無為自然
三太丸太
第1話 無為自然
京都にある貴船神社。
写真でよく見るあの神社だ。
緑のトンネルに囲まれた石造りの階段の両脇に、赤い灯篭が整然と並んでいる。
静寂さと侘しさがありつつも、灯篭が灯った際には荘厳さもあり、あらゆる美しさがそこに込められている。
まさに神聖な領域へ続く道だと常々感じ、大学生で初めて訪れてから十数年、京都に行く度に訪れている場所だ。
また、その付近にある鞍馬山にも魅せられていた。
朝から時間がある時には、貴船神社を参拝した後に山道を歩いて鞍馬寺を参拝し、鞍馬に抜けて日帰り温泉に入ることや、逆に鞍馬から貴船に抜けて食事をして帰ることが好きだった。
これまでに何度も行き来した貴船と鞍馬のルートは、いつも心の安らぎと自然の美しさを教えてくれた。
しかし、一番印象に残っているのは、2年前に見た海外からの青年だった。
あの時は鞍馬から貴船に抜けるルートで参拝していた。
鞍馬から出発する際には、駅近くにある和菓子店でお餅を買っていくのがお決まりだ。
いつも栄養補給のためと称しているが、山道に入る前には食べ終わるので、過剰な補給である事は重々承知だった。
補給を終えた後はケーブルカーは使わず、自身の足で進んでいく。
『1000年以上も前、同じ道を歩んだ人はどんな人だったのだろうか』、『今自分が踏みしめた大地を、1000年後に踏む人はどんな人だろうか』、などと時間の流れとこの道を歩む人々に思いを馳せながら、一歩一歩進んでいく。
やがて鞍馬寺に辿り着き、いつものように参拝をした後、六芒星の中心に立ち、力を取り入れるように大きく深呼吸をする。
どれほど効果があるのかはわからないが、郷に入っては郷に従えだし、自身が満足できればそれでいいと思い、ここで深呼吸するのもいつの間にか習慣になっていた。
そして、鞍馬寺に到着した後の休憩もお決まりになっていた。
鞍馬寺でも休めるが、一番のお気に入りは大杉権現社の前にある広場、大杉苑瞑想道場だ。
パワースポットと言われているらしいが、その点についてはよく分からない。
ただ、清澄な空気と安らかな雰囲気が、日々の生活でこびり付いた不浄を洗い流してくれるような気がしていた。
そこでしばらく瞑想をし、自然を感じるのが一番の楽しみとなっていた。
あの日も牛若丸が修行をしたとされる木の根道を抜け、大杉苑瞑想道場に向かった。
普段はあまり人を見かけなかったが、その時は先客がいた。
海外からの旅行客のようで、金髪の青年だった。
自分がいつもするように、木の根元に胡坐をかいて座り、幹に背を預けて目を閉じていた。
時折日本人は見かけるが、自分と同じように瞑想をしている外国人は初めて見た。
邪魔をしないように少し離れた位置に自分も腰を下ろし、その青年を観察した。
薄いピンク色のTシャツに白いハーフパンツ、足元はスニーカーだった。
脇にはリュックと水のペットボトルが置かれていた。
辺りに他の人は見当たらず、彼は一人でここへ来ていたようだった。
木漏れ日と同じような色合いの彼の金髪は、光に照らされより一層美しく輝いていた。
時折、風が青年の柔らかそうな金髪を撫でると、光が踊っているかのように見えた。
この場所にくると、車や電車、エアコンの室外機などの文明の音や匂いはなく、風と木の葉が揺れる音、遠くで鳴く鳥の声、水分を含んだ土や存分に光を浴びた木の匂いから、身体全てが自然に包まれていることを実感できる。
その中で目を閉じ、静かに瞑想をする青年は、既に自然の一部の様に感じられた。
異国の地で、1000年以上前から伝わる修行の場で、彼は何を思っているのだろう。
いや、今は何も考えず、ただ自然の中にいるのだろう。
風や木と同化し、物質的な呪縛から離れ、ただそこにいるのだろう。
十数年間、ここに来るたびにその境地に至ることを試みていたが、未だにそこに辿り着いたことはなかった。
しかし、海を渡ってきた青年が自然と一体に成っていた。
羨ましいというのも申し訳なく感じるほどに、その姿は神秘的で美しかった。
あまりに調和がとれたその光景に、時間を忘れて目を奪われていた。
どの位時間が流れたのか分からない。
青年が目を開けて動き出したのをみて、我に返った。
こちらに気づいた青年は軽くお辞儀をしてきたので、慌ててお辞儀を返した。
青年は自分の荷物を持って来た道を戻っていく。
その途中、青年は一度振り向いて深々とお辞儀をし、去っていった。
自分と同化していたものたちに別れを告げるように。
今年もまた鞍馬から歩いている。
いるはずのないあの青年があの場所にいることを期待しながら。
自分もあの境地にたどり着きたいと思いながら。
そして、そう考えているうちは無理だろうと自嘲しながら。
無為自然 三太丸太 @sayonara-sankaku
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