第18話

「英語っていうのはね、文法さえ覚えちゃえば簡単なんだよ。あとは単語さえ覚えればいいんだからさ!」

「そうは言ってもムズいもんはムズいんだって……」

「ムズいって言ってもね、別にいきなり完璧に話せとは言わないからさあ」


 既に俺達は街道を外れて廃屋がある方へと森の中を進んでいる。

 森の中はいたって普通で、ゴブリンを含めた魔物の気配をスキルによって感じられるが、この程度であれば異常と思えるようなものではない。


 リリーが片手に手綱を握りつつ、もう片方の手にはピストルを握りながら先頭を進む。


「んー、わっかりやすくゴブリンが隊列を組んで歩いてると楽なんだけどなあ」

「流石にそれは無いんじゃないか?」

「いやあ、でもシャーマンとかって頭良いんでしょ? パトロールとか出してても不思議じゃないんじゃないかなあって思うんだけど」


 もしも彼女の言う通りなのであれば気配察知ですぐに気づくことが出来るだろう。

 特に何事もなく第一の目標である廃屋が視界へと入った。


 それなりに大きな2階建ての屋敷で、壁にはコケやツタが絡みついており、入り口のドアは壊れてしまっている為に出入りするのは簡単そうだ。

 ここからではよく見えないが気配察知には魔物の気配はなく、緊張の糸が一瞬緩む。


「エル、下手に動かないでね」

「ん、どうした?」

「どうしたも何もいるでしょ、ほら」


 リリーが指をさす方向をよく見てみると、そこには2匹のゴブリンの姿があった。

 気配察知に引っかかってもいい距離なのだが、どういうわけだか彼らの気配は目視した今でも感じることができない。


「奥のは私がやるから、エルは手前のをお願い」

「あいつら幻影とかじゃないのか? 気配察知に引っかからないぞ」

「多分隠密系の魔法か、こっちの察知系スキルを無効にする魔法だと思うよ。ゴブリンに限らず他の魔物の気配も感じなくなったでしょ?」


 声を潜めながらリリーは片手にナイフを握り締める。

 この世界には不意打ちを成功させられればダメージに大きなボーナスがかかる仕様があり、彼女の肉体的なステータスはそれほど高いというわけでもないのだが、普通のゴブリンであればそれでも一撃で仕留められるはずだ。


 まるでヘビのように音を立てずにスルスルと木々の間をすり抜け、気付いたころにはリリーはゴブリンのすぐ近くまで歩み寄っていた。

 早くしろと手招きをされるが、生憎俺は隠密行動というものはした試しがない。


「失敗前提で行くか……」


 出来るだけ気配を殺し、音をたてないように慎重に、かつ素早く彼女と逆側へと向かって展開する。

 手にはいつもの刀ではなくダガーを握り締め、僅かに足元でカサカサと鳴る草を踏む音がイヤに気になりながらも、どうにか奇襲が出来そうな位置へと移動することが出来た。


 俺が位置へとついたのを見たリリーは、指でカウントダウンをし始める。


 カウントがゼロになると同時に静かに相手へと近付き、ダガーを思い切り首へと突き刺す。


「ゴギャッ――」


 短い悲鳴をあげ、地面へと倒れたゴブリンが光へとなって消えてゆく。


「ふう……」


 ふとリリーの方を見ると、リリーは相手の口を押えてうめき声一つ出させずに喉元を掻き切っていた。相手が光となり始めてもしっかりと相手を押さえつけ、倒れる事さえさせずに彼女はゴブリンを仕留めていた。


「バレてはいないみたいだね、最後までしっかり気を抜かないようにね。これが隠密の基本だよ」

「お、おう……えらく慣れてんな」


 リリーは何も答えずに静かに屋敷の入り口へと向かう。

 あまり詮索するのは良くないというのは理解してはいるが、彼女の行動には所々引っかかる点があるのは確かだ。


「どうしたの?」

「いや、何でもない」

「ん、あんまりボーっとしてると危ないよ?」

「いや悪いな、隠密行動って慣れてなくてな」

「一応ハンドサインの確認だけしておくね。これが進めでこれが止まれ、それから――」


 簡単なサインを彼女から教わり、それの確認をしてから屋敷の中へと足を踏み入れる。


 屋敷の中は所々朽ちており、酷いところでは床が抜けていて地面がむき出しになっているような場所もあるのが見える。

 入ってすぐ両側に2階へと続く階段があるが、片方は崩れていて使えそうにない。


 リリーはすぐに地面にしゃがみ込んだかと思うと、いくつかの箇所を指をさす。


 そこを見てみるとゴブリンのものと思われる足跡が複数あり、彼らがここを根城としている可能性が高いと見ていいだろう。

 足跡の殆どは1階の奥へと続く廊下へと向かっており、2階に向かう足跡は殆ど無いようだ。


「何もないであろう2階から行くよ。もし床が抜けてバレちゃったら派手に行っていいからね」


 リリーが先頭に立って2階へと上がる。

 こういった所で恰好をつけたいところはあるが、彼女から見える自信、というよりも場慣れ感と言った方がいいだろうか、それが完全に俺には主導権が無いという事を痛感させる。


 2階はかつて講堂として使われていたのかと思える広い部屋が広がっており、ボロボロになったカーテンが風になびいているくらいで、特に気になる物も見当たらない。

 相変わらず気配察知には魔物の気配は引っかからず、自分が立ててしまう微かな足音がどうにも気になってしまう。


「何もないし何もいないみたいだね、1階の探索に移ろうか」


 リリーは声は潜めているものの、緊張しまくっている俺とは反対に非常に落ち着いているように見えた。

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