3-2 滅茶苦茶な救出作戦

「総員、かかれ!」


 わざわざ正面から現れた私に困惑しているのか、突破は簡単だった。でも、そろそろ気付かれて数が多くなってきた。


「そろそろキツイ、かも?」


 彼らは束になって来るから、出来ればまとめて倒しちゃいたいところ。でも魔力も温存しておきたいから……!


「ここは逃げさせて貰うよ!」


 私は長い形状の杖を地面に叩きつけ地面を盛り上げる。そのまま彼らの上を跳んでメインホールの二階に着いた。彼らは急いでメインホールの階段を上ってきてる。今の内に彼らと距離をつけないと……!


「でも……どこにいるんだろう……」


 助けに来たとはいえ、彼がどこにいるかは分からない。もし捕まってたら……ううん、そんな事はない。でも、もし捕まってたら彼は――。


「多分殺されないのかも……」


 あの女の子の話を聞く限り、多分彼も“無”の存在。女の子と同じ歪んだ空間を扱えたし、その空間で他の魔法使いを吸収する瞬間も私は見た。となれば、ミスコット家が黙っていないはず……。彼らなら捕らえて手元に置きたいはずだから、もし捕まっているとしたら彼は――。


「私と同じ牢屋に居るかも……!」


 牢屋を探す。それが今の目的ね。私はミスコット城の長く赤い廊下を進む。廊下にはカーテンが閉められた窓が点在していて、月の光が仄かに廊下を照らしている。


 ミスコット城の魔法使い達は、この窓から町を見下ろすことはあるのかな。ううん、きっとない。彼らは町の事よりも自分たちの未来を見ている。だから、町の事やあの女の子の事なんて……ただの人形としか思ってない。


 だって、私たちもそう思われていたから。


『総員に告ぐ。侵入者あり、侵入者あり。速やかに捕らえろ。必ず生かして捕らえるようにとエリオット様からの命令だ』


 場内のアナウンスが私の意識を現実へと引き戻す。彼を見つけるためにわざわざ正面から現れたけど……流石にやっぱり数が多いかな。


「やっぱり、急がないと……!」


 私は廊下を走り回る。曲がり角を曲がって、下へと続く階段を探す。でも、さっきからだけど不気味なくらい廊下が静か。まるで、どこかで待ち伏せでもしているみたいに……。


『おい! いたぞ!』


「来たわね……!」


 私は急いで廊下の柱に隠れて短い形状の杖を構える。同時に兵士達が大量の魔力弾を柱に撃ち込んでくる。魔力弾が当たった部分の柱は欠け、辺りには柱の破片が散らばっていた。


「全く……お城を壊す気なのかしら?」


『貴様が我々に投降すれば良いだけの話だ』


「じゃあ、交渉決裂ね~」


 私は柱から一瞬顔を覗かせて短い形状の杖で魔力弾を相手に撃ち込む。直撃した何人かの兵士達は倒れたけど、すぐに結界が張られちゃった。困ったなぁ、あの先に確か地下への階段があるはずなのに……。


『貴様の魔法では我々は倒せない。大人しく我々に投降しろ!』


「う~ん、断る!」


 私は杖を長い形状に変化させて杖先を地面に叩きつける。叩きつけた場所から相手に向かって地面が蛇の様に盛り上がり、そのまま結界にぶつかった。と同時に、私は大きな炎の球を詠唱して相手の結界にぶつける。


 パリイイン!


 炎の球が命中すると同時に相手の結界がガラスの様に崩れた。なるほど、やっぱり複数の属性で攻めれば崩せるみたい。私は即座に杖を短い形状に変化させる。その瞬間、煙の向こうから剣を持った兵士がこっちに走ってきた。


「うそ……!?」


 私は杖の変化に失敗し、長い形状の杖で相手の攻撃を物理的に防ぐ。


「近接は苦手なんだけどなぁ……」


 私は軽い蹴りで相手を突き飛ばして杖先で相手を思いっきり突く。突かれた兵士は勢いのまま倒れこみ、そのまま動かなくなってしまった。少しやり過ぎたかな?


