第293話 チェーン店
皆でおやつを食べ終えたなら立ち上がり……縁側へと向かって吊るされた干し柿へと手を伸ばす。
残り4個、あれだけの数を用意したのに、よくもまぁ食べ上げたもんだと驚きながら紐から外し……まずは足元のコン君とさよりちゃんに手渡す。
それから残りの二個を手に取って、居間へと戻ってテチさんに渡したなら、腰を下ろし、干し柿を惜しみながらかじる。
「これが終わったら樽柿、樽柿が終わったら今年の柿は終わりだねぇ。
いやー……冬半ばくらいまではもつと思っていたら、あっという間だったねぇ」
それからそんなことを言うと、コン君の尻尾がへにゃんと垂れてその気持ちを示してくる。
「まぁ……これから追加のナシジャム作ってリンゴジャム作って、イヨカンでも色々作ってみたいし、冬半ばになればハウスイチゴが出てくるし、フルーツが尽きることはないけどね」
そう俺が続けるとコン君の尻尾はすぐさま持ち上がり……うん、気持ちを立て直せたようだ。
「ナシジャムもリンゴジャムもこれからの季節には欠かせないからねぇ……イチゴの時よりもたっぷり、気合入れて作るよ」
ナシジャムは喉が痛い時に良いとされていて、リンゴはその栄養価から医者いらずなんて呼ばれ方もしている。
どちらも冬が来る前に作っておくと安心出来るもので……他にも金柑の甘露煮やイヨカンのマーマレードも良いかもしれない。
ジャムはどれも糖分が多いものだけど、風邪などで胃腸が弱っている時はその方が簡単にエネルギーを摂取出来たりもするし、食欲がない時にも食べやすいものだ。
「ナシもリンゴも体に良いんだっけ? 前ににーちゃんがそんな話してた気がする!
前にー……肉料理にナシジャム使った時だっけ? あの時のジャムは残ってないの?」
あれこれと考えているとコン君が話しかけてきて、俺は頷いてから言葉を返す。
「そうだねぇ、なんだかんだと肉料理に使ったのと……普通に朝食のパンに塗ったり、おすそ分けしたりもしていたからねぇ。
……まぁ、うん、今年は畑も豊作だったし、お肉を売ったりで臨時収入も入ったから追加で作っても全然問題ないから、今度やっちゃおうか」
我が家にはテチさんもいるし、風邪を引きやすい子供達もいるしで、備えは十分にする必要があるだろう。
まぁ、コン君達が風邪を引いた時には、自宅で療養するんだろうけど……それでもお見舞いの品として贈っても良い訳だしね。
「じゃーじゃー……まずは買い出しかな? リンゴとかもう無いよね?」
「あー……ほら、スーパーで大量に買う時は注文で済ませることになっているから、今日のうちに注文しておいて、届き次第にーって感じかな。
箱である程度の量買って……コン君達に手伝ってもらいながら一気に作るよー」
コン君の問いかけに俺がそう返すと、コン君は満面の笑みで頷いて、さよりちゃんもそれに続いて頷き……それからさよりちゃんが声を上げる。
「そう言えば……私アップルパイって好きなんですけど、あれってリンゴジャムで作るんですか?」
その言葉を受けて俺は「あー……」と声を上げてから頭を悩ませ、それから質問に答えていく。
「ジャムでも出来なくはないし……普通のリンゴをそのまま使っても良いし、コンポートを使う人もいるしで、その人の好み、作り方次第かな?
コンポートって言うのはジャムより糖分少なめにして、果物の形や風味を残す保存食なんだけど……ジャムとコンポートの境目って結構曖昧なんだよね。
俺が作るイチゴジャムは、食感のためにイチゴの形を残すように、潰したり煮込みすぎたりしないようにしているんだけど、それだとコンポートだって言う人もいるし、ジャムだって言う人もいるし……まぁ、そんな感じだから、自分な好きなようにして良いって感じかな」
「ふむふむ……では、パイ生地を用意して、リンゴジャムを乗せて包んで、オーブンで焼けば良いのでしょうか?」
「シナモンを用意してジャムに混ぜるなりして、焼く前にパイ生地の表面に溶き卵を塗ったら良い感じかな。
まな板に生地を乗せる前に打ち粉をしておくとか、パイシートをしっかり用意しておくとか、色々細かい部分もあるから……始めてやる時は俺か、ご両親が側に居る時にやると良いかもね。
……さよりちゃんがここまで料理法に興味示すのは珍しいけど、アップルパイが好きなの?」
「いえ……私がと言いますかコン君がと言いますか……。
私も好きなんですけど、コン君は食事中にTVCMとかでアップルパイが出てくると箸も口も動きを止めて夢中で見ちゃってるんですよ」
さよりちゃんがそう言って……俺とテチさんがそうだったのかと驚く中、コン君は恥ずかしかったのか両手で顔を覆って無言でうつむく。
「ま、まぁうん、俺もアップルパイは好きだし、気持ちは分かるよ。
TVCMって言うと……あのバーガーチェーンのかな? あのお店は獣ヶ森にはないから、食べたくなっちゃう気持ちも分かるしね。
……それなら今度、あのチェーン風のアップルパイとハンバーガーでも作ってみる?」
と、俺がそう言った瞬間、俯いていたはずのコン君の顔がバッと前を向き、その目から光がこぼれ落ちるんじゃないかってくらいに目を輝かせる。
更にさよりちゃんと、テチさんまでが目を輝かせて……どうやら獣ヶ森の住人にとって今の俺の発言は、クリティカルヒットな内容であったらしい。
「……た、ただお店のレシピの詳細を知っている訳じゃないから、あくまで真似するっていうか、俺流にそれっぽく作るだけになるからね? それでも良いかな?」
皆のあまりの輝きっぷりに怯んでしまいながらそう言うと、皆は一斉にコクコクと頷いて……更に目を輝かせ、未知なる味に思いを馳せ始める。
いや、まぁ……そこまで期待されるものではないというか、チェーン店だけあって至って普通の味だとは思うし、お祭りの時とかもっと良いものを食べていたとは思うのだけど……テレビでずっと見ていて、見ているだけの味というのは、それだけ憧れが強くなるものなのだろう。
「じゃ、じゃぁまぁ……3・4日後くらいに作れるように準備しておくよ」
更に続けてそう言うと三人は、無言のままうんうんと頷いて……それからコン君が代表する形でリモコンを手に取り、テレビを点けて……件のチェーン店のCMが流れてこないものかと、チャンネルをあれこれと回し始めるのだった。
――――あとがき
お読みいただきありがとうございました。
応援や☆をいただけると、コン君達の目の輝きが増すとの噂です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます