伯爵令嬢の私は婚約者を守るために弑した第一皇子を命をかけて守っていく

諸行無常

帝国終焉の濫觴

第1話 予見士


 寒風吹きすさぶ宮殿前の公園には処刑の為に二つのギロチンが据えられている。その処刑を見ようとこの寒気の中沢山の群衆が詰めかけていた。その数千にも上るともつかない群衆が集っているにもかかわらず公園は静まり返り今か今かと処刑の始まりを待っていた。


 その罪状は帝国の第一皇子の暗殺未遂だ。刑罰はギロチンによる公開処刑。暗殺を企んだ犯人は二人。一人は帝国の第二皇子イラ―リオ・マーロン。そしてもう一人はイラ―リオと婚約予定のフランチェスカ・フェラーラだった。

 

 第二皇子のイラ―リオとフェラーラ伯爵家の長女フランチェスカはもう直ぐ正式に婚約する運びとなっていた。

 しかし、問題が発生した。

 来月の成人式後に行われる皇太子の任命式で第一皇子アイザックが選任されることが確定したのだ。

 第二皇子派は第一皇子アイザックの得た『職業ギフト』が些末なものであることを理由として皇太子に第二皇子のイラ―リオを押していたのだ。それ故第二皇子派を無視した形での第一皇子の選任が問題となったのだった。

 そこで、第二皇子イラ―リオとフランチェスカが第二皇子を皇太子にすべく第一皇子アイザックの殺害を企んだというものだ。


 イラ―リオとフランチェスカは広場に設置されたギロチンに首を固定され刑の執行を待っていた。

 時折強く吹く風がフランチェスカの長い金髪をはためかせ顔に纏わり付かせる。顔に纏わり付いた髪と全てを諦めた様な表情がある種の哀愁の様なものを醸し出していた。

 それとは対照的に未だ諦めきれないイラ―リオの表情は怒りに満ちていた。



 ギロチンが据えられているのは公園よりも一段高くなっていて群衆からよく見渡せるようになっている。その高台の奥にはこのマーロン帝国の皇帝と皇族が豪華な椅子に着席しその横に大臣たちが居並ぶ。


 時が来たのか、大臣の中から司法省の大臣であるコルティーに公爵が二つのギロチンの間に立った。


「第二皇子イラ―リオ・マーロンとフランチェスカ・フェラーラは第一皇子アイザック・マーロン殿下を弑し奉ろうと計画するも失敗した。その計画が上手くゆけば陛下を暗殺し政権奪取をも企んでいた。よくも大それたことをしでかしてくれたわ。クーデターを企むなど王族・貴族とはいえ言語道断両名ともとも共その首を刎ねてくれるわ」


 公爵は恰も怒りに任せ刑の執行を宣言する、かのように見えた。しかし、その顔にほくそ笑みが見て取れたのは公爵の後方にいた皇帝や皇族ではなく隣にいたギロチンに括られたイラ―リオとフランチェスカだけだった。

 然しもの断頭台の前にいた観客でさえ距離の所為で気付くことはなかった。


「くそっ、コルティー公爵、貴様図ったな!」


公爵の陰謀に気付いたイラ―リオは叫ぶ。


「流石は事件の首謀者。自分の罪を擦り付けるのがお上手だ」


コルティー公爵はイラ―リオの訴えを軽くいなす。


「誰が首謀者だ! 俺はそんなことなどやっていない、無実だ」

「犯人は通常罪を逃れる為に自分を無実と言うのですよ、殿下」

「貴様ぁ!」


 コルティー公爵は真顔を崩さず真実の訴えを無視する。


「これでお別れですな」


 そう言うと顔をイラ―リオに近づけ耳打ちする。


「残念でしたな。まぁ、第一皇子の為に濡れ衣で死んでくだされ」


 公爵の吐露はイラ―リオだけでなくフランチェスカの耳にも届いた。しかし、それが皇帝や皇族、大臣達の耳に届くことはなかった。



「くそぉっ、俺は無実だ、開放しろ!」



 沢山の見物人がいるにも関わらず不気味に静まり返った広場にイラ―リオの声だけが木霊する。

 まるで死刑執行を見物する群衆などいないかのようだ。

 当の第一皇子アイザックも勝ち誇った笑みを浮かべてイラ―リオを見下ろす。


 (やはり、この第一皇子アイザック殿下が、いや敬称など要らない、アイザックの糞が首謀者のようだ。あいつらはアイザックの得た『職業ギフト』で皇太子に選任されなくなることを恐れたのだ。だから、私達にあらぬ罪を着せたんだ)

