犯罪

マグロの鎌

第1話

(あと、十分……、いや、すでに一分たったからあと九分だ。)

少年は制服の胸ポケットにしまった携帯を右手で時間がと時間だけ確かめ、再びポケットへ押し戻した。すると、偶然にも押し戻したとちょうど同じタイミングで右後方からパトカーのサイレンが鳴り始めた。そのサイレンに少年の肩が小さく動く。

(脅かすなよ……。こっちは急いでるんだから。)

「そこの君、そこの黒の自転車に乗った制服の君。止まりなさい。」

(おいおい、誰だよ、黒の自転車に制服のって……)

「俺⁉︎」

少年は急ブレーキをかけてその場に止まり、パトカーの方を振り返った。一体彼が何をしたというのだろうか。

「今君、一瞬携帯見たでしょ。」

「はい……見ましたけど、それが何か?」

「あぁん⁉︎なめてんのかその言葉遣い?普通、自転車走行中に携帯見ちゃいけないことぐらい知ってんだろ?」

警察は窓に手をかけながらサングラスを少し下にずらし、少年の方に睨みを効かせた。その姿はひと昔前までいたヤクザや暴力団そのものだ。

「あっ、いや、でも本当一瞬だったというか……ほとんど触っただけというか……。」

「つべこべいうな‼︎罰金だよ罰金。ええと、自転車走行中の携帯は罰金五千円だ。ほれ、ここにサインして。」

そう言ってバインダーに挟んだ『念書』というものをこちらへ渡してきた。そこには、『同じ罪はもう二度としません。もしそのようなことがあった場合、私は警察の指示通り処罰を受けます。』のようなことが書かれている。

(なんだよ念書って、なんだよ処罰って)

「……わかりましたよ。」

少年は苛立つ感情を抑え、渋々財布の中から5000円を出した。そして、念書へとサインをしようとしたが、あることに気がついた。

「あの……ペンはどこですか?」

「あぁん⁉︎そんくらい学生だから自分で持ってんだろ?」

(ちっ、そこまで渋るのかよ……でも、ここで持ってないとか言ったらすぐ近くのコンビニで買ってこいとか言い始めそうだし……この場は大人しく従っておこう。)

少年はカバンとついでに筆箱を開け、そこからボールペンを一本取り出し、念書へサインし警察へ渡した。

「あいよ。次はないからな。」

そういって窓を閉め、サングラスを直しながらそう言った。

「なんとも不幸だったな。まさか警察に捕まるなんて。」

パトカーが去っていくのをその場で確認し再び走り出そうとすると後ろから声がかかった。まさかまた警察か⁉︎とも思ったが、そこには同じクラスの田中がいた。

「ああ、ほんとだよ。そのせいで皆勤賞逃しちまったじゃないか。」

「いや、まだ入学して一年も経ってないのにいつもギリギリなんだから、遅刻するのも時間の問題だろ……今のちょっとうまくね?ええと、説明すると遅刻するのは時間の問題で、お前が遅刻するのも……」

田中が自分の「うまいこと」の解説を始めたので少年は話を遮ることにした。

「全くそうは思わんが。にしてもなんで警察ってあんなにピリピリしてんだよ。」

警察がこんなふうに酷烈になったのは今に始まったことではないが、少年が生まれる十年ぐらい前はちょっとの違反ぐらいは許してくれたという。例えばイヤフォンをしながらの自転車に乗ることとか。今となればその行為をするものは誰一人居なくなった。

「ん?そんなの金稼ぎに決まってんだろ?警察も今の時代、でっかい犯罪犯す人がいないせいでちっちゃい犯罪追って小遣い稼ぐしかないってわけさ。」

「なんだそれ、せっかく平和になったのに息苦しいな。」

「ああ、そうだな。ほんとどっちの方が幸せなんだろう。でっかい犯罪が増えて怯えながら暮らすのとちっさい犯罪が増えて息苦しいの。」

「本当だよな。そもそも、みんなが犯罪をしない精神を身につければ警察はいなくなるんじゃないか?」

「確かにそうかもしれない。でもよ、そんな保証はできないだろ?もし警察がいなくなって、お前がコンビニの商品を無断でとっても咎められないとなったらどうするよ?」

「は?もちろんそんなことするわけないだろ?」

「おい……今ここでそんな答えを求めているかと思うか犯罪者?」

「わかったよ……。たしかに、コンビニなんて防犯カメラついてるだけだし……今考えたら万引きって簡単じゃね?」

「ああ、そうだよな。今のコンビニは防犯カメラで犯人を炙り出して後日そいつの家に警察が行くってシステムになってるから誰もやらないわけで、もし警察がいなければやりたい放題だ。」

「なるほど、つまり警察とは予防接種みたいのものってことだな。」

「なんか違うような気もするが、大体はそういうことだ。」

「つまり、犯罪のない平和の世界になったら警察はいらなくなるけど、警察がいなくなったら犯罪が増える。だから、平和な世界に警察がいれば……でも、今俺違反したよな?」

「そういうこと。この世界に警察なんてものを作った時点で犯罪がなくならないんだよ。」

「なるほど……つまり、犯罪はなくならないなら、俺たちは大きい犯罪が少数起きるか、小さい犯罪たくさん起きるかのどちらかを選ばなくてはいけないのか……。そうだな、俺は大きい犯罪が少数の方が生きやすい気がする。だって、大きい犯罪って一般人には関係ないもん。」

「ああ、俺もその意見には同感できる。しかし、この世界を変えるには誰か初めに大きい犯罪を起こす必要がある。なあ、遅刻と言った校則を犯したものどうし、一つ手を組まないか?この世界を変えるため。すみやすい世界のためにこの平和な世界をぶち壊そう。」

「ああ、いいだろう。すみやすい世界のために!」






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

犯罪 マグロの鎌 @MAGU16

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る