【第4話:本性】

 なんだ? どういうことだ……?


「ど、どうしたんだ? 怪我は? 足の怪我はどうしたんだ?」


 なぜ? なぜ、こんなに胸がざわついているんだ?


「あ、足を怪我して、迷宮の帰りなんて、バクスに背負われて街まで戻って来てたよな?」


 どうしてローリエは、表情の抜け落ちた顔でオレを見つめて何も言わないんだ?


「おい? ローリエ?」


「……ふぅ~……ミスったなぁ~」


 なんだ? その表情は? そんな顔、見たこと無い、ぞ……。


「……嘘……だったのか? 最初から怪我などしていないのか?」


 聞きたくない……聞きたくないけど、聞かなければいけない……。


「ろ、ローリエ? もしかして……バクスと……バクスたちと、グル、なのか……?」


 足が、震えていた。

 手が、震えていた。


 そして……心が、震えていた。


 聞きたくない……聞きたく、なかった……。


「あ~ぁ、バレちゃった~。私はずっと、ず~っと、フォーの仲の良い幼馴染のままで別れたかったのになぁ♪」


 頭が真っ白になっていく。

 全能力向上フルブーストの効果で、力が漲っているはずなのに、力が抜けていくようだ。


「でもまぁ、嫌われても別にいっか~♪ どうせ私は、フォーの事ず~っと嫌いだったしね~」


 思考が定まらず、理解が追い付かない。

 ちゃんと聞かなければ、ちゃんと確認しなければ。


 そして、数秒の沈黙のあと、どうにか絞り出した言葉は……。


「ど、どうして……」


 その一言だけだった。


「フォーの事はそこまで嫌いじゃないんだけどさぁ。私、あなたの妹の事が大っ嫌いだったのよ~。だからさぁ、私もあんな辛気臭い村を出たかったし、復讐がてらフォーの事も誘惑して、冒険者に憧れるように仕向けて、あの子と引き離してやったの」


 え? 冒険者に憧れるように仕向けた? 妹のことが嫌い?


「い、妹が……メリアが、嫌い?」


「そう。大っ嫌いだったわ。だって、あの子だけよ? 私が村でずっと猫かぶってたことに気付いていたの。しかも、事あるごとに『お兄ちゃんに近づかないで』ってこっそり言ってくるのよ? 頭に来るじゃない?」


 たまに二人でいるところを見たことがあったが、ずっと仲が良いのだと思っていた。

 もしかして妹は、オレを守ろうとしてくれていたのか?


 それなのにオレは、妹が引きとめるのも無視して村を飛び出して……。


「だから、あなたが冒険者を目指すとか言い出した時は、もう笑いが止まらなかったわ。ふふふっ♪ ふふふふふふ、あはははははは! だめ、やっぱり笑いが止まらないじゃない! あはははは」


 やめてくれ……。

 オレの知っているその顔で、オレの知らない表情で見下し、顔を歪ませて笑い転げる、そんな醜い姿をもうこれ以上見せないでくれ……。


「でもさぁ……雑用にちょうど良いかと思って、せっ~かく同じパーティーに入れてあげたのに、あなたの補助魔法、全然使えないんだもの。私、あまりの使えなさに驚いちゃったわ」


「……パーティーに入れてあげた?」


「そうよ。黙ってたけど、バクスは従兄だし、チャモも子供の頃から知ってる友達だもの」


 ここまで話を聞いて、ようやく理解が追い付いてきた。


 従兄……そうか。本当に、本当にオレ一人が騙されていたんだな……。

 そう言えば、子供の頃から年に数度、ローリエは両親の仕事についてこの街に来ていたな。


 ん? そうだとすると、分け前を貰ってなかったのもオレだけで、普通に三人で分けていたんだろうか?


 ……もうそんな事はどうでも良いか……。


「だけどさぁ、これであなたもスッキリしたでしょ~? 最後にネタばらししてあげたんだから感謝しなさいよね~」


 もう、怒る気力も完全に切れてしまっていた。


 本当に礼でも言ってやろうかな?

 何が冒険者の高みを目指す! だ? もう、全部馬鹿々々しい。


 ……故郷の村に帰ろう。もう、ここには居たくない。


 だって、それ以外の選択肢などもう存在しないじゃないか。


「あぁ……ある意味、スッキリしたよ。ありがとうな」


 オレはそう告げると、ローリエに背を向け、診療所を出ようとしたのだが……。


「なに、帰ろうとしてるのよ? まさかこのまま帰れるとでも思った?」


 なっ!? 突然背中に衝撃が走り、思わず息がつまってしまう。


「かはっ!? な、なんだ!?」


 慌てて振り返ったそこにいたのは、今一番会いたくない二人だった。


「フォーレスト! けっさくだったぜ~? ぎゃはははは!」


「ぷくくく。もう、ローリエやめてくださいよ。隠れてるのに笑い堪えるのに必死でしたよ~」


「バクス、チャモ……お前ら……」


 思わずまた殴り掛かりたい衝動に駆られたが、まだ全能力向上フルブーストの効果が切れていないとはいえ、二人相手では分が悪い。


 それに、もし二人を倒せたとしても、ローリエが回復魔法でサポートしてくるだろうし、そうなると完全に勝ち目がない……。


「あぁん? なんだぁ? フォーレスト? 言いたい事は言わないと身体に悪いぞぉ?」


「も、もう、わかったから……故郷の村に帰るから、だから……放っておいてくれ……」


 悔しい……臍を噛み、口の中に広がる不味い鉄の味が、何だかオレの今の気持ちを表しているようだ。


 でもローリエたちは、絶望するオレを嘲笑うように恐ろしい言葉を口にした。


「え? 何言ってるの? 放っておくわけないじゃない? 村に帰って私の悪評流されたら困るでしょ~?」


 なんだ……これが本当にローリエなのか?


 いや、違うな……現実逃避はもうよそう。ちゃんと現実を見よう。


「一生パーティーの雑用係としてこき使ってあげるわ」


 これが本当の、ローリエなんだ……。

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