【第28話:馬車の中の緊張】
依頼を受けたその日のうちに旅の準備を済ませると、オレの故郷の村『デルナーク』へと向けて旅立った。
普段から依頼である程度の遠出はしていたので、準備はすぐに済ませる事が出来たのが幸いだった。
今回の正式な依頼の内容は、サラマンダーの討伐ではなく、新しく出来たダンジョンの調査とダンジョンから溢れ出してきた魔物の掃討という事になっている。
ただ、ダンジョンの調査と言っても中に入って探索するのではなく、周辺状況の確認といった内容で、しかも今回は衛兵が全滅したということもあって、実際にはサラマンダーの討伐さえ達成すれば、依頼達成とみなすという事になっていた。
これは衛兵隊長の一人であるオックスさんの口添えで、条件を穏和して貰った形だ。
本当にオックスさんには頭が上がらないな。
「フォーレストさん、馬車を出して貰えて良かったですね」
デルナークの村までは王都から乗合馬車が出ているのだが、一日に数えるほどしか出ておらず、今日の便に乗車するのは難しかったはずだ。
それを見越したオックスさんが、せめてこれぐらいは援助させてくれと言って、自分の隊が所持している馬車を貸してくれたのだ。
「オックスさんには後でお礼にいかないとだな」
「そうね。私、なんとなくあの人好きじゃなかったんだけど、馬車については感謝しないとね」
「え? どうしてだ?」
「ん~、だって、自分の隊が出せないのはわかるけど、だからって衛兵の一部隊が失敗したような危険な依頼を、フォーレストなら絶対に受けるってわかってて故郷の村の話とかしたわけでしょ?」
まぁ確かに、オレが絶対に断らないのはわかってて言った節があるが、もしあの場で断って後で知る事になっていれば、きっと一生後悔する事になっていたはずだ。
そう考えれば、感謝こそすれ、責める理由にはならない。
その辺りをフィアに話すと「わかってはいるんだけどね」と言って、しぶしぶ納得したようだった。
「それにしてもフォーレストさんって、馬車の操縦上手いですね」
今回、さすがに御者までは用意して貰っていないので、馬車はオレが運転している。
「将来冒険者になったら必要だろうと思ってな。村にいた頃に、馬の扱いと馬車の操縦の仕方を、近所に住む行商を行っているおじさんに教えてもらったんだ」
「へぇ~。それで運転できるのね。私は馬には乗れるけど、馬車は運転したことがないわ」
「わ、私は馬にも乗れない、です……」
ロロアは馬に乗れないのが恥ずかしいのか、ちょっと下を向いて頬をほんのりと赤らめていた。
「ははは。そのうちパーティー用の馬車でも買おうか? そうすればロロアが馬に乗れなくても問題ないだろ?」
「駄目よ。そんな簡単に言って……。フォーレストはもう少しお金を大切に扱いなさい」
うっ……確かに最近大金が入って少し懐がゆるくなっているかもしれないな。
馬車なんてそんな簡単に買える物じゃないのに、ちょっと意識して金銭感覚を元に戻さないと不味そうだ……。
「そ、そうだな。もっとよく考えるようにするよ……」
「わかればよろしい! それより、今日泊まる街にそろそろ着くはずよ」
オレの村までは馬車なら一日なのだが、さすがに出発が遅かったので、今日は途中の街に泊まり、明日の朝、日が昇る前に出発する予定だった。
「お。本当だ。見えてきたな」
その後オレたちは、問題なく街に到着し、宿でぐっすりと眠ったのだった。
全ては明日の戦いにかかっている……。
◆
翌早朝、宿で簡単な食事をとると、すぐに馬車に乗って街を出た。
ここからだと恐らく昼前には村に着くので、そこで状況を確認し、場合によってはそのまま討伐に向かうつもりだ。
「フォーレストの村ってどんなところなのか楽しみね~」
「オレの村は、たぶん小さな街って感じだから、そこまで珍しいものではないぞ?」
村の中には、国にほとんど頼らず、自給自足に近い形で生活して独自の文化を持つところもあると聞くが、うちの村は規模が結構大きいので、街とほとんど変わらないのではないかと思っている。
国から衛兵も派遣されてきているし、冒険者ギルドの出張所もあり、何名かの冒険者も生活している。
その辺りは既に説明していたと思うのだが。
「もう、そういう意味じゃないわよ。フォーレストが育った場所なんだから、普通に興味わくじゃない」
「フォーレストさんって、妹さんがいるんですよね? 会ってみたいなぁ♪」
「そういうものか?」
まぁたしかに、二人の両親や兄にも出来る事ならご挨拶とかしておきたかったな。
二人の両親は幼い頃に亡くなっていると聞いている。
三人兄妹だとも聞いているので、フィアとロロアの姉妹を除いて、皆亡くなっているということだ。
時間があるようなら、父さんと母さんにも紹介しておくか……。
「そういうものよ!」
「ちゃんと紹介してくださいね!」
「なんかあらたまって紹介とか言われると、ちょっと恥ずかしくなってくるな……」
オレがそう呟くと、フィアとロロアが一瞬目を見開き、急にそっぽを向いた。
「なっ!? ば、ばかっ! フォーレストが馬鹿な事言うから、変に意識しちゃったじゃない!?」
「ぁぅぅ……」
「えっ!? あっ、いや、オレも別にそういうつもりで言ったんじゃ!?」
もう廃れてきている風習だが、この世界では、付き合い始める前に相手を家に招いて紹介するという風習がある。
オレもそうだが、恐らく二人ともそれを思い出したのだろう……。
ただ、こんな会話を続けているのも、これからの戦いに皆緊張しているからだ。
オレたちは表面上は普段通りの会話を続けながらも、刻一刻と近づくサラマンダーとの戦いを思い、緊張を高めていったのだった。
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