二章 ―自分で決める道―

2-1 首都ガーネストロ

 私はドアを開けて宿屋を出る。部屋にあった服はとっても動きやすそうな服だった。水色で涼しげなワンピースに、小さなリボンの付いたカチューシャ。宿屋さんのおまけで、魔力が上がる真珠のネックレスまで付いていた。


「本当に至れり尽くせりって感じ……ちゃんとお礼をしなきゃ……!」


 城下町は村とは違う意味で綺麗だった。赤レンガで整備された路面と、道端に並ぶお花と溝を流れる綺麗な水。煙突の付いた木製の家と、その窓枠に並べられたお花。少し町の奥へと進んでいくと、美味しそうなご飯の匂いがしてくる。


 全てが整っていて、何だか優しい感じだった。そして町のずっと奥の方、少し高くなっている場所にミスコット城は佇んでいた。まるで町どころか世界をも見下すように。何だか……あそこだけ嫌な感じ……。


 のんびりとした雰囲気の城下町を歩き回り、私はくねくねと曲がる細い坂に辿り着いた。左右には沢山の家が並んでいて、どの家のベランダにもお花が育てられていた。


「あら、お嬢さん。あまり見ない顔ね?」


「こんにちは! はい、ここには初めて来たもので……とっても綺麗な場所ですね」


「そう、ここはとても綺麗なのよ。初めて来たのならこのまま坂を上って行くと良いわよ。今の時間帯なら、お昼の市場が開いているはずだから」


「そうなんですね! ちょっと行ってみようかな……ありがとうございます!」


「行ってらっしゃ~い」


 私はお花に水をあげる魔法使いさんに手を振り、そのまま坂を上って行く。坂を上って行くと、やがてレンガ造りの大きなアーチが見えてきた。アーチを潜り抜けた先、そこは首都ガーネストロの中でも一番賑やかで綺麗な場所だった。周囲には沢山のお店があって、広場の中央には石造りの噴水が心地よい水の音を奏でている。広場の周りは沢山の家と路地、お花に囲まれていて、正面を見上げると大きなミスコット城が佇んでいる。


 村では見ることの出来なかった光景。初めて見るその光景に私は瞬きも忘れて、開いた口も塞がらなかった。


「はいらっしゃい! 天然素材で出来た魔道具だよ! 今なら二割引きだよ!」


「杖はいらんかえ? 初めての杖ならウチがおすすめだよ!」


「冒険者の皆さん! 疲れた時はポーションが一番! いかがですか~!」


 あっちこっちから聞こえる客引きの声と沢山の冒険者たちの賑わう声。目の前のミスコット城では大変なことが起きているのに、ここではそんな事は感じさせない。賑やかで、穏やかで、とても素晴らしいのに……どこか違和感を感じるのは何なんだろう。


 …………。


 …………どこからか、美味しそうな匂いがする。


 ――グゥゥゥゥゥ……。


「お腹空いたなぁ……」


 私はどこからかする焼き魚とホワイトソースの、まるでグラタンの様な匂いを頼りにこの魔法使いの波の中を進んでいく。少し進んだ時、それらしい客引きの声が聞こえてきた。


「メルヴィディア産の魚介類で作ったグラタンだよ! 食べて行かないかい?」


 メルヴィディア……確かお母様が昔海に囲まれた国があるって言ってたけど、そこの事かな?


「おっ、そこのお嬢さん! どうだい、食べて行かないかい?」


「はい、頂きます~」


 私は考えよりも先に言葉が出ていた。考えてみれば、あの村を出た時から何も食べずに戦ってここまで来てたんだった。意識はしてなかったけど……やっぱり美味しそうな匂いがすると……はぁ~お腹が空いちゃうよね。


「それじゃあお嬢さん、何にします?」


「ん~店主さんのおススメでお願いします」


「それじゃあ、このメルヴィディア産鮭のホワイトソースグラタンだね! お代は800フォジになるよ」


 フォジ……あ、あれ! お金持ってたっけ!?


 私はあたふたしながらポケットの中を探る。すると、ポケットの中に幾らかのお金が入っていた。宿屋のお爺さん、まさか入れといてくれたの……?


「丁度足りそう……」


 私は店主さんにお金を必要な分だけ渡して、そのまま案内された席に着く。あの宿屋のお爺さんには本当に後でお礼をしなくちゃ……。





 ――数分後。


「ほい、お待たせ!」


 そう言われ目の前に差し出されたのは、ホワイトソースとチーズに包まれた鮭のグラタンだった。中にはほうれん草とかの野菜も入っているみたい。私はスプーンを取って手を合わせる。


「それじゃあ、頂きます!」


 私はスプーンでグラタンを掬い、ゆっくりと、そして慎重に口に運ぶ。そのままハムッと咥えて……。


「美味しいぃぃ! これ、とっても美味しいですよ!」


 ホワイトソースの甘みが口の中で広がって、チーズと鮭のしょっぱさがその後から来て……とっても美味しい! 甘いものとしょっぱいのは一緒にすると美味しいってのは本当だね! 野菜も良い感じに役割を持っていて……んん~!


「お嬢さん、本当に美味しそうに食べるねぇ~! おじさん、嬉しくなっちゃうよ!」


「だって、頬っぺたが落ちそうになるくらい美味しいんですもん!」


「にしても、お嬢さんはラッキーだ。この時間帯にここに来るなんてねぇ~」


「どうしたんですか?」


 店主さんは腕を組んで私を見下ろしながら、ニコニコと答える。


「これからショーが始まるのさ!」


「何のショーです?」


 その瞬間、噴水から光が飛び出した。光は徐々に広場を覆いつくしていく。


「我らが“ミスコット家”を描いたショーさ!」


 同時に光は消え、辺りは暗闇に包まれた。

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