第292話 栄養のあれこれ

 

 翌日。


 定期検診ということで病院に行っていたテチさんがお昼前に帰ってきて、特に問題もなく順調との報告をしてくれる。


 まぁー、花応院さんがあれだけの設備で検査をしてくれて、今後気をつけていくべきこと、なんてマニュアルのようなものまで作ってくれたのだから、そうでなくては困ってしまう。


 出産は来年、晩春か梅雨の頃の予定で……その日までこの順調さが続いてくれることを願うばかりだ。


「ところで、リス獣人は木の実ばかり食べがちで、その場合はビタミンDに気をつけたほうが良いと言われたんだが……我が家の食卓は大丈夫か?」


 帰ってきて手洗いうがいを済ませて、厚手のパーカー姿のテチさんが、今の座布団に腰を下ろしながらそんなことを言ってくる。


「ん? ああー……うん、そうだね。

 ……我が家はビタミン豊富な食べ物を食べ過ぎなんじゃないかってくらい食べているから大丈夫だと思うよ」


 少しだけ言葉に詰まりながら俺がそう返すとテチさんは、病院でもらったらしい冊子を開いて中の確認をし……それから「ああ」と短い返事を返してくる。


 それから冊子の中を読み始め……それを補足する形で声を上げる。


「ビタミンDが多いとされているのは、肉とか魚とか卵、それと乳製品、あとはキノコと……海藻もだったかな。

 テチさんはこれでもかと肉食べているし、魚も食べているし、毎朝牛乳飲んでいるし……毎日シイタケとか本シメジの味噌汁食べてるし……。

 それと日光を浴びると良いとされているんだけど、毎日散歩とかもしているから……心配する必要はないんじゃないかな。

 日照時間が短い海外だとあえて日光浴の時間を作ったり、サプリで補充したりするそうだけど……日本の食生活だと心配する必要はないんじゃないかな」


「ふーむ、そういうものか……」


「うん、それと納豆や大豆がビタミンDとかカルシウムとの相性が良いなんて話があるから、大豆関連食品をよく食べることも影響しているかもしれないね。

 あとはまぁ、日照時間も海外より多いはずだから……そこまで不安にならなくても大丈夫だよ」


 細かいことは分からないけども、そんな話を聞いたことがあるというような話をすると、テチさんは少しだけ安堵したような、柔らかな表情となる。


 お腹の中の子供のことが心配で、自分の体のことも心配で……いつもより少しだけ気持ちが弱っているようだ。


 帰路にでも冊子を見れば解決した不安だろうに……気持ちが弱っているからか、我が家まで冊子の中身を見ずに来てしまったらしい。


「栄養に関しては俺も気をつけているし……異常があれば定期検診の血液検査とかで判明するだろうから、そこまで気にする必要はないと思うよ。

 ……料理研究家とかそう言う人達が、妊婦さんの栄養なんかを考慮したレシピとか考えてくれているからねぇ、レパートリーに困ることもないんじゃないかな」


 そう言うとテチさんはようやくいつもの表情に戻ってくれて、座卓の上に置いてあった煎餅へと手を伸ばす。


 それからバリボリと食べ始めて……その音に混ざる形でいつもの足音が響いてくる。


「きーたよ!」

「きましたー!」


 そう声を上げたコン君達は、いつも通りの服装で……まだまだ寒さには負けていないようだ。


 冬毛で全身をもっさりと覆っているし……雪が降ったりしない限りはいつもの格好なのかもしれないなぁ。


「いらっしゃい。

 これからちょっと珍しいお菓子を出すから、いつもの座布団で待っていてよ」


 俺がそう声をかけると、コン君とさよりちゃんは洗面所へと駆けていき……手洗いうがいをすませてから居間へと戻ってくる。


 その間俺は、台所でお菓子用の木の器を用意して、それから少し前に買っておいたお菓子を器の中に入れて、それを居間へと持っていく。


「はい、乾燥納豆と乾燥コンブのお菓子だよ。

 ……納豆とコンブの組み合わせは栄養吸収効率が良いとかで、こういうお菓子が売っていたりするんだよ」


 それはテチさんの栄養状態を心配して買ったものだった。

 

 これから冬になって日照時間が少なくなって、大雪が降ったりして外に出なくなったりして……それでビタミンDが不足するようでは困ると、買ってしまったものだった。


 テチさんのことを言えないと言うか、なんと言うか……まぁ、うん、俺も色々と不安に思ってしまうこともある。


 このお菓子は妊婦さん向けに栄養とかを調整されたもので……そこら辺のことを察したらしいテチさんはニヤニヤとした表情になりながら、その器へと手を伸ばす。


 続いてコン君やさよりちゃんも手を伸ばし……モリモリと食べながら首を傾げる。


 ……まぁ、うん、特別美味しいものではないからね。


 旨味があって歯ごたえがあって、好きな人は好きなんだろうけど、一番の目的は栄養補助……味は二の次となっている。


 塩分とか糖分過多は良くないから、どうしてもそうなってしまうのだろう。


「これは栄養がたっぷりあるお菓子で、骨作りとか体つくりを助けてくれるお菓子なんだよ。

 これを食べていればコン君もさよりちゃんも、健康でしっかりとした格好良い大人になれるかもね」


 俺がそうお菓子のフォローをするとコン君とさよりちゃんは目を輝かせて、モリモリモリモリとお菓子を食べていく。


 そしてテチさんも負けじと食べていき……俺も少しは食べるかと手を伸ばす。


 この菓子の本領はこれから、雪が降ってからになるけど……箱買いをしておいたから在庫は十分で問題なし。


 ……いやぁもう、うん、本当に人のことを言えないというかなんというか……。


 まぁ、俺にとっても初めての子供だし、しょうがないよね。


 大食いの獣人の子供だからたくさん栄養を必要とするんじゃないかって色々考えちゃうよね。


 また何ヶ月かしたら花応院さんに頼んで二回目の検索をしてもらっても良いかもしれない。


 何なら毎月とかでも―――。


「実椋、そこまで深く考える必要はないぞ」


 俺があれこれと考えていると、頭を悩ませていることに気付いたらしいテチさんがそう言ってくる。


 どんなことを考えていたかまでは分からないまでも、表情でなんとなく察してくれたらしい。


「……そうだね、もう少し気楽にやってみるよ」


 俺まで不安がっていてもいけないなと考えてそう言うと、テチさんは笑みを浮かべ、コン君達は事情もわからないまま、自分達の胸をどんと叩いて自分達も助けるから大丈夫と、仕草で示してくる。


 それを受けて俺は、冬毛でふわっふわになったコン君とさよりちゃんの頭をこれでもかと撫でてから「ありがとう」とお礼の言葉を口にするのだった。



――――あとがき


お読みいただきありがとうございました。


応援や☆をいただけると、コン君達の冬毛がこれでもかと膨らむとの噂です。

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