第123話 コンフィ


 パルミジャーノ・レッジャーノを使ったパスタは……以前も作ったカルボナーラで良いだろう。


 チーズを楽しむならこれが一番のパスタだし……仕上げにたっぷりとかければ以前とはまた違ったカルボナーラが楽しめるはずだ。


 パンチェッタは既に使い切っているので、市販のベーコンを使って……後は以前と同じように仕上げていく。


 パルミジャーノ・レッジャーノを混ぜた生クリームに卵黄、胡椒に……仕上げのパルミジャーノ・レッジャーノ。


 かなりのハードチーズのパルミジャーノ・レッジャーノを粉にするのが大変なくらいで、他の作業のほとんどがささっと終わる楽なものだった。


 後は適当に生野菜を洗って切り分けて用意しておいたサラダと一緒に配膳し、テチさんがちょうど良いところで帰ってきてくれるので、三人揃ってのランチタイム突入だ。


「……ふむ、以前食べたものとはまた違った味わいだな。

 肉の味がかなり落ちているが……チーズの味がかなり良くなっているな」


 誰よりも早くひとくち食べて感想を口にしたのはテチさんだった。

 テチさんはパルミジャーノ・レッジャーノを使っていることを知らないはずなのだけど……それでもその嗅覚と味覚で違いに気付いたらしい。


 そして次にカルボナーラを口にしたのはコン君で……目をキラキラと輝かせながらもぐもぐと口を動かし、ごくんと飲み込み……そうして少しだけ不満そうな顔になって声を上げてくる。


「チーズは美味しい! すごく美味しいけどベーコンがいまいち!

 このチーズとパンチェッタがあれば最高だったのに!!」


 すっかりと舌が肥えてしまったらしいコン君のそんなコメントに笑った俺も続いて口にし……そうしてパルミジャーノ・レッジャーノの旨味にノックアウトされる。


 チーズの王様は伊達じゃないというか、全てが完璧に仕上がっているというか……ベーコンに旨味が足りなくても、それでもドカンと強い旨味でもってカルボナーラの味を一段も二段も上に引き上げてくれていて……確かにこれにパンチェッタを組み合わせたらと思わずにはいられない。


「うーむ、流石はイタリアのチーズの王様……。

 パンチェッタもカルボナーラもイタリア料理な訳で……長い歴史と伝統があるだけに、一番美味しい組み合わせっていうか、『形』が出来上がっている感じがあるねぇ。

 今度はしっかりとパンチェッタも作った上で作ってみるかなぁ……」


 ひとくち食べ終えて口の中が空になってからそう言うと……テチさんが首を傾げながら「チーズの王様ってなんだ?」とそう疑問の声を上げてくる。


 それを受けて俺がついさっきあったことと、パルミジャーノ・レッジャーノが何であるかを説明すると……テチさんはいつになく目を輝かせながら、良い表情になりながら言葉を返してくる。


「なるほど、これが本場のイタリアチーズなのか。

 私達は海外旅行とかにはいけない身だが、それでもこうやって本場のものを食べることができるんだなぁ」


「うん、それがチーズの良さでもあるからね。

 すぐに悪くなってしまうミルクを少しでも長持ちするように加工して、輸送とかをしやすくして、もちろん美味しくなるように工夫もして。

 そこまで保存性は良くないけども、それでもある種の保存食のようなもので……しっかり手間をかけてあげれば、じっくり長く楽しめるからね」


「そうか……なるほどな。

 なら今度はこのチーズとパンチェッタ、両方揃っての本物のパスタとやらを楽しませてもらおうか。

 ……本場イタリアの……イタリアの……うん? チーズの本場ってイタリアなのか?

