第9話 語り合ってます・その一

 ギベオン父親が気を利かせてくれてしまったおかげで、光の聖女が城に一泊することになったわけけど――


「元帥さんと一夜を共にできるなんて、私幸せすぎてどうにかなってしまいそうです」


「うん。ちゃんと別々の部屋を用意するから、安心してくれ」


 ――頬を赤らめてしがみついて来る光の聖女を引き剥がしながら廊下を進むのに、ものすごく難儀している。


「えー、そんなに気を遣っていただかなくても、私は元帥さんと同室でまったくかまいませんよ」


「お前はかまわなくても、私がかまうんだ。そんなことより、ほら、ついたぞ」


 扉を開け中へ入ると、客室は埃ひとつないくらいに掃除されていた。そして、小さなテーブルの上には折り鶴と、「どうぞゆっくりお過ごしください」と書かれたメッセージカードが置かれている。

 ここは、旅館か何かかのかな……?


「まあ! とっても素敵なお部屋! 二人の愛や絆を深めるのに、ピッタリですね!」


 光の聖女は胸の辺りで指を組みながら目を輝かせ、身の危険しか感じないような言葉を口にした。


「あれ? どうしたんですか、元帥さん。そんな青ざめた顔をして」


「……念のため聞いておくが、愛や絆とやらを、どうやって深めるつもりなんだ?」


 恐る恐る尋ねてみると、光の聖女は得意げな表情を浮かべて胸を張った。


「ふっふっふ! 光の聖女は大好きな元帥さんと愛や絆を深めるためになら全年齢対象なんてぬるい世界観をぶっ壊して無理矢理にでも……」

「ストップ。それ以上、全年齢対象ではないWeb小説のタイトルみたいな台詞を続けないでくれ」


 いかがわしくなりそうな言葉を遮ると、光の聖女はニコリと微笑んだ。


「いやですね、元帥さん、冗談ですよ。私が同意もなしに元帥さんをどうこうしようとするわけ、ないじゃないですか」 


「……目が笑っていないように見えるのは、私の気のせいか?」


「気のせいですよ、気のせい! さて、冗談はともかく、せっかく二人っきりなんですから、ゆっくりお話ししましょう」


 光の聖女はそう言いながら、ご丁寧にハート型の背もたれがついた二人掛のソファーに腰掛けた。


「さあ、元帥さんもこちらへ! 大丈夫ですよ、何もしませんから」


「……本当に、何もしないだろうな?」


「本当ですってば! もう、元帥さんってば、用心深いんですから!」


 ……まあ、光の聖女も、闇の勢力の本拠地でトラブルを起こしたりはしな……、いや、既に私の部屋の扉をぶち破ったりしたか。それでも、光と闇の勢力が和平に動いている今、私に危害を加えたととられるようなことはしないだろう。多分。


「それで、ゆっくり話すと言っても、一体何を話すつもりだ?」


 少し離れて腰掛けながら尋ねると、光の聖女はニコリと笑った。


「えっと、ですねー、元帥さんが恋していた相手って子が、どんな子だったか聞きたいんです!」


 そして、なんとも答えづらい質問を口にしてくれた。


「それを聞いて、どうするつもりだ?」


「もう、元帥さんってば、無粋なこと言わないでくださいよ。好きな人がどんな人を好きになるのか知りたいっていうのは、今も昔も変わらない恋する乙女の願いごとですよ!」


「あー……、まあ、たしかに、そういうものかもしれないか……」


「そうですよ! 逆に、元帥さんは私がどうすると思ったんですか?」


「いや、正直なところ、居場所まで調べ上げて襲撃にでもいかれたらどうしようかと、不安になっていた」


「もう! そんなこと、するわけないじゃないですか! 元帥さんは、私のこと何だと思ってるんですか!?」


「驚くほどアッパーなヤンデレ、もしくは、とにかく明るいサイコパス」


「ひどい! 元帥さんってば、なんてこと言うんですか!」


「あはははは、悪かった、悪かった」


「むー。謝り方に全然心がこもってないですー」


 ……こうしてとりとめのない会話をしていると、ミカと一緒にいた時間を思い出すな。一ヶ月前までは、そんな時間がずっと続くと思っていたのに。


「……でも、元帥さんにそんな淋しそうな顔をさせる子なんて、どこかで罰が当たればいいのに、とは思いますよ」


 そんな不穏な言葉が耳に入り、我に返った。

 反論をしようかとも思ったけど、光の聖女の表情を見たらそんな気もなくなってしまった。

 だって、私のことをどうこう言えないくらいに、淋しそうな表情をしているから。


「……そう言ってくれるなよ。その子は、私の想いなんて知らなかったんだから」


「それでも、元帥さんが恋心を抱いたってことは、それなりに長い間一緒にいた子なんですよね?」


「まあ、そう、だが」


「それなら、その子だって元帥さんの気持ちに、気づいてたんじゃないですか?」


「それは……、どうなんだろうな」


「きっと、そうですよ。それなのに、元帥さんが、失恋した、って思うような行動をとるなんて、本当に罰が当たればいいんだ……」


 光の聖女は、そう言ってうつむいた。なぜか、泣き出しそうな表情を浮かべながら。


 ひょっとして、光の聖女もこの世界に来る前に、何かつらいことがあったのかな?


