第8話 驚いてます

 突然、ギベオン父親に呼び出され、何かと思いながら玉座の間に向かってみれば……。


「ほら、元帥さん、ママですよー」


「頼むから、ちょっと離れてくれないか……」


 呼ばれてもいないのに、光の聖女が飛び出し、後光を放ちながら、両手を広げて、微笑みを浮かべる、というなんとも形容し難い事態に陥っている。

 昨日突き放すことができたと思ったのに……、どうしてこうなった?


「もう、元帥さんてば、遠慮なんかしないで、いっぱい甘えてくれていいんですよ? ほら、優しく抱きしめてあげますから」


「遠慮をしているわけではなく、お前の発想の恐ろしさに参っているんだよ……」


 ため息をつきながらそう伝えると、光の聖女はキョトンとした表情で首を傾げた。


「え、恐ろしい? わたしまたなにかしちゃいましたかー?」


「ひと昔前の異世界モノの主人公みたいな台詞でとぼけるな……、ターゲットに近づくために家族を取り込もうなんて、常軌を逸するにもほどがあるだろ……」


 力なく反論すると、光の聖女は腰に手を当てて得意げな表情を浮かべた。


「ふっふっふ! 光の聖女は大好きな元帥さんのためなら常識なんて大人たちが決めたちっぽけな物差しを学校の窓ガラスのようにたたき割って二人で自由な愛の世界へと盗んだ駿馬で走り出すことも厭わない覚悟なんですからね!」


「web小説のタイトルか40年前くらいのカリスマシンガーソングライターの楽曲の歌詞みたいな台詞を口走りながら、抱きついてこないでくれ……」


 本当に馬を盗んで、私をさらいにきかねない。そんな恐怖心に苛まれながら、背中に腕を回そうとする光の聖女を引き離した。

 それにしても、昨日の言葉で納得してもらえないなら、一体どうすればいいのか……。


「あのー、ちょっといいかな?」


 不意に届いたギベオンの申し訳なさそうな声で、我に返った。顔を向けると、ギベオンは声に違わず申し訳なさそうな表情を浮かべていた。


「取り乱してしまい申し訳ございません、父上。この不敬な者は、今すぐ摘まみ出しますので」


「きゃっ!? 元帥さんたらハレンチです! こんな人前で、一体私の何を摘まみ出すつもりなのですか!?」


「頼むから、少し黙っていてくれ」


 私の言葉に、光の聖女は挙手しながらのほほんとした声で、はーい、と返事をした。

 本当に、敵対勢力のトップの前で、なぜこんなに物怖じせずにいられるんだろう……。



「ああ、まあ、あまり気にするな。それよりも光の聖女よ、これで作戦はバッチリ、ではなかったのか?」


「……は? 作戦はバッチリ?」



 光の聖女に感心のような呆れのような気持ちを抱いていると、ギベオンが非常に残念そうにそんな言葉を口にした。


 状況がうまく飲み込めないけど……、光の聖女がわざとらしく視線を逸らし、白々しく口笛を吹きだしてる……。この……、腹の立つ表情をして……、いや、今は怒っている場合じゃないか。


「父上、これは一体どういうことなのですか?」


 問いかけると、ギベオンは目を泳がせながら頬を掻いた。これは、間違い無く、ろくな作戦じゃないんだろう。まあ、分かってはいたけどね……。

 呆れながら見つめ続けていると、ギベオンは深いため息を吐いた。


「だって、光の聖女が、優しくて可愛いママができれば元帥さんはきっと戦場に行かなくなりますよ、って言うから……」


 ギベオンは光の聖女の声を真似しながら、事情を教えてくれた。


「そうです! だから、これは今流行りの利害関係の一致による契約結婚みたいなものなので、本当に愛しているのは元帥さんだけですよ!」


 ギベオンに続き、光の聖女も状況を解説する。ひとまず、光の聖女の言い分だとか、どうやって知り合ったかだとかは置いておこう。

 

「私を戦場に向かわせたくない、とはどういうことですか?」


 元帥なんて階級を与えるくらいだから、ギベオンは自分の娘が軍のトップになることを望んでいたとばかり思ってたけど……。


「愛娘を戦場に送り出したい親なんて、いるわけないじゃないか……。だから、最前線に顔を出さなくていいように、元帥の地位を与えたのに、なんか最近やけに意気揚々と出撃していくし……」


 ギベオンはそう言いながら、深いため息を吐いた。そうか、闇の元帥わたしは、そんなに最前線には出ていかないものだったんだ……。


「一体、最近何があったんだ?」


「それは……」


「それは?」



 戦闘が面白いからです!