フランチェスカは真実を知るも何もできないと諦め流れ出る涙を拭う事も出来なかった。


 イラ―リオもフランチェスカも第一皇子アイザックの裏でコルティー公爵が暗躍している事に気付いた。しかし遅すぎた、既に何かが出来る状態ではなかった。


 以前から噂があった。

 何処の国でも成人式でその年に成人した者達に神が『職業』を与える。

 所謂ギフトというものだ。

 『職業ギフト』はその職に向いた能力が与えられるというものだ。

 第一皇子アイザックは昨年の成人式で『職業ギフト』を得た。

 それが『花屋フローリスト』という『職業ギフト』だった。

  この帝国には君臨すれども統治せずという言葉がある。

 一応は絶対君主制ではあるが皇帝は統治せず統治は専門家である大臣に任せるのがこの帝国の政治の在り方だ。一応最終的な拒否権が皇帝には与えられてはいて、だからまだ一応は絶対君主制ではあるのだが、拒否権は形骸化していた。

 だから、例え皇帝の『職業ギフト』が『花屋フローリスト』でも問題はないはずであった。

 しかし、反第一皇子派にはそこに付け込まれる隙が出来てしまったと言う訳だ。

 それ故第一皇子アイザックには反目する第二皇子イラ―リオを殺害する必要があったのだ。



「やれ」


 小さいが良く通る公爵の声が断頭台に響く。それを合図にギロチンの刃を固定するロープが兵士によって切られた。

 キーッというスキール音と共に刃が加速しながら落下する。

 ダンッという音と共に飛んだ第二皇子の首。

 ゆっくりと回転しながらまるで意識を保っているかのように恨めしそうに群衆や皇族や大臣達を睥睨するかのように見える。

 そして遂には地に落ち転がっていき止まった。

 首を失くした胴体はまるで主を求めて泣いているかのように血が噴き出し断頭台を赤く染めていた。


 (次は私だ。次は私の首が転がる。怖い。あんな風にはなりたくない)

 恐怖がフランチェスカを支配する。

 気付くとフランチェスカは死の恐怖とイラ―リオの死との衝撃の大きさで絶叫していた。


「最後に何か言い残すことはないか?」


 フランチェスカの絶叫などお構いなしにコルティー公爵がフランチェスカに訊いてきた。


「殿下を返して、殿下を生き返らせて、それが出来ないのなら私があなたを殺してやる、絶対に殺してやる、復讐してやる」


フランチェスカは叫んだ。しかし叫びと言うにはあまりにも力なく弱弱しくその声は公爵だけにしか聞こえなかった。


「ほう、殺されるというのにどうやって復讐するのだ?」


 あくまでも冷酷で余裕の笑みを浮かべた公爵が問う。


「絶対に復讐する」


 フランチェスカは何度も何度もその言葉を呟いた。

 既に彼女の精神は病み固く外界から閉ざしてしまった心では会話をすることさえ困難になっていた。


「やれ」


 公爵が執行を命じた。


 キーっという高い擦過音が頭上から響き次第に大きくなる。

 ドンという耳を劈く大きな音と衝撃。

 フランチェスカは回転しながら空を飛ぶ。

 血しぶきをあげる自分の体を見ながら。





 そこで私は目を開けた。


「どうだった?」


 既に初老に至ったであろう女性が私に問い掛ける。


「怖い、まだ振るえてます。信じられません」

「でも、それが現実よ、未来で起こる事。でも、未来は変えられるわ、まだ大丈夫」


 彼女は微笑みながらそう言って私を安心させようと務める。


 彼女は予見士。客の未来をまるで夢を見る様に見せてくれる。

 名前はグレタ・コトーニ。

 コトーニ伯爵夫人だ。

 歳は四十歳手前位に見える。赤髪を長く伸ばし少々小太りの普通の貴族の奥様、普通のおばちゃんだ。

 貴族なので働いてはいないが成人式で与えられた『予見士』という職業を生かし紹介でやって来る人達に未来を見せてあげている。彼女の見せる未来はまるで現実を見ているようにリアルで、しかも外れることはないと評判だ。


