第149話 梅シロップ
酒を作っていた……と言っても、まさか完全に材料から作っていたということはないだろう。
美味しい酒を作ろうと思ったらそれ相応の設備がいる訳で、発酵などを管理する必要がある訳で……せいぜい作ったとしても梅酒のような、果物を漬け込んだ果実酒になるのだろう。
ここは獣ヶ森で酒税法をある程度無視出来るといっても、粗製乱造なんてことをしたら健康面などで問題になるのだろうし……そういった道具とか設備とかが残されていなかった点からしても、その点は明白だった。
そうすると曾祖父ちゃんはこの辺りの棚を……結構な範囲の棚を果実酒やらで埋め尽くしていた訳で……いやはやまったく、どれだけの種類の酒を作っていたのだろうか。
果実酒と言うと……梅酒やユズ酒、レモン酒なんかが有名だろうか。
他にもコケモモとか、リンゴ、パイナップルにイチゴ、杏、スモモ、カリン、桑の実、サルナシ、ナナカマド、サクランボ、クコ……いや、うん、改めて考えてみると、結構あるもんだなぁ。
他にも果実酒とは呼べない変わり種として、ゴマ、黒豆、山椒、ショウガ、シイタケ、ミント、アロエ、ニンニク酒なんかもあって……曾祖父ちゃんのことだ、体に良いからというお題目を掲げてここら辺の酒を飲みまくっていた可能性も高いかもしれないなぁ。
「……にーちゃんもお酒作るの?」
そんな考え事をしていると、棚にちょこんと腰掛けたコン君がそう言ってきて……俺は「うーん」とそう言ってから更に考え込み……そうしてから言葉を返す。
「いや、俺は作らないかなぁ。
お酒はまぁまぁ飲むし、嫌いじゃないんだけど、作ってまではってのがあるからね。
皆が飲むっていうなら梅酒くらいは作っても良いかもしれないけど……なんていうか、こう、テチさんとか獣人の皆さんの好みを思うと、市販のビールのほうが良いんじゃないかなってのがあるんだよね……皆お肉好きだし」
「ふーん? お肉にはビールなんだ?
そっかー……作らないのかー、飲んだことはないけど、梅酒の匂いは甘そうで嫌いじゃなかったかなー」
「ああ、うん、そうだね。
梅酒は甘いお酒だから、匂いも甘くなるだろうねー……っていうかあれだよ。
これから作るつもりの梅シロップを炭酸水でいい感じに割れば梅酒のような味のジュースになるよ。
昔はそんな感じで梅のジュースとかいって市販もされていたしね、瓶に入っていてあまーく漬けた梅の実も入っている美味しいジュースが」
「……甘い梅ってジャムみたいな?
それをジュースに……う、ちょっと飲んでみたいかも」
と、そう言ってコン君が上目遣いでこちらを見上げてくる。
以前梅シロップの話をしたときは食いつきが悪かったというか、梅シロップよりも梅ジャムが良いと、コン君はそんなことを言ってしまっていた。
だけれども今更になって梅シロップの方も気になりだしたようで……俺は思わず笑いながら言葉を返す。
「心配しなくても梅シロップもちゃんと作るつもりだから、大丈夫だよ。
出来上がったら皆でジュースにして飲んだり、ゼリーにして楽しんだり、それとシャーベットみたいにするのも良いかもね。
梅シロップは夏バテ対策にもなるそうだから、夏になったらもう、毎日のように味わうことになるかもよ?」
するとコン君は上目遣いをやめて、顔を上げて笑顔をぱぁっと咲かせて……そうしてから棚から飛び降りて床に立ち、タタタッと駆け出し……まるで俺を先導するかのように、我が家へと戻ろうとする。
そんなコン君の、今すぐ梅シロップを作り始めようと言わんばかりの態度を受けて、更に笑うことになった俺は……笑いながらコン君の後を追いかけていって、家に戻り、手洗いなどを済ませて台所に向かう。
