修学旅行の夜
延暦寺
二人部屋にて
「うわああああ~!!どうしよどうしよどうしよ~!!」
親友の
「ねえねえねえ、
暴れまわったせいで髪をぼさぼさにしながら、真凛が語気を荒くして聞いてきた。
「真凛、もうそれ5回目なんだけど」
「だって~、梓以外にこんなこと聞ける人いないんだもん~」
「そんなこと言ったって、私にも分からないんだけど」
冒頭へ戻る。
京都に修学旅行中の私たちが、宿泊先の部屋でなぜこんなことをループしているのか。
事の発端は、クラス一のイケメンと評される三枝くんに、真凛が呼び出されたことにある。時間は9時、場所は旅館の裏庭。今は夕食の終わった8時だから、猶予はあと一時間。
絶対告白だろう。
真凛はどう見たって可愛い。どこをどう見たって可愛い。顔良しスタイル良し性格良し。当然の如くモテるわけである。
真凛と三枝君。
それはもう方程式の解と言っていいほど、お似合いのカップルになるのは目に見えていた。だからたぶん、真凛は本当に悩んでいるわけではない。真凛は背中を押してほしいだけなのだろう。自分の選択を誰かに肯定してほしくて、だから私に対してあんなふうにごねて見せているのだと思う。そんなことは女子ならおそらく誰でもわかるから、その分だけ私に甘えてくれていると考えると嬉しくもなる。
しかし、真凛の背中を押すのは、いやだった。
だって、好きな人に、恋人ができるのを、手助けしたいなんて、思わないでしょ?
これは親友だとかの問題ではない。私の、一人の人間としてのプライドである。別に私がなんと言おうが真凛は待ち合わせの場所へ行くだろう。それはそれであって、ただし私は手助けをしない。それだけなのだ。
それにしても、と真凛を見る。すっかり恋する乙女の目をしている。もとより真凛は初心で、少々惚れっぽいところがある。しかしそっか、真凛は三枝君の心をも掴んでしまうのか。やっぱりとんだ人たらしだと思う。三枝君は野球部のキャプテンで、悪い噂の無いまっすぐな目をした好青年だ。そんな彼が真凛を好きだというのだから、真凛の魅力は相当なものである。
はあ、とため息をつく。真凛はまだ唸っている。もうあと20分。身だしなみを整える時間を考えると今から準備を始めないと間に合わない。ものすごく気が進まない。
けれど。好きな人の幸せを願えないのなら、その人を想う資格なんてない。
布団に顔をうずめている真凛に言った。
「ねえ、ハグしよっか」
真凛はポカンとしていたが、やがておずおずと頷いて起きあがってきた。
そんなに力は込めないで、全身を包んでやるように抱きしめた。くたっと真凛の体から力が抜けるのが分かった。背中をトントン叩いてやる。
「真凛はさ、どうしたいの?三枝君と付き合いたい?付き合いたくない?」
「……わかんない」
「三枝くん、自分の気持ちも分からない人と付き合いたくはないんじゃないかな」
意地悪な言い方になっちゃったかな。でも、この言葉は自分にも刺さって。もう自傷になれてしまって、この程度なら指先を針でつついたくらいの痛みしか走らないけれど。
「私、付き合い、たい」
「じゃあ、急いで準備しないと」
「うん。……ありがと」
「頑張って」
そう囁いて、私は真凛から離れた。真凛は何だかほっとしたような表情を浮かべていた。
******
残り3分というところまで時間をかけて支度した真凛が走って出ていくのを見送って、今度は私がベッドに倒れこんだ。枕をぎゅっと抱いて、小さく縮こまった。
帰ってきた真凛に、私はおめでとうと言うのだろう。真凛は恥ずかしそうに笑って、きっとそれが健全な親友としての在り方だ。
それでも本当は、醜くても真凛にすがりたかった。三枝君とは付き合わない方がいい、そう言いたかった。私だけを見てほしかった。なんなら押し倒してでもキスをしたかった。
それでも、真凛が傷つくのはもっと嫌だった。だからいつだって笑って、真凛を助けるのだ。そんな弱い私が、大嫌いだ。
結局この関係性を維持するために、私はいい親友を演じるのだ。
枕に涙が滲んだ。早く顔を洗わないと、笑って真凛を迎えられない。分かっていても、体が動かなかった。
もう3分だけ。もう3分だけ、このまま、泣いていようと思った。
修学旅行の夜 延暦寺 @ennryakuzi
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