 私は十四歳だが既にもう直ぐ婚約する人がいる。

 相手はこのマーロン帝国の第二皇子イラ―リオ・マーロン殿下。

 皇太子になる可能性が一番高いのは第一皇子だがまだ誰がなるか決まった訳ではない。

 だから、イラ―リオ殿下が皇太子になれるか、私との結婚は上手く行くのか、未来を知りたくて彼女を頼った。

 その結果が断頭台のギロチンだった。

 しかし、彼女は言った、未来は変えられると。

 だけど、このままでは私と殿下は殺されてしまう。


「どうしたら回避できますか?」


 もう未来が見える彼女に解決方法を教えてもらうほかない。


「うーん、そうねぇ」


 顎に人差し指を当てて天井を見つめながら考える彼女。

 彼女の趣味だろうか、天井には宗教画が所狭しと描かれている。それを見て集中するのだろう。

 どれくらいそうしていたのだろう。

 かなりの時間が経過したようにもまだほんの少ししか経っていないようにも感じる。私はかなり焦っているようだ。


「分かったわ。原因は第一皇子、彼が全ての現況。彼を殺しなさい。そうすれば、第二皇子が濡れ衣を着せられる事もなくなるしあなたが断頭台に送られることも無くなるわ」

「そんなの無理です。他の方法は有りませんか?」

「これは運命ね。殺さなければ二人とも確実に殺されるの。それが確実に来る未来」

「で、でも、どうやって?」


 第一皇子、つまり、皇太子に一番近い人間を殺せと彼女は言う。最早反逆罪だ。私は死刑になるかもしれない。

 しかし、見せられた未来は最早ホラーだ。そんな未来は御免だ、絶対に避けたい。

 あのギロチンの刃が落ちる音。

 首にかかる衝撃。

 血が噴き出す自分の体を見ながら、飛んで行く首だけの私。

 恐怖でしかない。

 その恐怖は心に深い亀裂を作った。深すぎて埋められない。

 そのトラウマを避け、婚約者となるイラ―リオ殿下を助けるためなら第一皇子アイザックの糞を殺そう。そう私は決心した。


「でもどうやれば糞を殺せるのか分かりません」

「く、糞? だ、大丈夫、私が見てあげる」


 今度は拳を顎の下に置いて頭を支え天井を見ながら考える彼女。

 直ぐに私を見る。

 今度はすぐに答えが出たようだ。


「来月の第二皇子の成人式よ。第一皇子は賓客として教会に行くわ。その途中を狙いなさい」

「途中? 場所とか時間は分かりますか?」

「式の一時間ほど前、場所は教会のトイレ。伯爵家の娘のあなたなら第一皇子に近づけるわ」

「でも逃げられるでしょうか?」

「大丈夫、護衛もありません。そしてそのトイレには裏口があるの。そこから御逃げなさい」

「はい」


 『予見士』の彼女の言う事なら間違いないだろう。

 それに断頭台から首を飛ばされる瞬間の恐怖は拭い去る事が出来ない、死ぬまで恐怖として刻み付けられ消えることはないように感じる。あの見せられた未来を避ける為なら何でもしよう。殿下も助かる。

 そう心に決めて私は彼女の元を去った。


 それから一カ月、第一皇子の予定に間違いが無いかを探り続けた。

 私は運が良いのだろう。

 様々な第一皇子の行動に関する情報が舞い込んだ。

 トイレを通るであろう時間も分かった。

 トイレの裏口も確認した。

 ナイフも用意した。

 トイレに隠れて彼の到着を待ち実行しようと決めた。



 遂に成人式当日となった。私は第一皇子アイザックが到着するの一時間前からトイレに潜んだ。

 暫くして彼は護衛もなしにやって来た。

 私を見て驚くがすぐさま平静を取り戻す第一皇子。


「おはよう、フランチェスカ。どうしてここに? イラ―リオは一緒じゃないのか?」


 気さくに蕩けそうな笑顔で話しかける第一皇子アイザック。イラ―リオ殿下とは違うウエーブがかった肩までの茶髪が良く似合っている。

 殿下の笑顔で決心が鈍りそうだ。

 しかし、笑顔の裏には私達を嵌める計画が隠されている。

 私は笑顔で彼を刺した。

 これで断頭台から免れる。第二皇子も助けられる。

 胸に刺さったナイフからは血飛沫が飛び私の服を濡らす。

 心臓に直接刺さったのだろう、目を見開きながら崩れ落ちるアイザック殿下。

 直ぐに動かなくなった。

 よし。

 確実に死んだ。

 直ぐに逃げなけらばならない。私は急ぎ裏口へ向かう。

 裏口を開けようとして驚愕した。


「開かない!」


 思わず声に出ていた。

 ドアが開かない、鍵など無かったはずだ。

 なのに開かない。

 トイレの入り口が騒がしくなる。

 見ると皇子の衛兵が入って来ているところだった。


「殿下!」


 叫ぶ衛兵。

 胸に刺さったナイフと血まみれの私の服を見て私の仕業だと悟る。

 私は拘束されて教会の中へ連れて行かれた。


「この女が第一皇子を殺害しました」


 叫ぶ衛兵。

 どよめく教会の客。

 皆成人式の為に来ていた。



「今すぐに殺してしまえ!」


 怒鳴る皇帝。

 直ぐに私は教会前の広場に引き出された。

 教会の客は見物人に変わる。


 私は後ろ手に縛られ膝を付き頭を前に突き出すように強要された。

 その体勢で周囲を見回すと私の婚約者になる予定である第二皇子イラ―リオ殿下を見つけた。


「殿下、助けて下さい」


 私のつぶやきを聞いた彼は顔に下卑た笑みを浮かべ私を見下ろし私だけに聞こえる様に呟く。


「なぜ助ける? 兄上を殺したのであろう?」


 下卑た笑みを浮かべ答えた第二皇子。 

 耳を疑った。

 第二皇子の為に第一皇子の殺害に及んだのに。

 なぜ?