台所に向かったならテーブルの上に置いておいたエコバッグに手を伸ばし……その中からこっそり買っておいた、袋詰の青梅を取り出す。
この時期は梅がいくらあっても足りないというか、あればあるだけ加工品に出来るというか、山のように買っても全然無駄にならないので、ウナギなどを買ったついでに買っておいたそれを……まずは水洗いしていく。
水洗いをしたならヘタを取り、布巾で水気を良く拭いて……そうしたならシロップ用の保存瓶の準備を始める。
「あれ? にーちゃん、今回はアク取りしないの?」
保存瓶の準備……アルコール消毒やら何やらをしているとコン君がそんな問いを投げかけてきて、俺は作業を進めながら言葉を返す。
「うん、今回はしないかな。
別にしても良いみたいなんだけど、梅シロップのレシピを見る限りアク取りが必要とかは書いてないことが多くてね、アクもあれはあれで味の一つではあるから、必要ない場合は出来るだけしないようにしているんだ。
という訳で今回は、綺麗に洗ってヘタを取って、傷がついているのはジャム用に別にして、残りはそのまま使うって感じになるかな。
そして梅シロップ作りはすっごく簡単だから、今度コン君も真似してみるといいよ」
そんなことを言いながら保存瓶の消毒をしっかりと完了させた俺は……水気をしっかりと拭き取った梅を、保存瓶を斜めにし、その中に転がしていく。
上から落としてしまってもいいのだけど、そうやって打ち付けた所が変形したり変色したりするのが嫌で、かと言って折角消毒した瓶の中に手を突っ込むのも嫌で……なんとなくそんな風に入れるのがクセになってしまっている。
転がして転がして、梅がある程度の数となったら瓶を下に戻し梅が横に広がり、隙間のない梅の層が出来上がったのを確認したなら……次は氷砂糖をゴロゴロと入れていく。
そうやって梅の上に氷砂糖の層を作ったら、また梅を入れて、梅と氷砂糖の層が交互になるようにどんどんと入れていって……瓶の中が一杯になるか、梅全部を入れ終えたら作業は終了、蓋をしっかりと閉めておく。
「……え? これだけ?」
蓋を締めるなり俺が片付けを始めたのを見て、コン君がそんなことを言ってきて……俺は片付けの手を進めながら言葉を返していく。
「うん、これだけ。
後は1日に2・3回、瓶をくるくると傾けて溶け出した蜜が偏らないように、全体に行き渡るようにするだけかな。
そうやって10日程待てばシロップが出来上がってきて……そこからは冷暗所に寝かせて熟成するのを待つ感じかな。
……大体一ヶ月半もすれば美味しいシロップの出来上がりって感じだね」
「……一ヶ月半!? そんなに待つの!?
梅干しと良い、梅は時間かかりすぎだよ!?」
「あははは、まぁ、気持ちは分かるけどねー、美味しさを味わうためにはじっくり待つことも必要なんだよ?
まぁ、どうしても待てないって言うなら10日経った時点の……まだまだ熟成しきってないシロップを楽しむことは出来るかな。
あ、一ヶ月半経ってシロップが出来上がったら梅はおたまとかですくい出して別の容器で保存するようにね、あんまり長く漬け込んでおくと変な渋さが出ちゃって、美味しくなくなることがあるからさ」
そんな風に説明を終えるとコン君は、梅と氷砂糖でいっぱいになっている保存瓶に近づいて……じぃっとその中身を見つめて、物凄い視線で見つめて……そうやってから瓶越しに俺のことをじぃっと見つめてくる。
瓶のカーブで歪んだその顔は、絶対に一ヶ月半も待てない、10日が限界だとそう訴えてきていて……その顔に思わず吹き出した俺は、
「じゃぁ10日後に、味見ってことでほんの少しだけを楽しもうね」
と、そんな言葉を返すのだった。
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