「うちのネコ」外伝 ~ 蘭丸、関ヶ原に立つ

杉浦ヒナタ

第1話 ばっどえんど、見えてますけど

「起きろ蘭丸、登城するぞ」

 はあん? あたしは枕元の大声で目を覚ました。


 まったく、ノブナガにも困ったものだ。ノブナガというのはうちの飼いネコで、いつからか中の人が戦国時代の織田信長と繋がっている。

 近所の樋本ひのもと商店街のネコをすべて制圧すると、向こうの世界での天下布武が成るらしく、こうやっていつも朝早くからあたしを連れ出しては、ネコ同士の戦いに明け暮れているのだ。


 因みにあたしの事は小姓の森蘭丸だと思い込んでいるから、迷惑きわまりない。あたしは別に森蘭丸ではなく、ただの女子大生である。


「もう、うるさいよノブナガ。……って、あなた誰っ」

 ノブナガじゃなかった。

 あたしの目の前には真っ赤な陣羽織の男が立っていた。おまけに顔の上半分は包帯を巻いている。怪しい事この上ない。

「しゃああああっ!」

 遅まきながら、あたしは悲鳴をあげた。


「やかましい。なんという掠れ声だ」

 その戦国武将みたいな男に怒られた。仕方ないだろ、夕べ懐かしいアニメを見て号泣したばかりなのだ。やはり人は一人では生きられないのだ。いや、今はそれどころじゃないけど。

 あれ。何だろう、つい最近もこんな事があったような気がするな。


「えーと、失礼ですけど。どちら様でしたっけ」

「貴様。主君の名を忘れるとは、いい根性をしているな」

 それはよく言われますが。


「わしは大谷おおたに吉継よしつぐだ」

 あたしは凍り付いた。なんと、大谷吉継って云ったら。

「誰でしたっけ。てへ」

「ほう。では見せてもらおうか、貴様の記憶力というやつを」


 ……大谷さんに散々、折檻されてやっと思い出した。


 大谷吉継。

 豊臣秀吉の優秀な部下で将来を嘱望されていたけれど、不治の病気で……。あたしは上半分だけ包帯に包まれた顔を見上げた。

 その視線に気付いたのだろう、大谷吉継は寂しげに笑った。

「認めたくないものだな。若さゆえの過ちというやつを」

 この人の若い頃に何があったのだろう。いや、まだ若そうだけど。


「で、どこに行くんですか吉継さま」

 気付けば、ここはあたしの部屋ではなかった。時代劇に出て来そうな長屋、簡単に言えば安普請の板敷の部屋だ。間違ってもフローリングなどというお洒落な代物ではない。そこに薄い布団を敷いて、あたしは寝ていたらしい。

 こんな所に女子を寝かすなよ、と思ったが、もう朝なので仕方ない。


「決まっているだろう、石田三成の佐和山さわやま城さ」

 おおっ、石田三成。その人は知ってる。

「貴様。主君の名は知らぬくせに治部少輔の事は知っているのか」

「ぢぶ醤油?」

 吉継さんの顔が固まった。


「まあいい。一緒に来い」

 諦めたように吉継さんは長屋を出る。小袖、というのだろうか。あたしは地味な色合いの着物を身に着けていた。

 これでいいのかな。でも見たところ着替えも無さそうだし、このまま吉継さんの後をついて行くことにした。


 でも困ったぞ。石田三成って、関ヶ原でした人だよね。で、大谷吉継も、やっぱり、あれだし。……あたし、こんな人について行っていいんだろうか。

 このまま逃げようかな。

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