 ……なんて本音を言うわけにもいかないか。


  色々と挑戦しすぎなこのゲームだけど、戦闘パートももちろん超がつくほど挑戦的だった。ミカに聞いたところ、乙女ゲームで戦闘パートがある場合は、申し訳程度のコマンド選択式バトルか、同じく申し訳程度のシミュレーションRPGのようなものになるのが主流らしい。しかし、このゲームは違った。

 


 開発陣が何を考えたのか、戦闘パートが弾幕系縦シューティングゲームになっていた。

 ちなみに、攻略対象キャラはいわゆるオプションのような扱いだ。


 

 これが、私がこのゲームに手を出してみた、最大の理由だった。

 ストーリー部分はミカほどはまれなかったけど、シューティングゲーム部分は完成度も難易度もそこそこ高く、けっこう楽しかった。私のように本編よりも戦闘目当てで購入した層も結構いたらしい。

 そんなわけで、光の聖女一行の邪魔をするという任務を捨てて前線に立つことを選んだのは、あの戦闘パートを実際に体験したらどうなるのか、という好奇心にかられたからという理由もあった。


 そして、実際出撃してみると、予想通りかなり面白かった。


 多分、VRで3Dアクションシューティングをプレイしたら、あんな感じになるのかもしれない。しかも、全年齢対象という世界観のおかげで、ゴア表現は一切なく、攻撃を受けた相手も気絶するか非戦闘区域に強制移動させられるだけなので、良心が痛むこともない。だから、失恋の痛手を癒やすためにも、戦闘にのめり込んでいたわけなんだけど……。


「娘よ、なぜなんだ?」


「あー、えーと、ですね……」


 そんな話をすれば、私が本物の闇の元帥でないことがバレてしまう。そんなことになったら、とても厄介だ。本当に、どうしようか……。


「戦場での元帥さんは、すっごく格好良いんだろうなぁ」


 返答に悩んでいると、光の聖女が恍惚とした表情をこちらに向けてそんなことを呟いた。


「別に、そんなことはない」


「えー、でも、噂では、迫り来る弾幕を華麗にかわしながら攻撃して、ほぼノーダメで光の勢力うちの陣営を制圧してるって聞きましたよ!」


「まあ、たしかに……、ギリギリだけどノーミスでクリアすることは多いか」


 私がそう言うと、光の聖女は軽くため息を吐いた。


「すごいなぁ、私なんか範囲攻撃の魔法と回復魔法を多用してごり押しで進んでるから、そういう正統派の戦い方には憧れちゃいますよ」


「慣れるまでは、それで良いんじゃないかな? そうやって、無理矢理にでも進みながら弾幕のパターンとか安全地帯の場所とかを覚えいけば、そのうち上達していくと思うよ」


 そういえば、前にミカともこんな会話をしていた気がする。

 今頃、ミカは何をしているのかな……。


「……」


 感傷的になっていると、光の聖女が真顔でこちらを見つめていることに気がついた。ただ、視線だけはこちらに向いているけど、心ここにあらずというようにも見える。それに、どことなく淋しそうだ。


「おい、光の聖女?」


 声を掛けると、光の聖女はハッとした表情を浮かべた。それから、すぐにいつものハイテンションな笑顔に戻った。


「なんですか? 元帥さん! あ、ひょっとして、やっぱりママの抱擁が必要になったんですか!?」


「いや、別にそれは必要ない」


「ちぇー」


 申し出を断ると、光の聖女は不服そうに唇を尖らせた。その顔にさっき見えた淋しさはなくなり、またくもっていつもの光の聖女に戻っている。

 気のせい、だったのかな?


