【第41話:束の間の勝利】

 サラマンダー。


 冒険者なら知らないものはいない凶悪なBランクの魔物だ。

 こいつの討伐依頼は、たとえシルバーランクの冒険者でもソロでは受ける事ができない。


 そんなサラマンダーで一番脅威となるのが、その身に纏う炎だ。


 それこそ通常の剣で挑もうものなら、斬りかかるだけで重症を負う事になるだろう。

 フィアがそこまでいかずに済んだのは、扱う武器が間合いの広い槍だったことと、ひとえに彼女の修練のたまものだ。


 だが、そんな強力な魔物をオレは今一方的に追い詰めていた。

 サラマンダーにかけた身体能力向上フィジカルブーストの倍率は、既にもう11倍を超えている。


 サラマンダーがそこまで素早く動く魔物ではないことと、オレ自身が奥の手の全能力向上フルブースト1.8倍を使っていることも大きいだろう。


 ただ……それでも油断はできない。

 戦っているのはオレ一人だ。

 オレが負けてしまえばそこで終わりなのだから。


 しかも攻撃力に振り切っているような魔物が相手。

 少しの油断で、形勢など簡単に逆転されてしまうだろう。


「なに!? 魔物のくせに小賢しい真似を!」


 頬を拭うと、手にねっとりとした赤い血がついていた。

 深くはないと思うが、警戒しているそばから、予想外の攻撃を喰らってしまった。


 なにをしたかはわかっている。

 サラマンダーは、驚くべきことに岩を思い切り踏み砕き、破壊した石を飛ばして攻撃してきたのだ。


 だけど、サラマンダーが反撃できたのはそこまでだった。


「これで倒れろ!! 重ね掛け! 身体能力向上フィジカルブースト1.5倍!」 


「重ね掛け! 身体能力向上フィジカルブースト1.5倍!」 


「重ね掛け! 身体能力向上フィジカルブースト1.5倍!」 


 その倍率が40倍近くになったとき、サラマンダーは一瞬大きく炎を纏ったあと、そのまま静かに倒れて動かなくなった。


 油断してはいけないと暫く様子を伺ってみたが、一向に動く気配はない。


 ……やったのか?


 最初に戦った手応えから勝てるだろうとは思っていたが、ここまで一方的な内容で勝てるとは思っておらず、動かなくなったサラマンダーの姿をしばらく眺めていた。


 しかしその間にも、全身に纏っていた炎が消え、その眼に光が灯っていないことを確かめると、そこでようやく勝利を確信できた。


「本当に勝った、のか……Bランクの魔物にひとりで挑んで……」


 安心して気が抜けたのか、呟いたあと、その場に座り込んでしまう。


「はははは……ギルドマスターに言われて、補助魔法使いとしての自分の可能性を信じて磨いてきて良かった……」


 独房から釈放されたあと、冒険者ギルドでギルドマスターのドモンの言葉を聞き、依頼をこなしながら修練を重ねつつ、補助魔法使いの可能性を探り続けた。


 その成果が、今現実のものとなって目の前で横たわっている。

 この喜びを仲間と共有したかった。


「そうだ!? フィアは⁉」


 ロロアの治療を受ければ命に別状はないだろうとは思うが、それでもかなり重度の火傷を負っていたはずだ。


 オレは急にみんなのことが心配になって慌てて振り返ると、大声でみんなに、パーティーの仲間に、妹に向かって、その名を呼んだ。


「フィア!! ロロア!! メリア!! みんな無事か!?」



 しかし、返ってきたのは……どこか聞き覚えのある男の声と、乾いた拍手の音だった。



「いやぁ~、参ったよ。フォーレストくん。本当に恐れ入ったよ」


 そこにいたのは……。


「お、オックスさん……ど、どうしてこんなところに……」


 理解が追い付かない……。

 いや、状況をみれば間違いないのはわかっている。


 だけど……心がそれを否定していた。


「どうして? この後に及んで、まだそんな事もわからないのかい?」


 わかっている……フィアもロロアもメリアも口をふさがれ、三人ともオックスさんの部下と思われる衛兵たちに拘束されているのだから……。


「あなたがサラマンダーを操っていたんですね……」


 この状況から見てオックスさんが、いや、オックスが黒幕なのは明らかだ。

 でも…依頼を出した理由がわからない。なぜそのようなことを?


 もしかして、衛兵の一部隊が全滅したってのも嘘なのか?


 そうなるとダンジョンが発見されて……というのは?


 どうしてオレに依頼を受けるように促したんだ?


「はははは! その顔はどうしてこんなことをって考えているのかな? 戦闘においてはとんでもない急成長をして化けたみたいだが、こういう搦め手にはからっきしのようだな!」


「ど、どこまでが本当なんですか……? 依頼は嘘だったんですか?」


 なにがなんだかわけがわからず、思わず疑問が口をついてでた。


「これは驚いた! フォーレストくん、君は本当に純粋なんだな! いいだろう。どうせ始末するんだし教えてやろう。サラマンダーを操っていたのはもちろんオレだ。でも、ダンジョンが見つかったのも、君が受けた依頼も、衛兵の一部隊が全滅したのも全部嘘じゃないぞ? ただ……衛兵一部隊あいつらをダンジョンに誘い込んで罠に嵌めて全滅させたのは私だ! サラマンダーを使ってね!」


「ど、どうしてそんなことを……オレにだってあんな親切にしてくれたあなたが……」


 オレはオックスのことをいい人だと思っていた……。

 こんな酷い奴だなんて、まったく気づかなかった。


 一度、酷い裏切りにあっているというのに、どうしてオレはこんなに馬鹿なんだ……。


「どうして……? そんなの簡単さ……フォーレストくん、君を……お前を恨んでいたからさ!!」


「う、恨んでいた……?」


 オレは独房に入れられている時に、一方的に世話になっただけだ。

 そんな相手がどうしてオレを恨んでいる……?


「はっ! どうせお前みたいな奴はここまで言ってもわからないんだろうな! 『薔薇の棘』さ!」


「え……ローリエ……」


「そうだ! ローリエだけじゃねぇ! バクスやチャモも俺の可愛い弟分だったんだよ!」


 そ、そこからなのか……。

 終わったと思っていたあの一件がまだ続いていたというのか!?


「せっかくあいつらを使って荒稼ぎして、おもしろおかしく暮らしてきたのに、お前のせいで台無しになったんだよ!」


 な、なんだと……すると、一番の黒幕はオックスだったと言うのか……。


 そうか。そういうことか……。

 長年に渡ってローリエたち『薔薇の棘』が捕まらなかったわけだ。


 だって、それを取り締まる側のオックスが黒幕だったのだから……。

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