花の願い

昼の猫

第1話    春

 

はぁ、はぁ、はぁ


少し走っただけで息切れしてしまう体を手すりで支えながら、受付へと急ぐ。


「花さん、はな 美弦みつるさーん。」


何度か呼ばれる声に、急いで答える。


「は、はい!」


思いっきり上ずってしまった声に恥ずかしくなって下を向いた。

見えるのは見慣れた病院の床と、スリッパだ。


「あ、花さん。あちらの部屋で受診してもらってください。」


さっきよりも少し柔らかい口調で、受付の鶴見つるみさんが話す。

3、4回ほど見たことがあるので、名前も、もう覚えてしまった。


言われた通り、受付の横の廊下を通って診察室に行く。


永山ながや先生、こんにちは!」


「久しぶり、花さん。」


優しく挨拶をしてくれたのは、よく入院するときにお世話になっている永山先生だ。


永山先生は、美人で大人っぽくて、最高にきれいな人だ。ついでに頭も良い。


「で、今日は風邪を引いたのね。熱、測るわよ。」


最近は体調もよく、病院にもお世話になっていなかったのだが、今日は久しぶりに風邪を引いてしまった。


病院から家までの距離は、たいして遠くもなく、風邪を引いていても徒歩で行ける距離だ。

どちらかと言うと、シスコンの兄に、病院に一人で行くと説得させるほうが大変だった。


そんな事を考えていると、


ピピピピピ


と体温計の音が部屋に響いた。


どうせそこまで高くないだろう。

そう考えていた時だった。


「まぁ、熱はけっこう高いわね。」


そう言われ、体温計をのぞき込む。


『40.1℃』


「え、高っ、熱!」


驚いて思わず叫ぶ。

記憶は、そこで途切れてしまった。





            ※※※



「み…る、…つる、美弦!」


ゆさゆさと体が揺さぶられる。


この声は美晴みはる兄ちゃんか…?


何だろうと考えながら、ゆっくり目を開ける。


「あぁ、美弦!起きてくれたのか、良かった~。」


「あー、美晴兄ちゃん、うるさいって!」


視界いっぱいに、美晴兄ちゃんの顔が見える。


こんなに美晴兄ちゃんが心配しているということは、きっと倒れたりしたのだろう。

美晴兄ちゃんの隣には永山先生もいるし、ここは見慣れた病室だ。


ふと、この部屋にもう一人誰かがいるのが見えた。

私と同じ位の高校生っぽい人だ。

何か考えているのか、頬ずえをついて、ベットわきの花を眺めている。


なぜか引き付けられるものを感じて、じっと見つめていると、永山先生が


「花さん、今日は一応、入院しなさい。風邪だと思うけど悪化したらいけないから。

特に貴方は体が弱いんだから。」


と言った。


正直、あの高校生が気になって話は聞けてなかったのだが、取り合えず


「はい、分かりました。」


と答えた。


それを聞くと、永山先生は、うん、とうなずいて出ていった。

出ていく際に、


「美晴さん、ここは病室なので静かにお願いします。」


と少し厳しく言って。



それにしても、あの人がなぜこんなに気になるんだろう?


いや、もしかしてこれは、一目惚れっていうやつなのだろうか?


あいにく、恋というのはしたことがなく分からない。


「ん?大丈夫か?ボーっとして!」


そんな美晴兄ちゃんの声に我にかえった。

そして確信した。


初めてひとめ惚れしたんだな、と。

そして彼の事をもっと知りたいと思った。


春の暖かい太陽と、風が吹いて私はそっと目を閉じた。














 

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花の願い 昼の猫 @hirunoneko92

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