【第50話:助けてくれますか】

 まるでダンジョンそのものが震えるような凄まじい衝撃が断続的に続いていた。


「え? ふぉ、フォーレスト、い、いったいなに⁉」


「こ、これは地震でしょうか……」


 フィアとロロアが何が起こっているのか理解できず、怯えた声で尋ねてくるが、突然のことでオレにも何が起こっているのかわからなかった。


 だが、妹のメリアだけは深刻そうな顔で何か遠くを見つめているようだった。


「メリア? どうしたんだ? これが何かわかるのか?」


 オレがそう尋ねるとメリアは乾いた笑みを浮かべながら無言でオレの背後を指さした。


「いったいなにが……」


 そう言って振り返ったオレの目に飛び込んできたのは、ダンジョンのボスが閉じ込められている巨大な扉だった。


 いや、正確には無数にひびの入った扉だった。


「この衝撃と轟音はミスリルゴーレムなのか!?」


 そう叫んだオレの視線の先で、再度轟音とともに衝撃が走り、ひびがさらに広がっていく。


 どうして急にこんなことを⁉

 オックスの口ぶりではずっとあの部屋に閉じ込めているという話だったのにどうして今になって急にこんな行動をとり始めたのか。


「お、お兄ちゃん……このアーティファクト、召喚魔法使い向けに創られているから私わかるんだけど……」


 ちょうど魔物を従える力を持つアーティファクトをフィアに手渡したところだったのだが、それをメリアも興味深そうに覗き込んでいた。


 それで何かを理解したのだろうか。

 というか、今は好奇心旺盛なメリアが手にしていた。


「いったい何がわかったんだ? いつまで扉がもつかわからない。簡潔に教えてくれ」


「うん。えっとね。今まさにこのアーティファクトで……扉の向こうの魔物を支配しようとしてるみたい……」


「なっ!? まさかオックスの最期のアレは⁉」


 そういうことか!?

 オックスが最期に企んでいたのはこれだったのか!?


 アーティファクトの仕組みをハッキリとは理解してはいないが、使用者の魔力を使って発動させると聞いた事がある。

 さっきオックスの亡骸から探した時にやけに魔力を放っていたのは、まさにミスリルゴーレムを従えようと何かをしかけていたからなのかもしれない。


 どうりで簡単に見つけることができたわけだ。


「オックスって人がどうやったのかまではわからないけど……私がこれを手にした瞬間、魔力が同調したような感じがした」


「え? メリアちゃん、それはいったいどういうこと?」


「たぶん私がこのアーティファクトを扱う適性が高いからだと思うんけど……おそらく私が攻撃したと判定されたと思う」


「「「えっ!?」」」


「たぶん私がターゲットとしてロックされちゃってる、かな……」


 メリアが青ざめながら発した言葉を一瞬理解できなかった。


 つまりそれは……ミスリルゴーレムは執拗にメリアを殺そうと追ってくるということじゃないか!?


「そ、そんな!? は、早く逃げましょう!」


 ロロアが珍しく声を荒げて訴えかけるが……。


「ロロア……駄目よ。逃げるわけにはいかないわ……」


「え……お姉ちゃんどうして!?」


 フィアの言う通りだ。

 逃げるわけにはいかない。


 いや、逃げても無駄と言った方がいいだろう。


「ロロアちゃん……ダンジョンのボスってね。一度ターゲットすると絶対にその相手を逃がさないんだって……」


 やはりメリアも知っていたのか。

 冒険者でもないのに本当に聡い子だ。

 これじゃ、誤魔化して身代わりになることも出来そうにないじゃないか。


「戦うしかない」


 オレがそう言葉を発した瞬間、ミスリルゴーレムを閉じ込めていた扉は轟音と共に砕け散ったのだった。


 ◆


 砕かれた扉の中から薄っすらと緑色に発光している巨体が姿を現した。


 で、でかい……。


 その大きさはサイクロプスを上回り、数メートルの高さのあるダンジョンの天井に手が届きそうなほどだ。


「来るぞ!! フォアたちは逃げるんだ!」


 何もみんなが犠牲になる必要はない。

 今ミスリルゴーレムに狙われているのはメリアだけで、フィアとロロアの二人は襲われないはずだ。


 せめて二人にはダンジョンを脱出して貰って、村の冒険者ギルドにこのことを伝えて貰いたい。


 そう思っていたのだが……。


「フォーレスト! 本気で言っているなら怒るわよ!!」


「そうですよ! いくらフォーレストさんでも私も怒りますから!」


 凄い剣幕で怒られてしまった。


「いや……だけど、相手はAランクの魔物のミスリルゴーレムだぞ」


「いや、でも、だけど、でもないでしょ! パーティーの仲間なんだから、こういう時に言う言葉があるでしょ!」


「そうです。こういう時は一言だけで十分です」


 一言っていったい……と悩んでいると、黙って静観していたメリアが先に口を開いた。


「フィアさん、ロロアちゃん、助けてくれますか?」


「もちろんよ!」


「もちろんです!」


 そのやり取りを呆気に取られて見ていると、三人の視線がこちらに集まった。


「え? あ、えっと……助けてくれるのか……いや! フィア! ロロア! 協力してくれ! あいつを倒してこの一連の出来事を完璧に解決しよう!」


「そうこなくちゃ!!」


「はい!!」


「……ありがと。私は大したことできないけど……」


 フィアとロロアの覇気のある返事とは対照的に、メリアは少し責任を感じているようだ。

 だけど、ここまで生き残ることが出来たのはメリアのお陰だし、そもそもメリアにしか出来ないことをお願いするつもりなのだ。


 何一つ責任を感じる事なんて必要ない。


「何を言っているんだ。メリアは召喚魔法を使って村にこのことを伝えるって大事な役目があるだろ?」


 オレたちは絶対に勝つつもりだが、それでも負けてしまった場合、真相を知るものがいなくなってしまう。

 そうなるとダンジョンやミスリルゴーレムの危険に気付くのが遅れて被害が大きくなるだろうし、オックスが犯してきた罪が有耶無耶になりかねない。


「わ、わかったよ! 召喚魔法を覚えてから連絡用の紙と筆は持ち歩いているから任せて!」


 まるで元気を取り戻したメリアの返事に呼応するように、ミスリルゴーレムが完全に部屋から抜け出し迫ってきたようだ。


「くっ!? もう動き出した! 作戦は練習で何度もやったバフによる内部破壊だ! 気を引き締めていくぞ!」


 こうしてダンジョンのボスであるミスリルゴーレムとの戦いが始まったのだった。

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