【第3話:足の怪我】

 頬をから伝わってくる冷たい感触から逃げるように、オレは手を突き出した。


「いっ!? ててててて……」


 後頭部がズキズキと痛む。

 いや、後頭部だけではない。全身のいたるところが痛み、悲鳴をあげていた。


「いったいなにが……はっ!? そうだ!! オレはあれからいったい!?」


 そこでようやく記憶が戻ってきた。


「オレはバクスとチャモの二人から、ぼこぼこに……」


 冒険者ギルド併設の酒場で喧嘩などしても、いつもの事だと誰も止めてくれたりしない。


 そしてオレは後衛で奴らは前衛。しかも二人。

 最初から勝負になどなるわけがなかったというのに、オレは無謀にも殴り掛かり、見事に返り討ちにあって、ぼこぼこにされたというわけだ。


 自分の事ながら、本当に情けない。


「いててて……。反省はあとでするとして、そもそもここはどこなんだ?」


 街の中なのはわかるが……。

 喧嘩をしたのが、冒険者ギルドの酒場だったのだから、そう遠くまでは来ていないとは思うのだけど……と、そこでオレははたと気付いた。


「なっ!? あいつらオレの剣を⁉」


 しかし、無くなっていたのは剣だけではなかった。


 盾も、お金も、故郷の村を出る時に妹から貰った大事なアクセサリーまで、金目の物が全て奪われていた。


「くそっ! ここまで酷い奴らだとは思わなかった……」


 あらためて悔しさが込み上げてくるが、同時に自分の無力さに嫌気がさす。


 どうして、オレの魔法適性は補助魔法だったのだろうか。

 どうして、オレの身体はこんなに小柄で非力なのだろうか。


 どうして……どうしてオレは、あんなクズみたいな奴らの誘いにのってしまったのだろうか……。


 後ろ向きな思考が止まらない。

 ローリエの話を聞くうちに冒険者になるのを夢見るようになったが、そもそもオレみたいな奴が目指すべきものじゃなかったのでは……と、そこまで考えてようやくオレは、そのローリエの身が危険なのではないかという事に気付いた。


「そ、そうだ!? こんなところで凹んでいる場合じゃない!! ローリエのところに行かないと!!」


 全身いたるところが痛むが、不幸中の幸いにも、骨には異常はなさそうだ。

 これなら、バフをかければどうとでもなる!


全能力向上フルブースト! 1.5倍!』


 たかが1.5倍……でも、されど1.5倍だ!


 こと対人戦においては、この能力向上はかなり大きい。

 オレの使える中で、一番強力な全能力を向上させるバフ『全能力向上フルブースト』を、限界値の1.5倍で自分自身に付与する。


 このバフは、身体能力だけでなく、魔力や自身の自然治癒能力なども全て向上してくれるので、これぐらいの怪我ならすぐさま動けるようになるはずだ。


 オレの切り札であり、唯一、回復魔法なしで長時間効果を継続する事ができるバフだ。


 しかし切れた時の反動は、普段使っている『身体能力向上フィジカルブースト』の比ではない。

 ここから先はローリエを連れて逃げる事になるだろうし、その間バフを絶対に切らさないように注意しなければ……。


 だがその前に、診療所に向かうにしても、まずは現在地を把握しなければいけない。

 この街に来てもうすぐ半年になるが、田舎の村出身なオレは、路地は迷いそうでほとんど通ったことがなかった。


「とりあえず、大通りに出るか……」


 ローリエが入院している診療所は、街の中心部にある。

 大通りを目指し、見通しの良い場所にさえ出られれば、だいたいの場所はわかるはずだ。


「ふっ!!」


 オレは、短く強く息を吐きだして気合いを入れると、あがった身体能力を活かし、全力で駆けだしたのだった。


 ◆


 路地を抜け、場所を把握すると、大通りを全力で駆け抜け、あっという間に診療所のある場所まで辿り着いた。


「見えた! あそこだ!」


 でも、ここからが勝負だ……。

 バクスたちあいつらが待ち構えているかもしれない。


 たとえ今いなかったとしても、あいつらのいるこの王都では、これからまともに冒険者として活動するのは難しいだろう。


 ローリエは元々冒険者になるつもりなんてなかったはずなんだ。

 オレが冒険者に憧れて……きっと、オレを心配してついて来てくれただけなんだ。


 だからローリエが、この街であいつらにいいように使われるのだけは、絶対に阻止しなければいけない。


 もう故郷の村に帰ろう……。

 一応、村にも冒険者ギルドの出張所はある。


 たしか診療所の料金は、冒険者ならギルド経由で返済ができるはずだ。

 冒険者として高見は目指せなくなるかもしれないが、ローリエと二人でのんびりと暮らそう。


「夜分にすみません! 入院しているローリエに用事があるので失礼します!」


 まだ開いているようで良かった!

 診療所にはまだ灯りがついており、扉も施錠されていなかった。


 オレは勢いよく扉を開けて中に飛び込むと、そのままローリエの部屋へと向かおうとして……その足を止めた。


 なぜならそこには……。


「ろ、ローリエ……足は……足の怪我はもう良いのか?」


 目的の少女が驚いた様子でこちらを見て、立っていた・・・・・からだ。


 どういうことだ?

 ローリエは足を怪我していたはずだ。


 だからオレは、背負ってでもローリエを連れだすつもりだったのだが……なぜ自分の足で普通に立っているんだ?


 なぜか血の気が引いていくような感覚に襲われたオレは、ただ呆然と立ち尽くしてしまっていたのだった。

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