第120話 リフォームの話


 コン君との鍛錬を続けていって……疲れたなら汗を拭ってお茶を飲んで。


 まだまだ動けそうだからとまたやって……と、時間を過ごしていると、森の中でガサゴソと……なんとも大きな音が響いてくる。


 子供達が出すような音でもなく、獣が出すような音でもなく、それでいてなんとも雑というか大雑把というか、落ちている木の枝なんかをバキバキと踏み潰しながらこちらへと向かってきていて……俺とコン君が動きを止めて棒を構えながら、そちらに注目していると、ぬっと大柄な男性……クマ獣人のタケさんが顔を出す。


 筋骨隆々で厳つい顔をしていて、真っ黒な髪は短く切りそろえていて。

 20代中頃か30代か、生命力に溢れていて、若々しくて……それなのに頭の上には可愛らしいクマの耳が乗っかっている。


 服はジャージで、あちこちが擦り切れかけているジャージがはちきれん程に筋肉があって……そんなタケさんがこちらを見るなり笑顔になって声をかけてくる。


「よ! リフォームの件で足を運ばせてもらったぜ」


「……え? タケさんって建築業だったんですか?」


 構えと警戒を解きながら俺がそう言葉を返すと、タケさんは笑顔を深くしながら大きな声を上げてくる。


「そこは大工さんって言って欲しいとこだな!

 見ての通り俺達クマ獣人はガタイが良いからな! 大工やら肉体労働をすることが多いんだよ!

 そういう訳であるれいからリフォームの話を聞くことになって……今日は下見とご相談に来たって訳だ。

 ご相談ってのはずばり、何処までの耐火建築にするかって部分だな」


「何処まで……ですか。

 ……とりあえず、縁側に座ってお待ち下さい、着替えやらを済ませたらお茶を用意しますので」


「お構いなく」


 なんて会話をしてから俺はコン君を抱えて駆け出して……二人でさっとシャワーを浴びて汗を流して着替えを済ませてお湯を沸かし……お茶を淹れてお茶菓子を用意してから縁側に向かう。

 

 するとタケさんは、お茶菓子用の器にいれた煎餅をぐわりと手で掴んで3・4枚を一気に口の中に放り込み、バリボリと食べたなら熱いお茶を気にすることなく一口で飲み干す。


「……で、待ってる間ここから家をざっと見させてもらったんだが、この家で耐火建築ってのは、結構難しいよな。

 耐火ってぇのは大きく分けて二つ、燃えにくくするってのと、火が入りにくくするってのがあるんだよ。

 燃えにくくするってのは、まぁそのままだな。この家なら屋根をとっかえて、木材をところどころ入れ替えて……部屋と部屋の間や屋根裏なんかに耐火材を埋め込んだりすることになる」


 飲み干すなりそう話を初めて……縁側に腰かけた俺はタケさんの話に聞き入りながらメモ帳にペンを走らせ、コン君は好奇心でいっぱいという表情をしながらタケさんの側に正座でちょこんと座る。


「で、火を入りにくくするってのはだ、例えば瓦屋根なら瓦と瓦の隙間を薬剤なんかで埋めて、そこから火の粉が入らないようにしたりとか、ガラス窓とサッシを耐火性能のあるものにして、近場で家事が起きても絶対に割れず火の粉を中に入れないようにしたりとか、そんな感じになるんだよ。

 だがまぁ……この縁側とかを見ると中々それは難しいよな、これ全部窓で覆って、床下とかも補強して、壁全体に手を入れてなんて話になったら……建て替えた方が安くなるんじゃないかってレベルになっちまうわな」


 その言葉に俺は頷くことしかできない。

 風が通りやすく、人の出入りがしやすく……そういう風に作れば当然、火の粉も入り込みやすくなってしまう。


 それを防ぐとなったらもう、そもそもの作りを変えるしかなく……それはつまり縁側のある家という基本的な構造の否定になる訳で、それをやるとなったらリフォームではなく、建て替えをするという話になってくるだろう。


「だからまー……最低限のリフォームをしたら、家そのものじゃなくて他の部分での防火対策をするべきだろうな。

 クロマツ、サンゴジュ、シラカシ辺りの木……燃えにくくて太くて丈夫な防火樹をだな、家を囲うように植えるんだよ、そうしときゃとりあえず外からの火には強くなるからな。

 次に防火水槽と消火設備の設置だ、個人宅でそんなことをしてるやつは少ねぇが……あれば初期消火がうんと楽になるからな、消火器なんて比にもならん安全性だぜ。

 それと火災報知器、ちょっとの火が出たらやっかましいくらいに音を立てるのを設置すると良い。

 最近じゃ近所の家と連動するのがあってな、ある程度の距離の家が火事になったら鳴ってその危険を報せてくれるのまであるからな、それを導入しておきゃぁいざという時にいち早く行動が取れるだろうよ。

 それこそ消火設備を使って防火樹に水を撒いときゃぁ、怖いことなんか何にもねぇよ」


 タケさんのその言葉に俺は目を丸くする。

 それはもうリフォームどうこうの話ではなく、大工さんがどうこうする話ではなく……純粋な防災防火の話になっていたからだ。


 タケさんがそうした知識を持っていることにも小さく驚いていたのだけど、何より俺がその防火樹やら防火水槽やら報知機やらで満足してしまったら、満足したからリフォームしないなんてことを言い出したら、タケさんとしては大損をしてしまうはずなのに、それでもそういう話をしてくれていることに、俺は大きく驚いていた。


 そんな俺を見てタケさんは大きく笑い……笑いながら俺の内心を透かしたような言葉を続けてくる。


「安心しろ、そういう話になっても俺が損することはねぇからよ!

 なんでかっていうと、防火水槽を置くような業者もクマ獣人で、防火樹を植える造園業をやっているのもクマ獣人で、火災報知器の設置なんかをやってる消防署の職員もそのほとんどがクマ獣人だからな、どう転んでも俺の家族や親戚が儲かるようになってんだよ!」


 タケさんのその言葉に俺が更に驚いていると……正座をして話を聞いていたコン君がなんとも元気な声をあげる。


「オレ知ってる! クマ獣人は火が怖くなくて火に強くて、力も強いから消防士さんとしてすげー活躍してくれるんだよ!

 火事になった家に取り残された人とかいると、ものすげー勢いで火の中に突っ込んで、崩れた壁とか柱とかをさっと片付けてどかしちゃって、その人を抱えてダッシュで出てくるんだよ!」


 するとタケさんは「おう! よく知ってんな! 偉いぞ!」なんてことを言って、その大きな手でコン君の頭をグリグリと撫で回す。


 その力が強すぎて勢いに負けてしまって、座っていたコン君がこてんと転んでしまって、それを受けてタケさんは慌ててコン君に謝り始めて……そんな様子を見て俺は小さく笑う。


 タケさんは恐らく本当のことを言っていて、ウソは一切混ぜていなくて……営業トークをするつもりもなくて、純粋に俺……というか、この家のことを考えての提案をしてくれているのだろう。


 そんなタケさんとその親戚に任せておけば、きっと良いようにしてくれるはずで……俺達が困るようなことはしないはずで、そんなタケさんを信頼して俺は、メモ帳を片手にリフォームや防火対策についての細かい質問をし始める。


 その質問にもタケさんはしっかりと、真剣に答えてくれて……そうしてその相談は日が沈む、夕方まで続くことになるのだった。

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