第122話 チーズの……
食事の後にテチさんと話し合い、リフォームはタケさんと話した方向で進めるということが決まった。
後は見積書が出来上がるのを待って、それを見ながらどれだけのお金をかけるかの相談をして、それがまとまったらリフォームの予定を本格的に立てていく、ということになった。
更に結婚式も来週の連休の初日、水曜日にやろうということになり……その日に間に合うように食事やら何やらの準備をしていくことになる。
……と言っても燻製肉の仕込みは終わったし、ドレスや礼服は来るのを待っている状態だし、特に焦ってどうこうする必要はなく……ただただ来週の水曜日を待つだけの日々が続くことになる。
そうした話し合いを終えて、翌日。
テチさんは畑に向かい、コン君は家に残って俺の手伝いをしてくれることになって……コン君と一緒に掃除やらの家事をこなしていく。
コン君はその小柄さを利用して家具と家具の隙間や、その身軽さを利用してタンスの上や、欄干の辺りや、屋根裏などの掃除をテキパキとしてくれて……お世話になっているからと一生懸命に手伝ってくれていた。
コン君に手伝ってもらいながら廊下や居間、寝室などの掃除を終えたら……最後は台所の掃除を念入りに行うことになる。
食材を保管し、食事を作る場でもある台所の掃除は他より念入りにやる必要があると考えていて、今までもそうし続けていて……今俺とコン君がやってくれているのは、アルコールスプレーを使っての拭き掃除だ。
それでどれだけの掃除効果があるのは謎だけども、やらないよりはマシだろうと考えていて……俺が床や壁を拭く中、コン君は棚の戸や中、天板などをさっさと拭いていってくれる。
そうやって掃除を進めていって……隅々までを拭き終えてから、階段下の収納スペースにスプレーなどをしまいながら「やれやれ疲れたなぁ」なんてことを言っていると、その様子を見守っていたコン君が、首を傾げながら声をかけてくる。
「そう言えばにーちゃん、台所の食器棚の上にある、大きな棚からさ、なんか良い匂いがしてきてたんだけど……あそこって何が入ってるの?
戸を開けて確認してみたんだけど、なんかこう、ごちゃごちゃとホットプレートとかたこ焼き器とかがいっぱい入ってて、奥に何があるのかはよく分かんない感じでさー……でも確かにあそこから良い匂いがするんだよなー」
その声を受けて俺は……あそこにそんな良い匂いのするものなんてしまったっけ? と、そんな事を考えながら言葉を返す。
「んー……引っ越しの際のゴタゴタの中で適当に押し込んだ感じだから、正直あそこに何があるのかはよく覚えてないんだけど……コン君の鼻的にはどんな匂いだったの? 何か匂いが似ている食べ物とか思い当たらない?」
「んーとねー……チーズの香りに似てる気がする。
でもチーズってもっとこう、香りが強いような気が……」
「チーズ? チーズをあんなところには……置かないはずなんだ、け、ど……って、あぁ!?」
コン君の言葉で、すっかりと忘れ去っていた、一時的にそこに置いておくだけのつもりだったある物の存在を思い出した俺は、慌てて台所に向かい、椅子の上に立って足場にして、天井近くに設置された棚の戸をあける。
戸を開けて、中のものを順番に出していって……そうしてから最奥にしまわれた、真空パックされた塊を引っ張り出す。
そうしたなら一旦それをテーブルの上に置いて、引っ張り出したものを棚の奥へとしまい直して……そうしてから真空パックされたそれを改めて手に取り、目に近付けたり、蛍光灯の光に良く当ててみたりして、その様子を確かめる。
「ミクラにーちゃん、なにそれ、チーズ?」
「ああ、うん、退職の際に上司からもらった結構な高級チーズでさ……ちゃんと管理しなきゃいけないのを忘れていたよ。
コン君、これからカビくさい匂いとかしてくる?」
