あ、それ、解釈違いです【KAC20218】

amanatz

あ、それ、解釈違いです


自分で言うのもなんだが、俺はそこそこカッコいい。


中学生のころ渋谷に遊びに行ったときにスカウトされて、何年か男性ファッション誌の読者モデルをやっていた。そして半年ほど前からは、とある事務所から声をかけられて、5人組のユニットとして活動を始めている。まだまだ「卵」とか「地下」とかって言葉が付くけど、一応、アイドルの端くれではある。



実際のところ、趣味は昔からインドアで、オフの時はいっつも漫画とかアニメとか観ている引きこもり気質だったりする。スカウトされた渋谷に来た時だって、とある有名声優のコンサートに行くためにNHKホールに向かっていた時だったし。



ただ、最近はそういうのもギャップと見てくれたりするので、なかなか悪くない人材がそろったメンバーの中でも、最推しに挙げてくれるファンもけっこういる。ありがたいことだ。



……とはいえ、大きな声では言えないけど、今の方向に人生をかけようなんて気は、さらさらない。他のメンバーは、アイドルを極めたいってまっすぐな奴もいるし、これを足がかりにして俳優やらタレントやらにステップアップしようとしている奴もいるけど、そういうのにはあんまり興味がない。これ以上有名になっていくのはどんどん難しくなるし、精神的にもしんどい。

正直、俺にはそこまでの覚悟はない。

そこそこ稼いで、オタ活に精を出しつつ、ネームバリューで人よりちょっとモテたい。いや、そんなにモテなくてもいい、オタ活に理解のあるかわいい彼女が一人できさえすればいい。ファンに手を出すのは最低だとか、アイドルは恋愛禁止だとか言うのなら、さっさと辞めたっていい。自分自身の幸せのほうが、よっぽど大事だ。




そして今、俺の目の前には、絶好のチャンスがやってきていた。


「はあ、まさか『パステル男子』の若菜わかな君と同じクラスになれるなんて」


朝霧萌葱もえぎ

まだ知名度の低い頃から、イベントに良く顔を出してくれている古参ファン。箱で推してくれているけど、誰か一人といったら、握手イベの時には一番にこっちに来てくれるし、たぶん、俺が最推しのはず。

ふわっとしたショートカット、小柄で明るく、ちょこまかした小動物みたいな印象のある朝霧は、ルックスも申し分ないっていうか、かなりかわいいんですけど。古参新規合わせたファン勢の中でも、一番好みかもしれないくらいだ。


「あたし、こんな幸運でいいのかな。バチが当たりそう。やだ、怖っ」


そんな朝霧と、偶然にも同じ高校で、偶然にも同じクラスになるなんて。

少女漫画かっての。これはもう、神の采配としか思えない。くっついてくださいと言わんばかりのセッティングだ。




しかし、人生というものは、そうは簡単に行かないらしかった。


「良く知っている顔がいて嬉しいよ。これからよろしくな、朝霧」


俺は営業スマイルに、本心をちょこっと混ぜながら、朝霧に近づいた。相手が好意を持っているのは明らかなので、ここはどんどん距離を詰めていくに限る――


「待って待って待って! 近づかないで!」


全力で拒否られた。

両手をつき出して、顔を背けられた。

え、わりかしショックなんですけど。


「えっ、ど、どうしたの……」

「違うの」

「え」

「推しとこんなに距離が近くなるのは、違うの」


えーっと。


「少し離れたところから、あーかっこいいなー、尊いなーって眺めているくらいがいいの。気軽に話したりしなくていいの。むしろ話しちゃダメなの」


これは、筋金入りのオタク気質だ。


「いやほら、でもさ、クラスメートなんだし……」

「あー話しかけちゃダメ!」

「そこまで?」

「抜け駆けじゃない、こんなの?」

「いやいやいや」

「あたしは古参オタとして、ファンとはこうあるべきだという節度を守り通したいの。厄介オタにはなりたくないし」


俺としては、そんな節度をわきまえたオタムーブされるほうが、よっぽど厄介なんですけど。仲良くなりたいんですけど。

ここで引き下がるわけにはいかない。モデルからのアイドル活動で身に付けた度胸と演技で、なんとしても距離を詰めなければ。


「そんなこと言わないでさ。……じゃあ、そっちからは来れないのかもしれないけど、俺は仲良くしたいから、こっちからは構わずぐいぐい行くよ?」


歯が浮くようだけど、少女漫画の俺様系みたいな、超積極的なセリフ。どうだ、これはけっこうグラッとくるんじゃないか――


「あ、それ、解釈違いです」


さらっと否定された。


「若菜君はもっと草食系でないと。女の子にグイグイ行くよりも、もっと穏やかに、男子仲間同士でつるんでいるほうが楽しいよって感じで。グループ内のイメージカラーも緑だし」


急に早口になる朝霧。


「あたしの中では、青の白縹しろはなだ君と並んでいるときが一番イイんだよね。同じ寒色系で、クールキャラの白縹君を一番柔らかい表情にする温かみを醸し出している自然体な感じっていうか、くう、尊みが深い」


自らのこだわりをまくしたて始めた。

なかなか終わる気配がない。口を挟む余地もない。


「いやもちろん朱鷺とき君や菩提ぼだい君とも仲良くあってほしいんだよ? でもあっちは元気キャラだし、ちょっと制御しきれなくて困っちゃうな、くらいのスタンスが最適だと思うんだよね。それで木蓮もくれん君には、年上だから何でも相談できるお兄ちゃんって感じで接しててほしいし」


すごいな妄想の固まり具合が。完璧に自分の中で、「こうあるべき」っていう理想像が確立しているらしい。たとえ本人を目の前にしても。っていうか、本人に「解釈違いです」って、なんだそりゃ。


「だから女の子と仲良くしようとする若菜君は、ちょっと違うっていうか……むしろ、女の子から来られたときにオロオロしててほしいというか……あ、あたしは行かないけど、そっとその様子を眺めて萌えているだけでいいけど」


筋金入りのアイドルオタだこの子。

推しがこんな近い位置にいるのに、何なら口説こうとしてきているのに、追っかけとしての理想を選ぶなんて。いや、ファン心理というのはこういうものなのだろうか。


でも、これじゃ、距離の詰めようがない。

彼女の心理はあくまでもファンゆえの好意であって、恋愛感情とは完全に一線を引いている感じだ。


前に読んだ漫画であった、憧れは理解から最も遠いなんちゃら……なんてセリフを思い出す。

彼女が見ているのは、アイドルグループの一員としての俺であって、今ここにいる高校生としての俺じゃない。

俺の好意は、朝霧には届かない。

朝霧の熱情は、俺には響かない。



……それって、最高に尊いじゃないか。



近くにいるはずなのに遠い、すれ違いの二人。

これこそ、俺の好きな恋愛モノのシチュエーション、そのものだ。

漫画やアニメで悶えていた設定が、まさか自分に降りかかってくるなんて。


男子グループの仲間関係が好きな朝霧と、すれ違いモノが好きな俺。

ある意味似た者同士、程よい距離感をもって、やっていけるかもしれない。

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