第5話

「ふー……」

「大丈夫?」


 街道を歩きながら俺は深呼吸をしていた。

 アルファテストの時は雑魚であるコボルトの殺気に腰を抜かし、我ながら醜態をさらしたという記憶が忘れたくともこびりついている。

 あの時はチュートリアルらしいチュートリアルもなく、ぶっつけ本番で喧嘩をふっかけたというのもあっただろうが、トレーニングを積んだ今でも彼らの殺気に腰を抜かさないと言い切れるわけではない。


「アテナ、こう、命のやり取りのコツってないか?」

「んー……気張り過ぎない事? まあ1年前の事を気にしてるんだったら大丈夫だと思うよ?」

「そうか?」

「あの時はそれこそアルファだったからね、スキルも殆どが機能してなかったし」

「俺のスキルの中にそういう……恐怖心とか克服するようなものが?」

「それこそ主人公補正がそれだよ。私としてはビビりまくってる主人公もアリっちゃアリだとは思うけどね」


 アテナと会話をしつつ歩いていると、不意に敵の気配を感じた。

 俺の持つスキル【気配察知】による探知効果だ。


「げ……はぐれじゃなくて群れか……」

「数はどう?」

「5ってところだな、ポジティブに考えれば倒せれば半分一気に片付くわけだけど」


 距離はおよそ50メートルほど先の森の中で、今のところ姿は見ることが出来ない。

 上手くやれば奇襲で1匹は持って行けるだろうが、それでも1対4をするのは正直言って少し怖い。


「やっぱり怖いもんは――怖くない?」


 記憶がフラッシュバックするが、不思議なことにむしろあの程度であれば何の問題もないという自信が心の奥に芽生えている事に気付いた。


「主人公はイキるくらいが丁度いいってみんなが言っててね、まあその人次第では行き過ぎちゃったり、それでもビビりになっちゃうような感じになったみたいだけど」

「それ大丈夫なのか……?」

「まあほら、十人十色ってね?」


 何か違う気もするが、俺の中にあったはずの不安はいつの間にか完全になくなっており、頭は非常に冴えわたっていた。


 街道を外れて敵の気配のある方へと慎重に歩みを進める。

 気配察知のレベル不足なのか、この先に待ち受ける魔物が何かまでは分からない。

 歩みを進め、まず最初に目についたのは記憶にもある赤色だ。


「コボルト……」


 静かに剣を抜き、姿勢を低くして距離を詰める。


 まるで自分が自分ではないように感じるほど落ち着いていた。それこそゲームのキャラクターを動かすように。


 一定の間合いまで詰めたところで強く地面を蹴ってコボルトへと一気に距離を詰める。

 全体重を乗せつつまずは一振り。そして返す勢いで二振り目を繰り出す。


「――!!」


 二回繰り出された斬撃はそれぞれコボルトを捉え、一撃で彼らの命を奪う。

 奇襲を受けて喚くコボルトへと向かってさらに剣を振るい、いざ彼らが攻撃しようとしたタイミングには敵の数は既に2匹にまで減っていた。


「甘い!」


 2匹が俺へとそれぞれ武器を振り上げ殺気を俺に向かって放つが、恐怖心は全く感じられない。

 ステップを踏んでコボルトの攻撃を避け、剣を振ろうとした時だ。


「エル、体術もちゃんと使って!」


 アテナの声で反射的に蹴りを繰り出した。

 蹴りの当たったコボルトは軽く吹っ飛び、もう片方は俺が突き出した剣によって体を貫かれていた。


「んな事しなくてもいけてただろ?」

「それがクセになっちゃったら後々後悔するよ? 欲張った行動はその分リスクを孕んでるんだから」

「まあ、そうか」


 確かにそうかもしれないが今のは普通に通せたはずだ。

 起き上がろうとするコボルトにもう一度蹴りを入れて体勢を崩させ、そのまま剣を首へと突き刺してトドメを刺す。


「そういや、何となく急所狙ったりしてるけど意味あるのか?」

「あるよ、一応部位ごとにHPが設定されてるからね。話すと案外長くなるからアレだけど……条件次第ではHP全部を削らずとも殺すことが出来るよ」

「俺自身も、か?」

「理論上はね、でも他に比べたらかなりしぶといとは思うけれどもね」


 周囲に敵の気配は無くなり、俺は剣を納める。

 剣を納めたその時、自分の中でリミッターが外れるようなそんな感覚があった。


「レベルアップしたみたいだね! おめでとう!」

「あれ……勝手にレベル1がスタートラインだと思ってたけど、違うのか?」

「ちょっと特殊でね、主人公補正のスキルを持ってる人はみんなレベル5スタートなんだ」

「なるほど、じゃあこれが初のレベルアップってわけか」


 ステータスをウィンドウに表示させて確認する。

 いちいち表示させずとも感覚で分かるものではあるのだが、雰囲気というもの大事だ。


「そうだ、レベルアップの仕様について説明しておくね!」

「仕様?」

「そ、この世界のレベルアップは能力の上限値の開放って形を採用してるの。一応現在値も伸びはするんだけどね」

「上限値?」

「例えば筋力のステータスが今100だったとしてもレベルが低くて上限値が20だった場合は、20の筋力しかないって事になるの。逆にレベルが高くて上限値が100でも現在値が20なら筋力20って形になるの」

「つまり、レベルも大事だけど鍛錬もしっかりしろって事?」

「そういう事、まあ主人公補正のスキルでの伸び補正は現在値にも上限値にもかかるから、エルはかなり有利だけどね」


 あくまでレベルは器であり、その中身は自分で得なければいけない。面白そうな試みではあるが、強さを求めるときにただレベリングすればいいというものではない。というのは少々ゲーマーとしては面倒と感じる部分でもある。


「とりあえず、感覚でやってみるか」


 残りの敵を狩るため、俺は森の奥へと歩みを進めた。

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