第150話 梅サイダー


 梅シロップを楽しみたがっているコン君をどうにか……10日待ってもらうということでどうにかこうにか説得していると、コン君の耳がピンと立つ。


 それからコン君は何かを聞きつけたのか倉庫の方を見やり始めて……倉庫へと足を向けてみると、倉庫の出入り口に誰かが一人、立っている。


 太陽の光を背負って、がっちりと腕を組んで、なんだか格好つけているその人は……逆光のせいで顔は見えないけれど、履いているズボンや靴やシルエットからして、明らかにレイさんで……俺は一言、


「そんな所で何をしているんですか?」


 と、声をかける。


 するとレイさんは「ふっ」と小さく笑ってから……右手に持っていたらしい小さな保存瓶をこちらに見せつけてくる。


「え、もしかしてそれ梅シロップですか? またなんてタイミングの良い……」


 その瓶の中にあった液体の色を見て俺がそう言うと、レイさんは胸を張りに張ってから「はっはー」と笑って……そうしてからこちらに近付いてきながら声をかけてくる。


「お前と一緒に梅を買って、梅関連の品を入れている棚の整理をすることになって、そしたら去年に作った梅シロップが一瓶、存在を忘れちまってたのか未開封のまま残っててな。

 まさか1年も経ったものを店に出す訳にはいかねーし、かといって捨てるのももったいないし、なら保存食好きのお前にやろうかと思って持ってきたんだよ」


 なんてことを言いながらレイさんは、手にしていた保存瓶をコン君にそっと渡して……両手で保存瓶を受け取ったコン君は、その中にある透明度の高い……ほんのり青梅色の液体を見て、その目をキラキラと輝かせる。



「しっかり梅は抜いた状態で封をしてあるから渋さもないはずだし、1年くらいならまぁ、味の方も落ちてねぇだろ。

 店には出せないってだけで、普通に楽しむ分には全く問題ないはずだから、好きに使ってくれよ。

 ……っていうかあれだ、オレも梅ソーダ飲みたいから、今から作ってくんない?」


 それからレイさんは更にそんなことを言ってきて……俺は笑いながら「わかりました」と返してから家に戻り、改めての手洗いなどを済ませたらエプロンをして、台所に立つ。


 と、言っても梅ジュースや梅ソーダの作り方はとても簡単だ。

 水や炭酸水を冷蔵庫で冷やすか氷を入れるかして、そこに梅シロップを適量混ぜれば良い。


 梅のシロップ漬けがあるならそれを入れても良いし、無くても普通にジュースとして楽しめる。


 そういう訳でコップを三つ用意して、冷蔵庫に入れておいた炭酸水を注ぎ、一応見栄えも考慮して氷を2・3個入れて……梅シロップを適量、味見をした上で注ぎ、マドラーでゆっくり混ぜる。


 シロップの味見をしてみたが、流石はパティシエが作った梅シロップと言うべきか、良い氷砂糖を使っているのかとても柔らかな甘みで……梅ソーダにしても全くクセがなくアクがなく、すっと飲むことが出来る仕上がりとなってくれることだろう。


 これにちょっとの梅酢やお酢を足してサワーにしたり、おろしショウガをちょっとだけ混ぜてジンジャーエール風味や、トマトジュースを混ぜてガスパチョ風ジュースにしても美味しかったりするが……うん、今回は普通の梅ソーダで良いだろう。


 出来上がったならお盆にコップを乗せて居間へと持っていって……正座でワクワクとしながら待っているコン君と、大股を開いてすっかりと我が家気分のレイさんの前にそっと置き……そうしてから自分の席について、自分の分のコップを持つ。


 そうして一口飲んだなら……うん、甘さと酸っぱさがちょうどよくて、冷えた炭酸がなんとも心地良い上品なソーダジュースを味わうことが出来る。


「あれ!? 思ってたより酸っぱくない! 美味しい! これ美味しいよ!」


「まー、1年くらいならな、味は落ちねぇよな、うん」


 続いてコップに口をつけて、コン君、レイさんの順にそんなことを言って……俺はそんな二人に言葉を返していく。


「梅シロップはジャムよりも使っている糖分が多めだからね、そのおかげでバランスの良い味になるんだ。

 まぁ、その分糖分が多めになっちゃうからこうして薄めないと大変なことになっちゃうんだけどね。

 夏とかに汗いっぱいかいた後にこれを飲むと……すっと疲れが癒えて元気がぐんぐん湧いてくるんだよ。

 ……そしてレイさん、梅シロップは多分、2・3年でも平気だと思いますよ」


 するとコン君は「へー! 夏が楽しみ!」とそう言って……レイさんは笑いながら言葉を返してくる。


「いや、ま、味はそうなんだろうけどな、味は。

 それでもまぁ、客に出すものはなるべくその年の、新鮮なやつが良い……と、オレは思ってるんだよ。

 科学的な根拠がある訳じゃねぇけどさ、人間でも動物でもその年の天候に合わせて体調っていうか、体全体の調子が変わるって話があるんだよ。

 で、それにはその年の……人間と同じ天候で育った果物や野菜の方が合うなんて話もあって……まー、それが本当か嘘かは分からねぇけど、なんとなく分かるっていうか、気持ちの問題としてさ、そういうのは意識したくなっちゃうんだよな」


 それは恐らくレイさんの、プロとしての拘りみたいなものなのだろう。

 ならばそれ以上口を出すのも無粋かと、一旦言葉を飲み込んだ俺は……台所の方を見やりながら声を上げる。


「なるほど……。

 こんなに美味しいなら、他の色々な飲み方っていうか、食べ方もできそうですね。

 シャーベットも美味しくなるでしょうし、ゼリーもいいでしょうし……後はヨーグルトに混ぜても美味しいかもですね。

 後は白玉を用意してのフルーツポンチとか。

 スイカとかの夏のフルーツを用意して作ったら……さっぱりあっさり美味しいのが出来上がりそうですね」


 それはあくまで素直な感想というか、思いついたままを口に出しただけというか、それだけのものだったのだけど……それを受けてコン君とレイさんの目の色が変わる。


 コン君は食欲全開の目となって、レイさんはそんな手もあったのかという、職人の目となって……そんな目で二人は俺のことを見つめてきて、今すぐにそれを作って欲しいとでも言いたげな、物欲しげな表情をこちらに向けてくる。


 それを受けて苦笑をした俺は、いや、レイさん、貴方はプロなんですから自分で作ってくださいよとか、そんなことを思いつつ……何を作るにしても材料が無かったり時間がかかったりなので、


「また今度……時間とか材料とかに余裕がある時なら良いですよ」


 と、そんな言葉を返すのだった。

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