「……ともかく、パパとしてはあんまり戦場に出て欲しくないだけなんだよ」


 戸惑っていると、ギベオンのため息まじりの声が聞こえた。顔を向けると、どことなく、どころではなく、あからさまに淋しそうなギベオンの表情が目に入った。

 とりあえず、かりそめとはいえ、自分を大切に思ってくれている家族をないがしろにするのは良くないか。


「分かりました。出撃は極力控えるように善処しようと思います」


「……そうか!」


 非常に曖昧に答えると、ギベオンは目を輝かせた。

 うん、控えるよう善処する、ように思っている、と答えたのだから、すぐに出撃を止めなくても、嘘を吐いていることにはならないはずだ。


「それじゃあ、お義父様、今回の作戦はなかったことになっちゃいますか?」


 ずるいことを考えていると、光の聖女がギベオンに向かってキョトンとした表情で首を傾げた。


「ああ、そうだな。まあ、娘の安全のためとはいえ、親子ほど年の離れた女の子を妻にするのは、申し訳ないとも思っていたしな」


 ……いや、そう思うなら、まず光の聖女が話を持ちかけたところで断ろうよ。

 そんな言葉を堪えていると、光の聖女が屈託のない笑みを浮かべた。


「気にしないでください! ママがダメなら、やっぱり当初の予定通り元帥さんと一緒になるルートを目指すだけですから!」


 そして、胸を張りながら、高らかにそんなことを宣言した。


「昨日、お前の気持ちには応えられないと伝えたはずだが?」


 脱力しながら問いかけると、光の聖女は屈託のない笑みをこちらに向けた。


「ええ、その話は聞きましたよ! でも、この私がそのくらいで諦めると思ったんですか?」


「ああ。なんなら、『光の勇士全員から溺愛されて、私は今こんなに幸せですよ、ざまぁ!』、くらい言いにきてくれた方が楽だったよ」


「やだなー元帥さん! 元帥さんを堕とすための手駒たち相手に、本気になるわけないじゃないですか!」


「本当に、お前はもうちょっと、自陣営の奴らをいたわってやれ!」


「大丈夫ですよ! ちゃんと、彼らが求める光の聖女像は、個別個別に供給してますから! さあ、そんなことよりも元帥さん、失恋の痛手なんて、私が忘れさせてあげますから……」


「息を荒くして、指をワキワキしながら近づいてくるな!」


 などとギャーギャーしていると、ギベオンがポンポンと手を叩いた。


「ほらほら、じゃれ合うのはそこまで」


 ギベオンは諭すようにそう言うと、ニコリと微笑み――


「それじゃあ、パパは仕事に戻るけど、せっかくお友達が遊びにきてくれたんだから、今日は泊まっていってもらいなさい」


 ――なんとも、空気を読まない発言をしてくれた。


「父上、コイツは別に友人ではありません……」


「そうですよ、お義父さん! 私と元帥さんは赤い糸で結ばれた運命の……」


「お前は黙っていてくれ。それに、闇の勢力の本拠地に光の勢力の切り札を宿泊させるのは、色々とまずいのではないのでしょうか?」


 光の聖女を制止しながら訪ねると、ギベオンは苦笑を浮かべた。


「ああ、その件については問題無い。光の聖女が、光の勢力のトップに話をつけてくれて、一旦停戦して和平交渉をする方向で、話がまとまってきたから」


 マジか……。


「元帥さんが危険な目に遭う可能性は、極力少ない方がいいですからね!」


 驚いていると、光の聖女は得意げな表情で胸を張った。


「と言うことで、今日は煩わしい世間のことなんて忘れて、二人っきりでゆっくり親睦を深めましょうね!」


「……分かったから、少し離れてくれ」


 腕にしがみつく光の聖女を引き剥がすと、深いため息が口からこぼれた。それと同時に、ゲームでもかなりの強硬派だった光の勢力トップをあっさりと和平に向かわせた光の聖女が恐ろしくもなった。

 一体、どんなえげつない手段を使ったんだろう……?

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