第164話 冷凍サクランボ


 一騒動あってから、より一層に強い力で俺の頭をがっしりと掴むようになったコン君と一緒にスーパーへ行き、サクランボや今日の夕食用の食材などを買い……そうして芥菜さんが手配してくれたらしいお爺さんやお婆さんが周囲を見回ってくれている我が家へと到着した俺達は……とりあえず洗面所へと向かい、手洗いうがいを済ませることにした。


 しっかりと石鹸を使って手を洗い、しっかりとうがいを済ませ……そうやって俺が手洗いうがいを済ませると、頭に張り付いていたコン君もまた、いつものように手洗いうがいをし始め……それが終わったならまた俺の肩へと駆け上がり、頭にがっしりと張り付く。


 決して軽くはないコン君の体重はずっとそうされているとかなりの負担というか、結構な肩こりダメージとなっているのだが……どうやら俺のことを心配して、俺を守ろうとしてそうしてくれているコン君に何かを言うことは出来ず、仕方ないかと小さなため息を吐き出した俺は……買ってきた食材を冷蔵庫へと片付けてから、見回りをしてくれているお爺さんとお婆さんのためのお茶とお茶菓子の用意をし始める。


 お湯を沸かして保温ポットに入れて、急須と湯呑みと茶葉を用意して……大きな器の中に適当にお菓子を詰め込んで。


 それらをお盆に乗せて縁側において「ご自由にどうぞー!」とお爺さんお婆さん達の方へと声をかけて……そうしてから今度は買ってきたサクランボを洗っていく。


「早速何か作るの?」


 ボウルの中に入れて冷水を浴びせて……傷つけないようにゆっくりと洗っていると、コン君がそう声をかけてきて……俺は作業を続けながら言葉を返す。


「いや、まだ作り方とかを調べてないからね、これは普通に食べる用だよ。

 洗って器に盛り付けて、ゆっくりと食べながら作り方をしっかりを調べて……実際に作るのはそれからかな」


 調べてみてただ凍らせるだけ、で良いならそれで良し。

 何かコツがあったり気をつけることがあったりしたなら、しっかりとメモにとって……最初の挑戦なので失敗を覚悟してやるつもりだ。


 いきなりの挑戦で何もかも成功なんて風に順調に行く方が少ないくらいなので、使うサクランボも少なめで……まぁ、実験みたいな形になるんだろうなぁ。


 なんてことを考えながら器に盛り付けたなら、それを持って居間へと移動し……コン君を肩に乗せたままいつもの席に腰を下ろす。


 そうしてサクランボへと手を伸ばしていると……俺の頭に張り付いたままのコン君がソワソワとし始める。


 立ち上がろうとしているのか腰を浮かしたりまた座ったり、落ち着かないのか手をあちこちへと移動させたり……そしてそんなコン君に対して俺は、トドメとなる一言を放つ。


「流石に人の頭の上で食べるのは行儀が悪過ぎるから、ちゃんと席につかないと駄目だよ」


 そんな俺の言葉を受けてコン君は、ショックを受けたのかびくりと反応し、それから降参とばかりに両手を上げて……そうしてから器用に俺の背中を駆け下りて、いつもの席にちょこんと座る。


「んー……俺の髪の毛に触ったりしちゃってるから、もう一度手を洗ってこようか」


 だけれども俺は容赦することなくそう言葉を続けて……コン君は素直に、反論したりすることもワガママを言ったりすることなく駆けていって……ちゃちゃっと手洗いを済ませて、自分の席にちょこんと座る。


「うん、いい子いい子……俺を守ろうとしてのことなんだろうし、嬉しいんだけども、まぁ、髪の毛とかは必ずしも綺麗なものじゃないからほどほどにね」


 なんて声をかけながら器をコン君の方へと移動させるとコン君は、笑顔で「うん!」と言いながら力強く頷き、そうしてからサクランボへと手を伸ばす。


 そうしてから柄をちょいと掴んでサクランボを口の中へと運んで……もにゅもにゅとサクランボを楽しんで、良い笑顔となって……そうして種を吐き出すために必要だろうと小皿を差し出すとコン君は、手に持っていた柄をそこに置き……そしてぺっと種を吐き出す。


 吐き出したならまた次のサクランボへと手を伸ばし、もにゅもにゅと食べて……そうしてから二個目の種を吐き出したコン君は……にっこりと、いつになく嬉しそうな満面の笑みを浮かべる。


「今日のサクランボ、おいしー!」


 余程に美味しかったのかそんな声を上げて……そのあまりにも美味しそうな態度に釣られた俺もまたサクランボへと手を伸ばし、そうして二人でサクランボをゆっくりと、一粒一粒をしっかりと味わっていく。


 ただ甘いだけでなくほのかに酸っぱくて、独特の香りと風味があって。

 可食部は大きな種のせいで少ないのだけど、それでもついつい食べたくなる魅力があって。


 なんとも美味しいサクランボを食べ進めながら机の上に置いたスマホを操作し、サクランボの加工食品や冷凍の仕方を検索した俺は……ある項目を見つけて硬直し、見間違いかと驚き二度見してまた硬直する。


 そうやって硬直したままとなった俺の様子に気付いたらしいコン君が、こちらにテテテッと駆けてきて、机の上のスマホを何事かと覗き込み……興味津々というか面白そうとでも言いたげな表情になったコン君は「へー、どんな味なんだろ!」と、弾む声を口にする。


 そんな俺とコン君が覗き込んでいるスマホには大体こんなことが書いてあった。



 サクランボはそのまま冷凍しても良いが液体に漬け込んで凍りつかせるとより保存性が増し、その味と食感が失われない。

 水よりも濃厚なジュースなどがよく、サクランボ果汁のものであればより良い保存状態となる。

 サクランボ果汁のものがない場合は、どろりと濃厚な『体にピースサインな乳酸菌飲料』の原液が最適。

 氷皿などにサクランボを入れ、原液を流し込んで冷凍したらそれでOK。



 ……と、だいたいそんなことが。


 ……まさか、まさかのジュース漬け。

 しかもあのちょっとお高い乳酸菌飲料の原液がオススメとは……。


 ああいった濃厚な液体で凍りつかせると水っぽくなることもなく、逆に味が染み付いたりすることもなく、なんとも良い状態で保存出来る……んだそうだ。


 まだ実際に確かめてはいない訳だが、そのサイトには自信満々といった様子で、大きめのフォントでの『オススメ!』の文字が輝いていて……そこに投稿されているコメントとかを見る限り、真似して作った人達の反応も中々悪くはないものとなっているようだ。


「ふぅーむ、これは試してみる価値はありそう……かな。

 まぁ最悪味が混ざってしまったとしても、さくらんぼとアレの原液なら相性が悪いってこともなさそうだ。

 何よりものさえ揃っていれば簡単ってのもいいしなぁ……うん、器に盛り付けたのを食べ終えたら早速やってみようか」


 件の原液は未開封状態なら中々日持ちしてくれるし、その爽やかな味はこれからの暑い日々の中で飲むには最適で……それなりの量の買い置きをしてある。


 サクランボと一緒に凍らせる程度ならそんなに量も必要ないのだろうし……うん、悪くなさそうだ。


 そうして俺とコン君は器に盛り付けたサクランボを一つ一つ食べていって……そうして全てを食べ終え次第に器などを片付けて……片付けを終えたならそのままの流れで早速、冷凍サクランボ作りを始めるのだった。


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