第2話 だからって暗殺はだめでしょ

「何やってるの。まだ朝ご飯も食べてないじゃない。あんたって本当にもう!」


 佐和山城の石田三成の居室の前まで来ると、中から女の子の声がしている。これはお取込み中なのかもしれない。

 でも、あたしにとっては好都合だ。

「吉継さま。ここはひとまず帰った方がいいのでは……」

「気にするな。いつもの事だ」

 そうなのか。


「入るぞ、三成」

 大谷吉継は障子を開けた。

 うわ、部屋にはよく分からない機械がいっぱい並んでいる。中でも目を引くのが、鎧を着た白いからくり人形だ。所々、赤や青に塗られたそれはまるで……。

 あたしは慌てて、から目をそらした。


「また説教されているのか」

 奥にはちょっと暗そうで神経質そうな男が正座している。その前に仁王立ちしていた女の子はこちらを見ると、軽く会釈して部屋を出て行く。

「吉継さま。三成にちゃんと朝ご飯を食べるように言って下さいね」

「ああ分かったよ。わたしからもよく言っておこう」


 吉継はその後ろ姿を見送る。彼女のあとを丸々と太ったネコがついていった。すごい、ノブナガよりもおデブ猫だ。後ろから見るとほぼ球体だぞ。

「にゃう?」

 その猫は振り向くと、大きな耳をぱたぱたさせ一声鳴いた。


「ハルにも困ったものだよ」

 石田三成は頭を掻いている。

「え、ハロ?」

 すぐ吉継さんに睨まれた。

「ハル、だ。ハルさんは、この三成の幼なじみなのさ」

 ああ、女の子の事か。てっきりあの、まん丸いネコかと思った。


「ところで何の用だい、吉継」

 三成さんはあたしたちに座をすすめる。

「決まっているだろう。例の作戦についてだ。もはや猶予はならん、内府(内大臣 徳川家康)を亡き者にするぞ」

 ちょっと。そんな話をあたしの前でしないで欲しいんだけど。


「そうは言うけども吉継。内府は決して悪い人じゃないと思うんだ。きっといつか人間同士、心を通じ合わせることが出来るよ」

「なにを生温い事を言っている。そんな事は人がこの地上に棲む限り不可能だ。特に奴は江戸という土地に縛られているのだよ」

「でも人は変わる事ができるんだ。ね、そうだろう、ララァ」


 は、あたし?

「わたし、ララァじゃなくて蘭丸ですけど」

 いや正確には蘭丸でもないが。


「ふっ、相変わらずお前はあだ名をつけるのが好きだな」

 吉継さん、クールに笑ってるけど。

「いろいろと問題がありそうなので、蘭丸でお願いします」

「わかったよ。もう、ララァとは呼ばない」


 これで一安心だ。とはいえもっと深刻な状況がこの場で展開している。そもそも、なんであたしは徳川家康の暗殺計画に関与させられているのだろう。


「もしかして、あたしってそんな重要人物なんですか」

 三成と吉継はそろって不思議そうにわたしの顔を見た。


「――いいや」

 異口同音に答える。それはそれで腹が立つが、やはりあたしは吉継さんにとって単なる従僕以上ではないらしい。

「わたしもこんな身体だからな。昔は今の三倍は早く行動できていたのだが」

「は、はあ」


 ☆


「では蘭丸のために簡単に説明してあげるよ」

 三成さんは事の経緯を話してくれた。意外と親切な人だ。


 それによると、太閤豊臣秀吉の亡きあと権力を委ねられた徳川家康だったが、ここに来て専横が目立ち始めた。主君であるはずの豊臣秀頼をないがしろにする態度が見え、その母である淀殿にも色目を使っているとか。


「へえ、お元気なんですね」

 他に言いようがない。

「元気にも程がある。だから早く奴を除こうと言っているのだ」

 吉継は三成に迫っている。

 ちなみに三成は大老職筆頭である家康の下で実務を取り仕切る奉行なのだ。


「だけど暗殺なんかしたら、ぼくの評判が落ちてしまうじゃないか。やるなら正々堂々戦いたいんだけど」

「愚かだな。お前に荒事は向かんぞ三成。いい加減その事に気付くのだ」


「そうですよね。関ヶ原でもあんなに大軍を集めたのに……」

 思わず、ぽつりと言ってしまった。

「何だって、蘭丸ララァ。いま何て?」

「え、関ヶ原って言いましたが」

 三成の顔が明るくなった。逆にあたしはイヤな予感が背中を走る。


「そうか、関ヶ原か。古来、幾度も天下分け目の合戦が行われて来た土地だな。吉継、決めたぞ。ぼくは関ヶ原で家康と決戦する!」


 ☆


「なんて事を言ってくれた」

 城を出ると吉継さんはため息をついた。

「すみません、つい」

「三成のやつは、軍を率いて勝ったことがないのだ。これで我らの運命も極まったと言わざるをえまい」


 最悪だ。あたしは生き延びる事が出来るのだろうか。



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