コウノトリのゆりかご

大月クマ

とある夫の告白

「なんで自分のかわいい子供を、殺すのかしら?」


 画面テレビの前で彼女が呟いた光景を思い出しました。

 たしか、ニュースで乳児の死亡を、取り上げていた時です。

 そして、彼女の横にはあの機械が……『コウノトリ』と名付けられた機械が、稼働していたこともよく覚えています。

 この機械は当初は、不妊治療や、子供が授からない同性カップルの為に開発されたと聞いています。

 いつの頃からか、科学者達はふたりの人物から幹細胞を取り出し、遺伝子を混ぜ合わせ、人工的にひとつの胚性幹細胞生命を造り出すことに成功したそうです。


 この『コウノトリ』は、人工子宮装置。

 子供がほしい、その一点のための機械。


 作られた人工の細胞を、偽りプラスチックの子宮に入れて成長させ、十月十日後に出産となるモノです。

 当初は病院のみで使用されていました。

 しかし、家庭でも使えるようになると、治療目的だけでなく、何の問題も抱えていない所にも「手軽に子供が出来る」と入り込んでいったのです。

 簡単に人口が増やせる、と政府も率先して家庭への導入を勧め、国民に補助金まで出していた背景もありました。

 僕の家庭もそのひとつです。

 だけれど、もっとも望んだのは彼女でした。


 ニュースやSNSで、

「子供が出来た嬉しい!」

「どこどこの芸能人が『コウノトリ』で子供を作った」

 など流れて、他の者からもてはやされるのを、よく見ていました。


 本当は、それに流されただけかもしれません。


 装置コウノトリを使い始める前に「ニュースとかに影響されたのか?」と聞いたことがありました。


「痛いのは嫌」


 彼女が言うには、人づてに聞いた産みの苦しみを、味わいたくないそうです。

 その時は、僕は気にしませんでした。


 むしろ周りの意見を聞いていると、

「自然出産はダサい」

「女性を、子供を産む道具としか思っていない」

「性行為自体が気持ち悪い」

 など、『コウノトリ』を肯定するモノばかりでした。


 ひょっとしたら、この時、世間が異常になっているのではないか、と疑うべきだったかもしれません。

 当初から『コウノトリ』を否定する話もありました。


「人間の子宮で育てずに、誕生した我が子に、果たして愛情をそそぐことが出来るか?」


 思えば、それが正解だったかもしれません。


 僕も導入するときに、ふと心配になったのは確かです。

 説明書には、こう書いてありました。

『胎児が分泌する成分を抽出し、母親になる人物に定期的に投入することで、そのリスクを回避できる』

 信じるしかないでしょう? 僕は専門家ではないのですから……。

 そして、我が家にも『コウノトリ』が来たわけです。


「見てみて、私達の子供!」

 と、無邪気に笑っている彼女を思い出します。


 装置には、人工子宮の内部を映し出すカメラが付いており、子供の姿を見ることが出来ました。


「これは目かな? 耳かな?」


「見てみて、魚みたい!」


「男の子かな? 女の子かな?」


「見てみて、お猿さんみたい!」


 日に日に大きくなっていく、子供に一喜一憂していました。

 そんな時期に、テレビのニュースで観た、ひとつの事件。


 親が子供を殺している。


「なんで自分のかわいい子供を、殺すのかしら?」


 そう呟く妻がいました。そして、『コウノトリ』の画面に目を向けました。

 それからというもの、彼女はジッと画面を見続けたまま。

 僕は、異変に気がつくべきでした。

 何をするでもなく、ただ見続けていたのです。


 同じ頃、ニュースやSNSに、こう流れるようになったのを目にしました。


は失敗だったかもしれない』


 発端は、とある芸能人のSNS。

 その人は、『コウノトリ』の中にいる自分の子供の成長を、事細かに上げていたのですが、ある日を境に、パッタリと辞めてしまったのです。

 不思議に思った人の通報で、事件が発覚しました。

 育成中の胎児を殺した……つまり『コウノトリ』を故意に止めた、と……。

 結局、この事件は古い法律が適用され、殺人として検挙されました。

 それから、少しだけ世間の風向きが変わったような気がします。


 そして、僕たちの子供の出産日誕生日が近づいていた、あの日。


『飽きちゃった』


 僕の手にする端末に、妻からのメッセージを見て、僕は理解できませんでした。


 結局、僕は彼女のことを、まったく理解できていなかったのかもしれません。

 何せ、我が家の装置の電源を切った自分の子供を殺したのですから……


 


<了>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

コウノトリのゆりかご 大月クマ @smurakam1978

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