第35話 向かいます

 コウは菓子折りをこっちへ渡すと、脱力しながら深いため息を吐いた。


「まったく、本当にうちの子は、周りになにも言わないで、突っ走るんだから。今日だってボクたちに遠い場所の警備をさせて……、カイが暗示魔法を破らなかったらどうなってたことか……」


「えーと、暗示魔法?」


 なんか、また物騒な単語が出てきたけど、一体なにがあったんだろう……?


「はいっ! カイ、光の聖女様がお人気に、シークレットボイスを録音してるところ、聞いちゃったんです!」


「ああ、それで口封じのために……、っうわぁ!?」


 いつの間にか、背後にカイが立っていた。


「はわわわわ! 驚かしちゃってゴメンなさい!」


「あ、いや、気にしないで。それよりも、シークレットボイスを聞いたんだね?」


「はい!」


「それなら……、これからミカのところに行くのに、協力してくれる?」


「もちろんです! まずはまだちょっと残ってる、麻痺を治しますね!」


 そう言うと、カイはこっちに手を向けてムニャムニャと呪文を唱え出し、体からダルさが消えていった。


「闇の元帥さん、お加減はいかがですか?」


「これで、なにがあっても、全力で対処できそうだよ。ありがとう、カイ」


「えへへー! お役に立てて、嬉しいです!」


 そう言いながら、カイはぴょこんと飛び跳ねた。

 こういう仕草で、数多の女性の庇護欲とかをくすぐってきたんだろう。本当に、ナイスなボート的なことが、起きないか心配だな……。


「さあ、元帥さん! 体が治ったならそろそろ出発だよ!」


「あ、うん。そうだね」


 ……今は余計な心配をしてる場合じゃないか。

 早くミカのところに、行かなきゃね。


「じゃあ、さっそく私も天井裏に……」


「ふっふっふ、闇の元帥さん、ちょっと待った」


 不意に、コウが言葉をさえぎるように不敵な笑みを浮かべた。


「ちょっと待ったって言われても、すぐにミカエラのところに行かないといけないし……」


「でも、天井裏のルートを使うと、せっかくのお洋服がほこりまみれになっちゃうでしょ。だから……、そろそろだよね? カイ」


「はい、もうすぐですよ! ほら、元帥さんも扉に耳を向けてください!」


「え……、扉に?」


 カイにうながされるまま、扉に耳を向けると――


  カチャカチャ……

  カチャッ


「ようっし! これで、これであとは、扉に思いっきりぶつかるだけだぜ!」


「さすが、ザクロ先輩っす! 魔法で扉が閉じられたときに使える仕掛けを作っておくなんて!」


「ははははは! まあ、万が一のための仕掛けを作っとくのも、職人の役目だからな!」


 ――金属音とともに、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

 えーと、これは……、もしかしなくても、ザクロとルリだね。


「おう! 闇の嬢ちゃん、そこにいるか!?」


「う、うん」


「それじゃあ元帥さん、今から蹴破るんで、ちょっと扉から離れててほしいっす!」


「分かった……」


 言われるまま、後ずさった。多分、このくらい離れれば、扉が倒れてきても安全かな。


「二人とも、離れたよ」


「おう! 分かったぜ、闇の嬢ちゃん! ルリ、いくぞ!」


「了解っす! ザクロ先輩!」


「せーの」

「せーの」


 そんな息の合ったかけ声とともに――


「ふんっ!!」

「とりゃぁぁぁぁ!」


  ドォン


 ――分厚い扉が蹴破られて、ザクロとルリが顔を出した。

 

 ただ、蹴破られたとはいっても、私たちのレリーフは手を合わせたままだ。

 我ながら、執念みたいなものを感じる……、いや、今はそんなことに気を取られてる場合じゃないか。


「さ、闇の嬢ちゃん! 大広間まで向かうぞ!」


「調印式の開始まで、もうそんなに時間がないっすからね!」


「そう、だね……」


 ただ、ミカの話だと、ダイヤは私以外の闇の勢力を全滅させる気でいるみたいだから……、広間に向かう途中になにか妨害してくるって考えてた方がよさそうだよね。それでも……。


「ふふふ、『闇のお嬢さん。光のお嬢さんのもとにたどり着くまでは、体力や魔力を極力使いたくないから、妨害には遭いたくない』と、言う顔をしているね? でも、大丈夫だよ」


「やけに具体的で的確な心情の説明と、根拠のない励ましをありが……、うわぁっ!?」


 振り向くと、いつの間にかほこりにまみれたスイが立っていた。


「もう、スイ! 早く来なさいって言ったのに、どこほっつき歩いてたの!?」


「ご、ゴメンよ、母さん……。でも、これにはわけが……」


「もう! あんたはまた言い訳をして!  そんなんだから、いい人の一人もできないのよ!」


「うう……」


 へー……、勇士たちの間でも、コウはお母さんって認識なんだね……、なんて感心してる場合じゃなくて。


「あー、スイ、取り込み中だけど、ちょっといい?」


「ああ、もちろんだよ、闇のお嬢さん!」


 苦しい話題を変えたからか、ものすごくいい笑顔だ……、いや、それは置いといて話を進めなきゃ。


「さっきの、大丈夫、というのは一体?」


「ふふふ、さっきまで天井裏を這いずり回って……」


 ……天井裏を這いずり回る?

 うちの従業員たちの、プライバシーは大丈夫だろうか? まあ、業務中にイチャイチャするような人はいないと思うけれど……。


「……ダイヤ君の私兵が潜伏している場所ごとに、子守歌を歌ってきてあげたんだ」


 ……子守歌?

 ああ、そうだ。

 戦闘でスイを同行させると、歌で画面上の敵を眠らせて弾幕を止める、っていう必殺技が発動することがあったね。この状況でこれは、かなり助かる。


「スイ、ありがとう。これで、魔力を余分に消費しなくて済むよ」


「いえいえ。光と闇のお嬢さんたちが喜んでくれるなら、なによりだからね」


 そう言いながら、スイは穏やかに微笑んだ。

 

 ゴメンよスイ、従業員たちのイチャイチャする様を覗いてただなんて、あらぬ疑い――


「カイ師匠……、スイさんって絶対に、途中で面白い恋愛模様を見かけたから、覗いてて遅れたんすよね?」


「ルリ! せっかく活躍したかんじになってるんですから、真実を掘り返しちゃダメですよ!」


「ふ、二人とも酷いじゃないか! たしかに、禁断の恋っぽい場面が節穴から見えて気になったけど……、ちゃんと任務を優先したんだよ!」


 ――をかけたのは、あながち間違いじゃなかったんだね。

 まあ、助かったのは事実だから、深く追求しないおこう。


「それじゃあ、改めて……、ミカのところへ急ごう」


「そうだね、闇のお嬢さん!」

「おうよ! 闇の嬢ちゃん!」

「カイ、全力でサポートするです!」

「押忍! 自分も全力を尽くすっす!」

「がんばろうね、元帥さん! 本当に、うちの子は……、あとでちゃんとお説教をしないといけないんだから……」



 ……うん、すごく頼もしい返事だ。このメンバーなら、きっとミカを止められるはず。

 


 ミカ、すぐに行くから、どうか無事でいて。

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