 フランスってイメージもあったが……」


「フランスもまたチーズの本場だね。

 フランスにもフランスチーズの王様、ブリー・ド・モーっていうのがあるし……。

 フランスもイタリアも食に関しては譲らないものがあるからねぇ……手間もお金もかけて、それでいて伝統を大事にしていて……。

 ……まぁ、うん、二人がそんなに喜んでくれるなら、もっとイタリア料理とフランス料理を出せるように、頑張ってみるよ」


 と、俺がそう言うとテチさんは柔らかく微笑み、コン君は目をぎゅっとつぶってのいつもの笑顔になる。


 そんな二人の笑顔に釣られて俺もまた笑顔になって、三人で笑みを浮かべながら食事を続けて……完食したならお茶を用意し、ゆっくりと飲みながら腹を休める。


 そうやって穏やかな時間を過ごしていると……急に何かを思い立ったのかハッとした表情のコン君が元気な声を張り上げる。


「そうだ! イタリアとフランスのご飯がそんなに美味しいなら、ミクラにーちゃんはイタリアとフランスの保存食を作れば良いんだよ!

 たくさん作ってたくさん保存して、いつでも食べられるようにして……そしたらオレ達好きな時に美味しいご飯を食べられるじゃん!!」


 食欲に素直というか、ド直球というか、そんなことを言って良い顔をするコン君。


 そうは言ってもイタリアとフランスの保存食なんてそこまで詳しくはないし、そういうものこそ本場である現地で作った方が美味しくなるものだし……中々難しいことを言ってくれるなぁと、苦笑した俺がスマホで検索して調べてみると……ある料理の名前がヒットし、そのページを開いた俺は思わずその名前を口にする。


「コンフィ……コンフィかぁ。

 そうか、コンフィって保存食だったんだなぁ……しっかりと瓶詰めにしたら、数カ月は保つのか。

 それでいてジューシーなままで美味しさも損なわれない、と……なるほど」


 それはフランスの料理、というか保存食の名前で、そんなことを呟いた俺に視線を向けてきたテチさんとコン君は、それが一体何であるのかの説明をその表情で求めてくる。


「えーっとね……カモとかアヒル、ガチョウとかのお肉を油で煮た料理のことをコンフィと言うようだね。

 他にも砂糖で煮詰めた果物とかもコンフィって言うみたいで、保存性の高い液体で煮込んだ保存食の総称ってことになるのかな」


 似たフランス料理でコンポートというものがあるけども、コンポートはすぐに食べるものなので保存性は無視していて、コンフィは保存性が優先ということになる……らしい。


「油で煮る? 揚げるんじゃなくてか?」


 そんな俺の説明に対しテチさんがそう返してきて、俺は頷きながら言葉を返す。


「うん、煮る。

 スペイン料理のアヒージョみたいな感じって言えば分かるかな? 低音の油でじっくり煮て……十分に火が通って柔らかくなったら、油ごと瓶詰めにして保存するみたい。

 で、食べる時に油の中からお肉だけを取り出して、オーブンで焼いて食べる。

 油でしっかりと包んでいるから腐ったりしにくくて、油で包み込んでいるからジューシーなままで、焼いた後にハーブやレモンを添えて食べるとたまらなく美味しいみたいだね」


 油で保存する保存食は世界各地にあって、様々な種類があるのだけど……フランスのコンフィは流石というかなんというか、ただ保存するだけでなく、どうやったら美味しく保存できるのかと研究して、ただの保存食ではない一つの料理としてグレードアップしているようだ。


 鶏肉以外にも羊肉やソーセージとかを作っていて……イタリアの方でも魚やタコのコンフィを作っているそうだ。


 レストランで何度か食べたことがあり、その時は保存食とかの意識はなく、ただ普通に美味しい料理として食べていたのだけど……なるほど、それ程のレベルの美味しさになってくれるのなら、作る価値があるかもしれない。


 作ってたくさん瓶詰めにして、その瓶を倉庫に並べて……うん、悪くないんじゃないかな?


 と、そんなことを俺が考えていると……テチさんとコン君がじーっと、物凄い目での視線を俺へと送ってくる。


 その目は明らかなまでに欲の色に染まっていて……食欲がむき出しで、コン君に至ってはジュルリと音を立てて口の中でよだれを唸らせている。


「……ああ、うん、はい、今度作ってご飯として出すことにします」


 その目に負けて俺がそう言うと、二人は笑顔で満足そうに頷いて……そうして俺は二人のためにスマホを操作し、コンフィのレシピを調べまくるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る