト君が居ればそんなものには興味がないから要らないです」


 シミリのとどめの言葉に顔をひきつらせながら捨て台詞をはいてウーザは部屋から飛び出して行った。


「覚えてろー!絶対に後悔させてやるからなぁー!!」


「何だったんだあいつ。

 まあ、とにかくこれから何かあったら全て奴のせいだとして仕返しはスリスタ商会にしてやろう」


 僕がそう話していると神父らしき男性が入って来た。


「何やら騒がしかったようですが何かありましたかな?」


「いえ、少々頭のおかしい変人が出たくらいですよ。

 ところでそろそろですか?」


「ええ、準備が出来ましたのでこちらにお願いします」


(あの騒ぎと僕の受け答えを華麗にスルーできるこの神父はなかなかの大物みたいだな。

 只の無神経なだけかもしれないけれど・・・)


 僕達は神父のあとに続いて奥の部屋に入り祭壇の上にある誓いの宝玉を前にして緊張が高まった。


「では、お二人で指輪をした手をつないでから誓いの宝玉にかざしてください」


 僕達は言われるままに手を繋ぎ宝玉にかざした。

 すると黒かった宝玉が白くなりだんだんと桜色に変化した。


「はい、もういいですよ。

 これでお二人は夫婦と認められました。

 おめでとうございます。

 これから仲良く助け合っていってください」


「えっ?それだけですか?」


「はい、もう結構ですよ」


「あの、婚姻の誓いの言葉とかは・・・?」


 シミリは心配になって神父に聞いてみた。


「ああ、少し前までは誓いの言葉を長々と話してから復唱させるのが一般的でしたが、面倒だとの意見が多く、省略した方が良いとの上層部の決定により無くなりました」


「そっそうですか。

 ありがとうございました」


 何か緊張していたのが馬鹿らしくなるくらいあっさりと婚姻の儀式は完了したのであった。

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