そう言って俺がそれをテーブルの上に立って興味深げにこちらを見てくるコンの側に近づけると、コン君は一生懸命ふんふんと鼻を鳴らしながら匂いを確かめてくれて……しつこいくらいに確かめてくれてから、いつもの笑顔になってその指で○を作り出し「問題ないよー!」とそう言ってくれる。
「あー……良かった良かった。
あの人が物凄いシブ顔で譲ってくれたパルミジャーノをカビさせたなんてことになったら、会わせる顔がなくなるところだったよ」
それを受けて安堵のため息を吐き出し、そうしてからそんな言葉を漏らすと、コン君が興味津々といった表情で弾む声を上げてくる。
「なになに、それって凄いチーズなの? パルミ……ジャン?」
「パルミジャーノ・レッジャーノ。イタリアで伝統的な手法で作られている、チーズの王様と呼ばれているチーズだね。
最低でも1年かけて熟成させるチーズで、旨味がうんと深くて、食感もたまらなくて、これをかけるだけでパスタやサラダのランクがぐんと上がるって言われているチーズなんだよ」
俺がそう言葉を返すとコン君は、再度鼻を鳴らしパルミジャーノ・レッジャーノの香りを楽しみ始めて……その様子を見つめながら俺は説明を続けていく。
「コン君がパルミジャンって間違えていたけども、似た名前のパルメザンチーズって覚えてない?
以前パンチェッタのカルボナーラに使ったチーズで、あれはパルミジャーノ・レッジャーノを楽に作ろうとしたっていうか、機械工場で熟成させずに作ったイミテーション、パルミジャーノ・レッジャーノの偽物なんだ。
だからまぁ、逆の言い方をすると、パルメザンチーズの旨味と香りを良くして、うんと美味しくしたらパルミジャーノ・レッジャーノの味になるって感じなんだよね。
使い方もだいたい同じ、パルメザンみたいに細かくして料理などに振りかける感じだね」
「へーへーへー!
パルメザンの王様なのかー! そんなに美味しいチーズがあったなって、知らなかったなー!」
なんとも白々しい態度でこちらをチラチラを見ながらそう言ってくるコン君に、俺はこくりと頷いてから、真空パックの切れ目の部分を掴み……一気に開封する。
パルミジャーノ・レッジャーノの保存方法は色々と言われているけども、オーブンシートに包んで定期的に空気に触れさせるようにしながら、冷蔵庫での保管が良いとされている。
他の食べ物の香りを吸い込んでしまうことがあるので、シートにくるむだけでなく更にタッパーなんかに入れたりもして、大事に大事に管理しておく必要がある。
とにもかくにも一旦開封し、空気に触れさせる必要がある訳で……そのために開封した結果、たまらにチーズの香りがふんわりと広がってくる。
「おおー……! すごく良い香り! 美味しそう!
そして、うん、パックから出しても変なカビの匂いは一切しないよ!」
するとコン君がそう言ってくれて……俺はもう一度頷いてから、パルミジャーノ・レッジャーノを台所にもっていき、一部を包丁で切り取り……残りをオーブンシートで包み、タッパーに入れてから冷蔵庫の、なるべく他の食品から離した位置に押し込んでおく。
そうしたなら切り取った一部を手にとって、流し台の棚からおろし器と深皿を取り出して……、
「今日のお昼はパルミジャーノ・レッジャーノのパスタにしようか」
と、そう言ってからチーズの中でもかなり硬い、ハードタイプなパルミジャーノ・レッジャーノを摩り下ろし深皿の中に落としていく。
するといつもの椅子に腰掛けながら様子を見守っていたコン君は……余程にこれの香りが気に入ったのだろう、深皿のすぐ側に近づいてきて……摩り下ろし終わるまでの結構な時間の間、嬉しそうな顔で尻尾をゆらりと揺らしながら……パルミジャーノ・レッジャーノの香りを堪能するのだった。
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