きょうのまおーさま

弱腰ペンギン

きょうのまおーさま


 ウチの魔王様は尊い。

「今日は、人間の国を滅ぼしてやるのだー!」

 魔王様は3歳を迎えられたばかり。そして先日魔王となられた。

「どーん!」

 だというのに、もう人間を滅ぼしてやらんと剣を振るっておられる。

 もし私が男性であったなら、求婚せずにはおれませんよ。ハァハァ。

「はくちゅっ!」

 すきま風吹きすさぶあばら家で。

「魔王様。お鼻が」

 ハンカチでお顔を拭かせていただく。

 まんまるなお顔にぱっちりお目々がお可愛らしいございますよ。デュフ。

「ありがと」

「いえいえ」

 先代魔王様が滅ぼされて3日。この小屋で寝起きするのにも、早く慣れていかねば。

「そうだ! 今日のご飯は猪鍋にしよう! 体が温まるよ!」

「それはようございますね」

 両手を上げて無邪気に微笑まれる魔王様。お可愛らしいですが、あまり剣を振り回さないでいただきたく思います。

「はっぷちゅ!」

 くしゃみのたびに、小屋の隙間が増えるのでございます。

「あ、やっちった」

 ドーンという音と共に、壁が破壊されました。あぁ、補修用の木材を切らしてしまい申し訳ありません魔王様。

「また、木を切ってこなきゃ!」

「そんな魔王様! 私めがやりますので」

「ふふ。メイド長には荷が重い。わたちが用意してしんぜよう!」

 腰に手を当ててふんすと鼻をならしておられます。

「ははー!」

 あぁ、かわいらしいかわいらしい。

「あ、ちょ、メイド長、くすぐったい」

「っは、申し訳ありません!」

 平伏しようと思ったのに、思わず抱きしめてなでてしまった! っく、恐ろしい!

「では、行ってくる!」

「行ってらっしゃいませ」

 勇猛果敢であらせられる魔王様を、私はあばら家でお待ちいたします。せめてもの情けとして、布団は温めておきますゆえ!


「ただいま帰った!」

 魔王様が大きな猪と、いくつもの丸太を用意して帰ってこられた。

「お帰りなさいませ」

 私は荷物を受け取るとすぐに丸太を木材へ変え、丁寧に下処理を施された猪を調理する。

「いつもながら、メイド長の魔法は便利だな!」

「ありがたき幸せ」

 メイドの必須技術である生活魔法を使えば、魔王様の体の汚れもこの通り!

「きゃははは! くすぐったぁい!」

 ふかふかタオルをいつでも取り出し、汚れを! 全身くまなく! 拭いて差し上げることが出来るのです!


「いただきます!」

「いただきます」

 風魔法で木をスパッと切り、土魔法でゴーレムを作り隙間を埋め、あばら家の補修は完了。

 できれば立派な椅子をご用意したかったのですが、いかんせん、ゴーレムはそこまで器用に手を動かすことが出来ないのです……。よって。

「鍋、おいしいぞ!」

「ようございました」

 床に座り、囲炉裏で鍋をかこんでおります。今日はおじょ……魔王様が取ってきてくれた猪鍋です。おいしいです。

「どうしたメイド長。さっきから箸が進んでおらんぞ!」

「あら、そんなことはございませんわ」

「ふむ。メイド長はわたちの言うことが間違っておると言いたいのか?」

「とんでもございませんわ。おいしくいただいております。本当ですよ」

「ならよかった!」

 おいしそうに鍋を食べてくださる魔王様を見てるとおなか一杯なんですけれども。

 ……以前ならこのような食事はあり得ませんでしたし。

 いつも毒見が終わった後のつめたーい料理ばかり。

 それに、最近ようやく歯が生えそろったばかりで、お肉も食べられませんでしたしね。

「魔王様、お口が」

 ハンカチを取り出して魔王様の口周りを拭いて差し上げる。けれど、お食事を中断されたからか。

「大丈夫なのじゃぁー」

 ご機嫌斜めでございます。デュフ。


「ごちそうさまでした!」

「ごちそうさまでございました」

 ご飯を済ませ、歯を磨き、お休みの準備でございます。

 もちろんお風呂は済ませました。えぇ、湯船はございませんのでお湯を沸かして、タオルでさっと。明日は絶対に湯船を作りますわ。

「メイドちょぅ……」

 お布団に入ったはずの魔王様が私の袖をつかんで離してくれません。

 困りましたわ。今、猪の皮で新しいお洋服をしつらえておりますのに。

「おしっ……やっぱり何でもない」

 あらあら。おトイレですね。

「あぁ、そういえば。おトイレに紙を補充しませんと。魔王様、一緒についてきてくださいますか?」

「わぁ。うん!」

 魔王様はおトイレを済ませると、寝ぼけ眼をこすりながらお布団に入られました。

 長い髪をお団子にしてまとめている姿が、とてもお可愛らしいです。思わず食べたくなってしまいますわ。じゅるり。

「さてと」

 魔王様がぐっすりされているのを確認して、部屋の隅に行きますと、そこで魔法を一つ。

 短い呼び出し音の後に。

『もしもし。魔王じゃ』

 元、魔王様がお出になられました。

「定時連絡でございます」

『もー、心配したぞ。娘はちゃんと魔王やっておるかの?』

「大丈夫でございます。本日は猪を仕留めておいででしたよ」

『あー、わしもみたかったのー!』

「ご安心ください。干した猪肉と、簡単な牙飾りならすでにお送りしましたので」

『でかした』

 ありがたいお言葉です。

『ところでー、あー』

「いつ戻るか、でしょうか?」

『あぁうん。近頃人間界も物騒じゃし。わし、討伐されたという体で隠れるのも、つまらんし』

「そうはもうされましても。新しく魔王になられたお嬢様が人間の里を一つ襲い、新たな魔王が出たーとやるまでは終われませんし」

『それがじゃのー。妻……勇者がのー。娘に会いたいと癇癪起こしてのー。人間界、滅ぼしそうじゃし』

「それは元魔王様が抑えてくださいませ」

『そこを何とか。一週間くらいでやれんかの?』

「出来るわけがありません。我慢してくださいまし」

『それじゃ、わしと妻が一緒に――』

「魔王を継ぐ試練でございましょう? 甘やかすのもたいがいにしてくださいまし」

『……ハイ』

 こうして定時連絡を済ませると、私も就寝の時間でございます。

 お嬢様……魔王様の隣の布団に入ると、そっとお団子を撫でます。

「むにゃ……」

 幸せそうなお顔です。よい夢を見られているのでしょう。たまに勇……お母さまが恋しいのか、私の胸を吸おうとされます。ごめんなさい。まだ母乳は出ないのでございます。

「にんげん、ほろぼしゅぞー……」

 きっと今頃、夢の中では人間の里を荒らしまわっているに違いありません。

 いつか討伐されるその日まで。魔王様のお世話をするのは私の大切なお役目。

 そして出来ることなら、二人きりの生活を少しでも長く続けられると、なおよろしいのですが。

「ゆけー……我が軍勢よー……」

 難しいでしょうね。だって、この魔王様は。

「わちゃしは、しゃいきょーなんじゃー……」

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きょうのまおーさま 弱腰ペンギン @kuwentorow

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