「……それで、元帥さんはなんで、そんなひどい子を好きになったんですか?」


 光の聖女は、目をこすってから笑顔で首をかしげた。


「ひどい子ではなかったんだが……、まあ、そうだな、出会った当初は変わった子だなと思っていた」


「ふんふん」


「それでも、少し趣味が合ってな。趣味を通じて、一緒に過ごす時間がふえてきた」


「それでそれで?」


「その子と一緒にいる時間が、凄く楽しいと思い始めた」


「それが原因で好きになったんですか?」


「いや、たしかに一緒にいて楽しいっていうのは、重要な要因だったけれど、それだけじゃない」


「じゃあ、何が原因だったんです?」


「あるとき、同い年の男子に絡まれたことがあってな、そのとき、その子が今後二度と絡まれることがなくなるような方法で助けてくれたんだ」


「……それが、大きな原因?」


「まあ、そうだったんだろうな。その子もよく男子に絡まれていたけれど、自分が絡まれているときはにこやかに受け流していたんだ。それなのに、私が絡まれたときには本気で対応してくれたことが、少し嬉しかったんだと思う」


「そうなんだ」


「うん、そうだね。他の友達は私が絡まれるときに側にいても、面倒な目に遭ったね、って言うくらいで、特に何もしなかったから。まあ、それはそれで当然だと思うんだけどね」


「ふーん。私、友達っていなかったから分からないけど、そんなもんなんだ。私なら、大事な人を不愉快にさせるような奴は、血の海に沈めて、自分の愚かさを分からせてやるのに」


「血の海に沈めるのは、ちょっとやり過ぎな気もするけど……、まあ、でも、友情を長続きさせるためには多少のドライさも必要なんじゃないかな……、ん?」


 ……あれ?

 今、なんかもの凄く素で会話をしていなかった? しかも、私だけじゃなく、光の聖女まで。



 まるで、ミカと話しているときみたいだったような……。



「……どうかなさいましたか? 元帥さん」

 


 光の聖女はいつものように、屈託のない笑顔を浮かべて首を傾げた。

 ……気のせい、だった?


「元帥さん? あ! まさか、ご気分が優れないのですか!? でしたら、私の治癒魔法で身体の隅々まで治療を……」


「結構だ! 別に体調は悪くないから、指をワキワキさせながらくっつこうとするな!」


「ちぇー、残念です」


 光の聖女はいつもの調子で、不服そうに唇を尖らせた。やっぱり、ただの気のせいだったのかな。


「ともかく、そんなかんじのきっかけで、元帥さんはその子を好きになったんですね?」


「そう、だな」


「そうですか……なら、その子にフラれたときは、どんなかんじだったんですか?」


「あー、それは、だな……」


 正直なところ、あのときのことは思い出したくもない。

 でも、ここで答えずにいたら、また光の聖女に悲しい顔をさせてしまうかもしれない。これは、どうしようかな……。



「光の聖女様! 女の子の失恋の傷口を抉るなんて、コラっだよ!」




「そうだな。たしかに、そこはちょっと叱ってほし……うわっ!?」


 不意に背後から聞こえた声に、振り返った。そこにいたのは、ピンク色のツインテールをして、丈の短いピンク色の着物を着た少女――


「あ! コウだ、やっほー!」


 ――もとい、男の娘、攻略対象キャラのコウがウインクをしながら立っていた。


「やっほー! 聖女様! 僕が提案した、作戦名『元帥さんは泣き落としに弱そうだからその方向でいってみます』の首尾はどんなかんじかな?」


「うん! あと一歩ってかんじかな!」


「やったね! それじゃあ、あとは、このままゴールまで突っ走らなきゃ!」


「うん!」


 唖然としていると、二人はハイテンションにそんな会話を始めた。

 えーと、あれだ、闇の元帥わたしが気にしなくてはいけないことは……


 何をしに来た?


 だとか


 どうやってここに来た?


 だとか


 いつからここにいた?


 だとか


 和平交渉に向かうとはいえ、闇の勢力の本拠地に、こうも簡単に光の勇士の侵入を許して良いのか?


 ……だとか、それはもう沢山ある。

 

 それでも、まずはこの質問をさせてもらおう。


「光の聖女、ちょっと良いか?」


「はい! なんでしょうか……、あ! やっぱり、私の治癒魔法で身体の隅々まで治療されたくなったんですね!?」


「違う! それよりも、その『作戦名元帥さんは泣き落としに弱そうだからその方向でいってみます』というのは、一体何なのだ?」


 問いかけると、光の聖女とコウは同時に、しまった、という表情を浮かべた。


「そ、それは、ほら、アレだよね? コウ!」


「う、うん! アレだよ、アレ!」


「そうなんです、ただのアレなんです! だから、元帥さんは微塵も気にしなくて良いんです!」


「そうそう! ただのアレだから、微塵も気にしないでね!」


 二人は、微塵も気にしないというわけにはいかないくらい、謎の代名詞満載の言葉を口にしながら、笑顔でこちらを見つめた。

 

「えーと、じゃあ、僕がここに来たわけとか、この城の警備が薄い部分とかその辺を話すから……、アレについては話さなくていいよね!?」


「そ、そうですよね! 元帥さん!」


「いいから、その辺の話とアレが何なのかについて、洗いざらい全部話せ!」


 怒鳴りつけると、コウと光の聖女はなんとも腹立たしい表情を浮かべて、はーい、と返事をした。

 どうやら、少しでも光の聖女のことを心配した私が馬鹿だったみたいだ……。

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