『錬成部隊、近接武器を錬成せよ。突撃部隊、即武器を持ち突撃せよ。気を失わせて捕らえるのだ』


 錬成部隊の作る武器はちょっと不味いかな。魔力も宿ってるし、戦いながら魔法なんて使われたら勝ち目が無いもの。これは、かなりピンチ……!


 突撃部隊が攻撃を仕掛けてきた。その瞬間――。


 上空から水の渦に乗って“彼”がやって来た。


 ボロボロの服に風に靡く茶髪。決してカッコいいとは言えないけど、その姿はまるでおとぎ話の王子様のようだった。


 彼は地面に着地すると、そっと私の方へ振り返った。


「無事?」


「勿論だよ!」


「はぁ……お前、いくら何でも派手過ぎなんだよ」


「でも、来てくれたでしょ?」


「ふん……行くぞ……!」


「うん!」


 彼は私の前に立って戦う姿勢を整える。私も彼の後ろで改めて長い形状の杖を構え直す。彼はまず錬成部隊の方へ手を伸ばして歪んだ空間を出現させる。歪んだ空間は錬成部隊の作った空間から徐々に広がり、少しずつ錬成部隊を飲み込んでいく。


 その時、彼の元に突撃部隊の何人かが駆け寄ってきていた。私は即座に杖先を地面に叩きつけて壁で彼を守る。壁によって攻撃が弾かれたその瞬間、私は突撃部隊の兵士達に魔力弾を撃ち込む。


「ナイス、セシリア!」


「任せてよ!」


 私が答えたのと同時に、彼の出現させた歪んだ空間が錬成部隊を飲み込んだ。


「吸収完了! さて、ここからは反撃の時間だぞ……!」


 彼は自分で錬成空間を展開して、自分の杖を作り出した。真っ黒でライオンが彫られた短い杖。彼らしい杖ね。


 彼は水の渦を詠唱すると、そのまま土の魔法まで詠唱を始めた。水の渦に土が混じって、水の渦はやがて泥水の渦になった。泥水の渦は兵士達を次々と飲み込んでいく。そして全員が飲み込まれた事を確認した彼は、次に炎の魔法を詠唱し始めた。


「さぁ、この炎で固まっちまいな!」


 彼はミスコット城の廊下に大きな炎の渦を出現させて、辺りを燃やした。その炎は見ているだけでも火傷しそうな程に熱くて、しばらくの間続いた。やがて炎が消え去ると、泥水に飲まれた兵士達はみんな固まって動かなくなっていた。


「ふぅ……こんなもんか?」


「す、凄い……」


 彼は杖をしまうと、こっちに振り向いて自慢そうに微笑んだ。


「ま、俺は“無”の使い手で、存在自体が魔力みたいなもんだからな。杖さえ手に入れれば……って分からないか」


「ううん、分かるよ。あなたが“無”の存在なのは、町である子に聞いたの」


「そっか……」


 彼は居心地悪そうに頭をくしゃくしゃと掻く。それから私の方を向いて苦笑いした。


「怖い……だろ? 他の魔法使いを吸収するなんてさ。町の冒険者の間なんかでは有名だからな。『魔法使いを消し去る化け物』って……」


 私は思いっきり彼に抱きついた。それから右手で彼の額を人差し指で弾く。


「らしくないじゃない。心配したんだから」


「……逃げれば良かったのに。何で戻ってきたんだ?」


「私が助けたい、助けなくちゃって思ったの」


「……変わってるな」


「変わってるとは何よ! せっかく助けに来たのに!」


 私はムスッと彼の顔を見つめる。怒ってるのに、彼は何故か私の顔を見てニコニコと笑い始めた。


「分かったよ、ありがと。でも、やっぱ変わってるな。けど、お前はそのままの方がいい」


「……! ……あなたもね。あなたも、そのままでいい。あなたは化け物なんかじゃない。あなたはあなたらしく、自由に生きていい。私は、そう思うな」


「……そうか」


 彼はそう言葉を発したあと、少し微笑んでいた。

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