第363話 ホットミルクと牛肉


 放牧に出ていた牛全部を皆でブラッシングしてあげて……牛達が満足した頃、事務所の窓から顔を出したお爺さんが大きな声を張り上げてくる。


「おぉーい! そろそろ疲れただろう! 搾りたての牛乳使ったホットミルク用意してやっから飲みにおいで!

 ただし、事務所入る前にシャワー室で汚れ落としと着替えしてからな!」


 それを受けてコン君とさよりちゃんは喉が乾いていたのだろう、目を輝かせながら事務所奥にあるというシャワールームへと駆けていき……俺とテチさんはそれぞれ背負った着替え入りのリュックを下ろして中身の確認をしながらそれを追いかける。


 牧場を見学したいだけなら着替えはいらないらしいけど、動物に触れ合いたいなら持ってこいと言われていた着替え。


 野生動物を解体する時もそうだけど、様々な病気を持ち込まないための処置なんだろうな……特に俺達の中には妊婦さんがいる訳だし……。


 搾りたての牛乳というとそのまま飲んで本当の美味しさをー、なんて話も聞くけど、それをあえてホットミルクにしてくれたのはやっぱりテチさんのことを気遣ってくれたからなのだろうなぁ。


 なんてことを考えながらシャワー室に向かい、俺はコン君と、テチさんはさよりちゃんと、フキちゃんはユカリちゃんと、という組み合わせでシャワーと着替えを行い……終わったなら事務所に向かい……中に入ると木目朝の落ち着いた家具が並ぶ一室となっていて、その中の来客用と思われるソファに誘導され、腰を下ろすとすぐにホットミルク入りのカップが運ばれてくる。


「さぁどうぞ、熱いから気をつけてな」


 お爺さんのその声を受けて俺達は早速手を伸ばし……湯気を上げるあつあつのホットミルクを冷ましながらゆっくりと飲む。


 あつあつのホットミルク、火を通したことで新鮮さが失われているのかもしれないが……それでもかなり美味しいように思える。


 市販の牛乳ではこうはならないというか……何が違うかは分からないが、何かが違うのだろうなぁ。


 そんなことを考えながら左右を見てみると、テチさんやコン君、さよりちゃんがいつになく柔らかな笑みでホットミルクを楽しんでいて……味覚と嗅覚に優れた皆がそうやって楽しんでいるのなら、やっぱり普通のとは違う味なのだろうなぁ。


「最初は低温でじっくり温めてくんだ、んで熱くしたらすぐ飲む。

 他にも良い方法があるのかもしれないが、オレが知ってるのはそんな方法だな。

 んま、牛乳にせよ肉にせよ、美味しく味わいたいならプロに任せとけってことだな。

 ……もちろん肉もうまぁく仕上げられるぞ、食いたいか? 肉」


 皆がホットミルクを楽しんでいるのを見てか、お爺さんがそう言ってきて……瞬間、柔らかな笑みを浮かべていた一同の顔が、肉食のそれへと変化する。


 少し離れた所にあるテーブル席でホットミルクを楽しんでいたフキちゃんユカリちゃんも同様で……その表情を見てニカッと笑ったお爺さんは早速準備を始めようと事務所の奥に足を向ける。


「手伝いましょうか?」


 と、俺がそう声をかけるとお爺さんはチラッと振り返って軽く手を振って、


「肉を焼くだけだからいらんいらん、客はそこでゆっくりしていたら良い」


 そう言って奥へと向かっていく。


 それからすぐにカセットコンロと溶岩プレートを持って戻ってきて……テーブルの上に置き、それからどんどん調理道具やら食器やらを事務所へと持ってくる。


「こ、ここで料理するんだ……」


 思わず俺の口からそんな言葉が漏れる中、テチさん達は特に気にした様子もなく、そんなことより早くお肉を食べたいといったような様子で前のめりになっていて……そこに大きなステンレストレーに乗せられた肉塊が運ばれてくる。


「うちの専用冷蔵庫で熟成させたからなぁ、うんまくなってるぞ。

 ここまで美味い肉ならもう小細工はいらん! シンプルにステーキが一番美味しい食べ方だ!

 塩と胡椒! 味付けはこれだけ! ……それで良いよな?」


 と、肉塊を皆に見せて歩きながらお爺さんがそう言うと、一同は力いっぱいうんうんと頷いて……そこからお爺さんによるステーキ調理が始まる。


 溶岩プレートを火にかけ、熱される間に肉塊に包丁を入れて……ちょうど良い厚さのステーキ肉やサイコロステーキ肉を作り上げていく。


 そうやって肉を切り分けたなら溶岩プレートに乗せてじっくりと焼き始め……ちょうど良い所で塩コショウを振っての味付けを行い、焼き上がったなら皆の前に置かれた皿に乗せていき……それが終わったらまた新しい肉を焼き始める。


 そして肉が置かれるなり箸を構えて口に運ぶ一同……口に運んだ途端、よほどに美味しいのか顔を綻ばせていて……そんな様子を見てから俺も肉を口に運ぶ。


 美味い。


 と、それしか言えない美味しさだった、特に変わった味付けをしている訳でも、変わった調理法をしている訳でもないので、予想通りの味ではあるのだけど、味が濃く旨味が強く柔らかく……焼き加減もちょうど良いとなって、文句のつけようがない。


 全方位で満点というか、欠点がないというか……完璧な牛肉というのはこんな味になるんだなぁと思い知らされる。


 自分で焼いてここまでのステーキに出来るかと言われると無理で……サラリーマン時代に行った良いお店でもここまでの肉は食べられなかったかもしれないなぁ。


 熟成させた、と言っていたから新鮮どうこう関係なく、純粋に肉の質が良いのと焼き方が良いのだろうなぁ。

 

 ……塩コショウは市販品だったし、うん、そうに違いない。


 なんてことを考えている間にもどんどん肉は焼かれていって……ステーキにして3枚分くらいを食べた所で俺は、


「もう大丈夫です、たくさんいただきました」


 と、声を上げる。


 美味しい、とても美味しい、めちゃくちゃ美味しいけど、もうお腹いっぱい。


 ただただ肉だけを食べるのも俺には少しきついし……改めて用意してくれたよく冷えた牛乳を飲んで口いっぱいに広がった脂を押し流して終わりとする。


 俺はそんな風になってしまったけども、テチさんもコン君達もフキちゃん達もまだまだ食べると意気込んでいて……そしてお爺さんが用意してくれた肉塊はまだまだ残っている。


「ああ、どんどん食え、好きなだけ食え、この肉塊全部食っても構わねぇからな!」


 お爺さんもそんなことを言っていて……そこまで言われたならとテチさん達は一切の容赦なく食欲を加速させていく。


 途中トイレにいったり牛乳をガブガブ飲んだりしながら食べ続けて……そうしてテチさん達は、とにかく無我夢中といった様子で牛肉のステーキを食べ続けるのだった。



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