第152話 のし梅 実食


 3時間しっかりと冷やしたなら型を……羊羹などに使う製菓用の型を取り出し、包丁を壁際に差し込むと、そこから空気が入り……そうしてから型をまな板の上で逆さまにしたなら、型からするりと……これからのし梅になる原型というか、塊がするりと落ちてくる。


 透明感があるオレンジ色……というか梅シロップ色で、その中に梅肉が空中に舞う花びらのように舞い散っていて、それがまたなんとも綺麗で。


「おぉーすごくきれい! これがのし梅かー!」


 なんて声をコン君が上げる中、俺は笑いながら言葉を返す。


「これもまぁ、のし梅と言えなくもないんだけど……ちゃんとしたのし梅になるにはここからもうひと手間かける必要があるかな」


 そう言って包丁を構えた俺は……のし梅にそぉっと刃を当てて、すっと引き切り、出来るだけ薄く、お店とかで売っているのし梅らしくなるように、その塊を切り分けていく。


 喋らず、呼吸すらも止めて、意識を集中させて、包丁だけを動かして。


 そうやって薄く……出来るだけ薄くのし梅を切り分けていって……塊全てを薄くしたなら、ようやくの完成となる。


「本当ののし梅は、寒天に梅肉を入れたものを『のして』……こう、広げるように伸ばすというか、押しつぶす感じにして作ったものらしいんだよね。

 で、そこから味とか作り方が色々改良されていって……今ではこんな風に作るのし梅も出来たって感じかな。

 だからまぁ、のしていないのだけどもこれものし梅で……後はこれを綺麗にお皿に盛り付けたり、後は干した竹の皮で挟んだりして、乾燥しにくくすると同時に持ちやすくしたりもするね。

 後は食紅とかを使って別の色をつけたりもするかな。

 赤、緑、黄色……いろんな色を並べると綺麗になると思わない?」

 

 そんな説明をしながら俺が、用意したらお皿にのし梅を、重ねて並べたり、丸めて並べたりしていくと……いつもの椅子の上からその作業をじっと見つめていたコン君が、うんうんと何度も頷いて同意してくれる。


「本来はさっきも言ったように干した竹の皮で挟んで食べやすくするんだけど、流石に竹の皮は用意できてないから……今回はフォークで切り分けて食べるか、スプーンですくいとって食べる感じにしようかな。

 ……という訳ではい、このお皿はコン君の分だよ。

 後は俺の分とテチさんの分と……明日くらいなら乾燥もしないだろうから、タッパーに詰めて残りは明日に回そうかな」


 そう言ってコン君に盛り付けた終わったお皿を差し出すとコン君は満面の笑みを浮かべて「ありがとう!!」と一言そう言って、お皿を両手でしっかりと、大切そうに持ち上げ……両手がふさがった状態だと言うのに器用に流し台から飛び降りていって、居間へと駆けていく。


 そんなコン君を見送ってからタッパーの準備をしたり、テチさんの分にラップをかけたりして、冷蔵庫にしまい……簡単な片付けを終えてから、冷蔵庫で冷やしておいた麦茶とコップ二つと、自分の分の皿を持って居間へと向かう。


 すると我慢出来なかったのだろう、コン君がすでにのし梅を食べていて……薄く切った、爽やかでフルーティな梅羊羹とも言えるそれをじっくりと楽しむために、スプーンで器用にゆっくりと、口の中に送り込んでいる姿が視界に入り込む。


 その姿を見て小さく笑い、笑いながらいつもの席に腰を下ろし……二つのコップに麦茶を入れてから、自分も一枚ののし梅をゆっくりと……その味と香りを堪能しながら口の中に送り込む。


 梅シロップと水飴と砂糖と、色々と甘味を使っただけあって甘く、それでいて羊羹よりはさっぱりとしていて、梅の風味と酸味がなんとも言えなくて。


 強い甘さがある中で梅肉がしっかりと仕事をしていて、透明な中にあるそれを噛むと途端に強い酸味と塩味が口の中を突き抜けて……うん、良いアクセントになっている。


「うん、結構美味しくできたね。

 本場の……というか、良い和菓子屋さんで作っているのと比べると色々粗がある感じだけど、素人にしては上手くできた感じかな。

 ……コン君的にはどう? のし梅は」


「美味しい! 羊羹より好きかも!

 それと甘さは控えめでもいいかもー! 梅シロップで十分甘いからー!」


 俺の問いにそう返してきたコン君は、2つ目ののし梅へとスプーンを伸ばし……今度は少しずつではなく一気に、一口でもってのし梅を食べてしまう。


「ちなみに炭酸っぽくしてシュワシュワさせているのし梅とか、他のフルーツを使ったのし梅……ぽいものとか、色々なパターンのものが売られたりしているね。

 本場の……山形県の方にいけば、すっごく安くてたっぷり入った袋詰ののし梅とかも買えたかな?

 似たようなものとしては流れ梅というのもあるね、こっちは梅ゼリーで、梅ゼリーをところてんのような形にして、それを梅シロップの中に入れて、シロップ漬けの小梅と一緒にするっと食べる感じだね。

 どちらも暑い時に食べるとさっぱりすっきりして、栄養的にも良いとかで、これから始まる夏の暑さの中で何度か食べることになるかもね」


 更に俺がそんな言葉を続けるとコン君は、口いっぱいに押し込んだのし梅をもぐもぐと咀嚼し……咀嚼するうちに梅肉多めの、すっぱい部分に当たったのか口をきゅっとすぼめ……そうしてごくりと飲み下してから、言葉を返してくる。


「梅シロップのお菓子もすっごく多いんだなー!

 梅干しのイメージが強くてすっぱいイメージしかなかったけど……こういう甘酸っぱいのも良い感じだね!

 梅干しも色々な料理に使うみたいだし、梅ジャムも色々出来るみたいだし……梅ってオレが思ってたよりすごいんだなぁ……。

 すごい……木の実? 果物? あれ? 野菜? ん? どれだろ?」


 言葉の途中でそんな疑問に思い当たったらしく、コン君は首を傾げて……そんなコン君に俺は笑いながら答えを教えてあげる。


「正解は果物だね。

 すっぱすぎて果物のイメージがないかもだけど、木になるのは果物と覚えておくと間違わないかな。

 杏とか、モモとか、プラムとか、そういう果物の仲間だと思っておけばいいと思うよ。

 後はネクタリンも仲間に入るんだったかな? 最近はああいう果物も増えてきて……これからのそこら辺を楽しめる季節になっていくねー。

 夏は暑くて大変だけど……こういう果物とかスタミナをつくものとか、疲れが飛ぶ梅干しとか、しっかり食べながら過ごしたいもんだね」


 そんな言葉を受けてコン君は、ふむふむなるほどと言わんばかりの表情をして……そうしてから最後ののし梅をスプーンですくい上げ、器用につるんと口の中に流し込んでみせるのだった。

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