 甲高い笑い声が聞こえた。

 第二皇子の隣にいる女性の声だった。

 見るとあの予見士がいた。


 理解した。

 グルだ。

 第二皇子を皇太子にする為に予見士が私を利用して第一皇子を殺させたのだ。

 怒りが渦を巻く。

 許せない。

 私の側に来て耳打ちする予見士。


「そうだよ、お前は騙されたのさ」

「騙したの? 殺されないって言ったのに!」


 私は精一杯の声を出しこいつに騙されたことをみんなに分かってもらおうとした。

 だけど、前かがみの体勢で大きな声が出せない。


「私は断頭台には送られないと言ったのさ。だって、この場で殺されるのだから」


 そう私の耳元で囁く予見士、鄙陋ひろうな笑みを浮かべる第二皇子。

 許せない。

 騙された。

 絶対に許せない。


「やれ!」


 叫ぶ第二皇子の糞。

私を騙してあの怜悧で端麗なアイザック殿下を殺させた。

私は小さいころからアイザック殿下がすきだった。だけど、皇太子候補であり敵わぬ願いと諦めていた。そこへ第二皇子からの求婚があり親が認めて婚約者となる予定だった。彼のことは見た事があるという程度で彼の性格については殆ど知らなかった。それでも第二皇子を好きになろうと決めた。それがあんなに糞だったなんて。怒りで糞以外の言葉が思い浮かばない。


 衛兵が剣を私の首に打ち下ろす。

 首に凄い衝撃が来た。

 ただ叩かれただけなのか?

 そう思った時には私の首を宙を舞っていた。

 最後に見えたのは怒る皇帝や妃、にやけ顔の第二皇子とその側近たち。

 絶対に復讐してやる。


 そう思った時に目が覚めた。


「どうだった?」


 予見士は言う。

 予見士?

 ここまでが予見だったのだろうか?

 いや、予見士が嘘を予見した未来を予見士が予見して見せた?

 混乱する頭。


「混乱します」


 私は素直にそう告げた。


「そうだよね。混乱するよね。でも第一皇子を殺さなければ第二皇子とあなたの命を救うことは出来ないわ」

「えっ?」


 この人が見せた未来は第二皇子と私が殺されるところまで?

 だったらその先は何?

 只の夢?

 いえ、夢だとするには鮮明過ぎる。ただの夢だとは思えない。あれは予見士の助言の通りに行動した因果ある未来だ。

 予見士が嘘を予見した未来を私が予見したのではないのだろうか。

 だとすれば、この予見士と第二皇子がグルで私に第一皇子を殺させるという陰謀なのが真実。私と第二皇子が処刑されるのが嘘。


 結局、彼女は予見の通りにトイレで待ち伏せしたら殺せると助言して来た。

 私はあたかもその言葉に納得し殺害すると決心したかの様に彼女に思わせ予見士の家を出た。


 第一皇子殺害計画が侵攻している。

 このままでは第一皇子は殺害されてしまう。

 私が殺さなくても誰かが殺害するだろう。

 誰に相談しよう。

 婚約者になる予定の第二皇子には相談できない。彼が首謀者だ。

 友人のジュリアーナに‥‥は無理か。

 彼女には建設的な話は出来ない。途中で話が変わって最後にはおやつの話になる。それほど彼女はよく食べる。それでも彼女は一切太らないしスタイルが良い。全ての栄養が胸に行っているとしか思えない。それに、話が誰かに漏れる可能性もあり彼女には相談できない。

 大人に相談しようにも誰が味方で誰が敵かも分からない。

 いや、一人いた。

 被害者になる予定の第一皇子、彼なら確実に敵ではない。

 味方でもないのだろうけど‥‥

 よし、彼に相談しよう。そうするのが一番良いだろう。

 私は弟の婚約者になる女性だ。直ぐに面会は叶うはずだ。

 私はその足で第一皇子アイザック・マーロンの元へ向かった。

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伯爵令嬢の私は婚約者を守るために弑した第一皇子を命をかけて守っていく 諸行無常 @syogyoumujou

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