ボクの胸には夢とロマンが詰まっている。

鈴木怜

らしい。

「はああぁぁぁぁっ!! かわいいっ!!」


 そんな声がして、ボクは思わず姿見に向き合った。

 全体的にフリルのあしらわれたメイド服。上半身はすらりとしていながらも美しさを失うことはなく、腰からふわりと広がったスカートはそれだけで落ち着きとかわいらしさを併せ持っている。

 特筆すべきはその雰囲気だった。フリルによって柔らかさが足されているのに、ロングエプロンはクラシカルスタイルになっていた。派手さは控えめになっていて、メイド服は給仕するための服だということを思い出させてくれる。

 なるほど。確かにかわいい。

 ──着ているのがボクでなければ、もっとかわいくなるだろう。


「ねえ、毎度のことなんだけどさ」

「なにー?」


 ボクの気持ちなんか知らないと笑い飛ばしそうな、底抜けに明るい声が返ってきた。


「なんでボクに着せるのさ、姉ちゃん」

「愛する弟がかわいいからよ!」

「着せる服が全部レディースなのはおかしいと思うんだ!」

「かわいい子には女装をさせよ! メイド服を着せよ! その胸には夢とロマンが詰まっている!」

「全く意味が分からないよ!」


 この姉は昔から服が大好きだったらしい。いつしか服飾の世界に憧れるようになった姉は、今は専門学校に通っている。スポンジのように知識を吸収し、突っ走るように服を作っているとかなんとか言っていた。

 そして、最近はその知識を使って、メイド服を作ることにはまっているらしい。なぜメイド服にはまったのかは教えてくれない。大方、メイド服を作る課題が出たとかそんなところだろう。


「てかさ、姉ちゃん。課題はないの?」

「あるよ!」

「じゃあそっちやりなよ」


 ボクがあきれた声を出すと、姉はばつが悪そうな顔をした。


「……実はね、行き詰まってるの」

「課題が?」

「うん」


 初耳だった。燃料だけが常日頃から入ってきて手の方が追い付かないなんて言ったこともある姉がそんなことを言い出すなんて想像したこともなかった。


「大丈夫? どこか痛めた? それとも変なもの食べた?」

「……そんなに心配されること?」

「うん」


 少なくとも姉に関しては。


「姉ちゃんがそんなこと言うとか考えたこともなかった」

「うん。私もこんなことになるって思ってなかった」

「本当にどうしたのさ、姉ちゃん」

「……友達が就職先決まったって」

「……ふむ」

「それで私は本当に就職できるのかなとか思っちゃったの。まだ宙ぶらりんだしね、私の未来」


 そう言って姉は笑った。

 就職について姉から話を聞いたのは初めてのことだった。


「姉ちゃんならできるっしょ」

「そう?」

「うん。普段の姉ちゃんなら」

「まるで今の私ならダメみたいな言い方、お姉ちゃんは教えた覚えはないんだけど」

「教えてもらった覚えもないんだけど」

「…………」

「ちょ、姉ちゃん何すんのさ!」


 姉がボクの着ているメイド服に触れた。かと思えば服を剥ぎ始める。


「よいではないかよいではないか」

「まったくよくない!」

「その減らず口にはお仕置きしなきゃいけないわね」

「やーめーてー!」

「……あらいい顔」


 姉がスマホでボクの顔を撮った。相当ひどい顔をしている気がする。


「姉ちゃん、今どんな顔撮ったの」

「尊い顔。感情が剥き出しになった顔」

「……なにそれ」

「涙目になってる顔」

「消してよそんなの!」

「嫌」


 姉がいたずらっぽく笑う。どうやらその写真が心に刺さったらしい。


「ありがとね。なんかアイデアが降ってきたわ」

「……そう」


 脱がされたことに意味があったようでなにより。そんなボクの言外の主張は届かなかったようで、姉は机に座った。

 覗いてみると、すでにデザイン画をおこしている。

 姉の顔をちらっと見ると、きらきらした目と子供みたいな口で笑っていた。

 その顔は、全力で頑張る顔そのもので。

 楽しいという感情が剥き出しになったような顔で。


 なぜだかボクはその顔を尊いと思った。

 メイド服を無理やり着せてくるような姉なのに、尊いと思った。

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ボクの胸には夢とロマンが詰まっている。 鈴木怜 @Day_of_Pleasure

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