第166話 コン君のお見合い相手


 獣ヶ森のお見合いは、門の向こうのそれとは全く違ったものであるらしい。

 子供の頃から働く獣人だからこその文化というかなんと言うか……両親が結婚相手とその両親に会って会話を交わして、自分の子供の結婚相手に相応しいかを見極める場……であるようだ。


 もちろん当人同士で会話をすることもあるし、当人同士の相性などを確かめたりもするそうだが、そちらはあくまでついでというか、あくまで両親による見極めの方がメインで……特にコン君の場合は、以前起きたトラブルの結果、ちょっとした小金持ちになっているので、お見合いをしっかりとすることが重要……なんだそうだ。


 仮に子供同士が仕事場などで出会い、恋愛の末に結婚するとなっても、それでもお見合いが開かれるのが興味深い所で……こちらのお見合いとはつまり、門の向こうで言う所のご両親へのご挨拶に近い行為なのかもしれない。


 そう考えると以前テチさんとうちの両親が会って会話をしたのも、俺がテチさんのご両親に会って会話したのも、こちらの価値観で言えばお見合いということになりそうだ。


 とまぁ、そんな風に壁の向こうとは全く違った意味を持った『お見合い』なのだけども、それでも結婚のための第一歩であることは確かで、人生における一大イベントである……はずなんだけども、お見合いの日程が決まったと教えてくれたコン君の態度は、それからも変わることなく、緊張した様子もなくいつも通り。


 お見合いのことよりも、冷凍したサクランボの出来の方が気になるようで……まだまだ幼い子供だからそうなのか、コン君だからそうなのか……当人であるコン君よりも、全くの他人である俺の方が緊張してしまうという有様だった。


 そんなこんなでその日は、緊張したまま困惑したまま終わってしまい……翌日。


 朝食を終えてテチさんを見送って……家事をし始めたというタイミングでいつものように、


「きーたよ」


 との一言と共にコン君がやってくる。


「いらっしゃい、コン君。

 ……お見合いは今度に日曜日だっけ?」


 駆け寄ってきて縁側へと飛び上がって……そうしてから洗面所へと向かい、手洗いうがいを済ませてきたコン君にそう声をかけると、コン君は何故そんなことを聞くのだろうとそんなことを思っているのか、その首を傾げながら「そうだよ?」との一言を返してくる。


「そうか……日曜日か、そうかぁ」


 なんてことを言い、日曜日まで緊張したままの日々を送ることになりそうだなぁと、全くの他人でしかない俺がそんなことを考えていると……庭の向こうにある木々の方から、ガサゴソと大きめの音が響いてくる。


 その音を受けて、周囲の見回りをしてくれているお爺さんお婆さんかな? なんてことを一瞬思うが……お爺さんお婆さんはわざわざ森の中に入ったりはしておらず、庭や道路や、畑へと続く道を中心に見回っていた。


 そうなると例の叔父さん連中なのかな? とも思うが……こんな朝っぱらからあんなにも大きな音を立てて、森の中からやってくるというのも、どうにもしっくりこない。


 だとするとイノシシとかシカとか、野生動物の方が可能性が高く……以前撒いた獣避けの効果が弱くなってきたのかな? と、そんな事を考えながら縁側へと移動し、木々がよく見える位置へと立ったうえでの警戒をしていると……またガサゴソと音がして、その直後に音がした辺りの木から別の木へと飛び移る小さな人影の姿が視界に入り込む。


 その小ささとシルエットの形と、動き方はとてもよく見慣れた、コン君によく似ているもので……その人影の持ち主がリス獣人の子供であるとの確信を得た俺は、警戒を解きながらその影に向かって声をかける。


「どうしたんだい? 畑の仕事に遅刻しちゃったのかな?」


 この辺りで見かけるリス獣人の子供と言うと、大体が畑で働いている子で……それ以外に考えられないからそうそんな声をかけたのだけども……影からの返事は無い。


「……それとも誰かに会いに来たのかな? お兄さんとかお姉さんとか、お友達とか?」


 続けて俺がそう言うと、またガサゴソと木々の枝を揺らす音が聞こえてきて……奥の方からゆっくりと、一人の女の子が姿を見せて……ササッと木から駆け下りたかと思ったら、こちらへと、俺の足元へと駆けてくる。


 コン君と大体同じ年の頃で、夏を意識しているのか青色のワンピースドレスを身につけていて……耳の側にちょこんと小さなリボンをつけていたりする、見るからに女の子。


 そんな女の子のことを……畑で働く子供達ではない初めて目にする子のことを俺が凝視していると……そんな俺の側で棒を構えての警戒をしてくれていたコン君がぽかんとした表情をしながら声を上げる。


「さよちゃん? どうしてここに?」


 さよちゃん、可愛らしい名前のコン君の知り合い。


 コン君の知り合いの……女の子。

 まさかこの女の子は……と、俺がそんな事を考えていると、さよちゃんと呼ばれた女の子はぺこりと頭を下げて、俺に向かって挨拶をしてくれる。


「はじめまして市杵嶋いちきしま さよりです。

 そちらの三昧耶こんしろぬし君の……そのお見合い相手をさせていただく予定、です」


 可愛らしい声ながら凛としていて、ハキハキとしていて。

 しっかりとした印象を受ける声でそういったさよりちゃんは、緊張した面持ちでコン君のことをじぃっと……じぃーっと熱視線でもって見つめる。


「これはこれはご丁寧に。

 はじめまして、森谷実椋と言います。

 この家とこの奥にある畑の持ち主で、そこで働いていたコン君には色々とお世話になっていて……仲良くさせて頂いております」


 そう俺が挨拶を返してもさよりちゃんの視線はコン君へと向けられたままで……そして当のコン君は、ぽかんとしていた表情から困ったような表情へと変化させて……そして落ち着かない様子で、こちらに視線を向けてくる。


 そんなコン君の様子を受けて俺は、視線をさよりちゃんへと移してそちらの様子を見て、もう一度コン君の様子を見てと、二人の様子を交互に見ながら声を上げる。


「えぇっと……さよりちゃんは今度の日曜日、コン君とお見合いをする、そうだけど……今こうして会っちゃうのは、問題ない行為……なのかな?

 もし問題があるようなら、親御さんに連絡して迎えにきてもらうけども……?」


 その声はコン君とさよりちゃんの双方に向けたもので、双方からの返事を期待したのだけども、双方からの返事はなく……どういう訳か、場が沈黙に包まれてしまう。


 そうして沈黙が続き……続く沈黙の中でどうしたら良いのか分からなくなってしまった俺は、ズボンのポケットからスマホを取り出し、さっさと操作し……テチさんの番号を呼び出し、助けを求めての通話ボタンを、しっかりと押し込むのだった。

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