第118話 野菜ソースのポークソテー


 ゴロゴロと台所の床を転がって、悩みに悩んで結論が出ず、更にゴロゴロと転がったコン君のお腹がぐーと鳴る。


 その音を受けてピタリと動きを止めたコン君は、台所の床にコテンと横たわりこちらに視線を向けてくる。


「……にーちゃん。

 黒豚って美味しいの?」


 そうしてかけてきた言葉はとてもシンプルなもので……そんなコン君に俺は笑いながら言葉を返す。


「そうだね、とっても美味しいよ。

 もちろん好みはあるんだろうけど、しっかりとサツマイモで育てた黒豚は豚の中で一番と言っても良いんじゃないかな」


「……そっか、そんなに美味しいなら食べてみたいけど、来週まで食べらんないんだよね? 燻製には時間かかるもんね?」


 お腹をもう一度ぐーと鳴らしながらのコン君のその言葉は、暗に今すぐ黒豚を食べたいとそう伝えてきていて……燻製の下準備を一通り終えた俺は、道具を片付け、一旦流し台を綺麗にしてから、冷蔵庫のドアをあけて……中から今日買ったパック入りの豚ロース肉を取り出す。


 このロース肉も黒豚のもので、きっとコン君が食べたいと言うんだろうなぁと思って買っておいたもので……それを見るなりコン君は、がばりと起き上がって流し台へと駆け上がって、椅子をいつもの位置に戻し、そこに座り……その目を輝かせながらいつもの見学モードに入る。


「今日のお昼はお肉ですか!!」


 そしてそんな声を上げてくるコン君に俺は先程よりも大きく笑いながら言葉を返す。


「あはははは、うん、そうだね、お肉だね。

 といっても今日は時間がない関係でそこまで凝った料理にはしないから、そこは許してね」


 と、そう言ってから俺は、残りの具材を冷蔵庫の中から取り出していく。


 ピーマン、ニンジン、セロリ、玉ネギにトマト。

 それとレモンを取り出し、棚から瓶入りバジルと、これまた瓶入りの塩とコショウを取り出し……準備完了。

 

 野菜を洗って、細かくみじん切りにしていく。


 ピーマンも、ニンジンも、セロリも玉ネギもみじん切りにし、レモンは使いやすいように切り分けておいて、トマトも出来るだけ細かく切っていく。


 トマトを切るのは最後にして……切ったらすぐにトマトの汁? 果汁? を出来るだけこぼさないようにしてお皿に移して……そうしたら黒豚ロース肉の下ごしらえだ。


 脂と身の間に切れ目を入れて、塩は少なめでコショウはしっかり振って、両面とも同じ処理をしたら馴染むまで放置しておく。


 豚肉を触ったので一旦手を洗って、洗ったらフライパンを用意して……まずはソース作りからだ。


 と、言ってもそこまで難しいことはしない。


 フライパンを熱したらオリーブオイルを入れて、野菜を入れていって……ある程度熱が通ったらトマトを入れる。


 そうやって弱火か中火で炒めていって、野菜の水分引き出し絡めていく感じでソースにしていって……バジルと少なめの塩、コショウを入れて、味を整えていく。


 人によってはニンニクを最初に入れたり、砂糖を入れたりもするんだけど、個人的な好みからそれらは無し、野菜の味をしっかりと出したさっぱり目のソースを目指していく。


 甘さはニンジンと玉ネギで、香りはピーマンとセロリとバジルで、酸味と水分はトマトで出して、野菜の味を堪能出来るソースが出来上がってきたら、最後にレモン果汁を絞って垂らして完成、後は用意した器に移しておく。


 甘みと旨味が濃い黒豚のロース肉には、こういう感じのさっぱりソースが合うと個人的に思っている。

 砂糖を入れてしまうと甘さが過剰で、ニンニクを入れてしまうと香りと風味が過剰で、さっぱりとした方が美味しくなる……はずだ。


 ソースが出来たなら後は黒豚ロース肉のソテー作りだ。


 フライパンをキッチンペーパーで拭いて、オリーブオイルは少なめ、お肉を入れたら、弱火か中火でじっくり熱していって……脂が溶け出てきて、少し多すぎるなと思ったら廃油入れに少しずつ捨てていって……焼色がついたら少し火を強めて、両面をしっかりと焼いていく。


 しっかり火が通ったらそれで完成、後は盛り付けて配膳して……ちゃぶ台の中央にどかんと、ソース入りの器を置いて、各自好きなだけソースをかけてもらう形となる。


 そんな感じで配膳を終えると、ずっと作業を黙って見ていたコン君が居間へと駆けてきて……自分の席について、目の前にあるポークソテーの香りをおもいっきりに吸い込む。


「良い匂いー!!」


 そしてそんな声を上げて……ポークソテーはそこまで香りの強い料理では無いのだけど、どうやら獣人のよく効く鼻で、その弱い香りを存分なまでに堪能しているようだ。


 そうやってコン君がポークソテーの香りを堪能していると、お昼休みになったテチさんが帰ってきて……手洗いうがいなどのいつもの流れを済ませて席につき、それを受けて俺がご飯とお味噌汁の準備をし……三人がちゃぶ台にそろったら「いただきます!」と声を上げて、昼食の時間となる。


「ふーむ、濃い目に味をつけたトンテキなら食べたことがあるが、野菜ソースをかけて食べる豚肉というのは初めてだな」


「オレもオレもー!」


 なんてことを言いながらテチさんとコン君が順番にソースを……お試しのつもりなのかほんの少しだけかけて、ナイフでもってポークソテーを小さく切り分け、それをフォークでもってソースと一緒にすくい上げて口に運ぶ。


 俺もそれに続いて口の中に運び……一噛みするとなんとも言えない幸せの味が口の中いっぱいに広がる。


 黒豚の甘みと旨味がまずあって、それを野菜達が引き立ててくれて……野菜の味もほんのりと感じることが出来て、その味をもっと感じたいと思ってどんどんと口が動いて。


 噛んで噛んで、気付いた時には口の中のものを飲み込んでしまっていて……もう一切れ食べたいと、もう一度ソースを味わいたいと自然と手が伸びてしまう。


 そうやって俺がポークソテーを楽しむ中、テチさんもコン君も初めての野菜ソースポークソテーを存分なまでに楽しんでくれているようで……細かく刻んだ野菜がボロボロとお皿の上にこぼれ落ちてしまう程に山盛りにしたりして口の中に運び……無言で笑顔でもぐもぐと口を動かしている。


 甘くて酸っぱくて香りもしっかりと強くて。

 色々な野菜の味を楽しむことが出来て、そのおかげで飽きることなく食べることが出来て。


 黒豚との相性抜群のソースがメインでもあり、黒豚がメインでもあり……気付いた時にはポークソテーが乗っかっていた皿も、ソースが入っていた器も空っぽになってしまっている。


 ポークソテーを食べることに夢中になるあまり、ご飯が残り気味になってしまうのも定番のことで……もっと食べたい、まだまだ食べたいなんて気分を紛らわすために、ご飯を食べてお味噌汁を飲んで……ようやく膨れたお腹と食欲をどうにか落ち着かせる。


 そうしたなら三人同時に熱の残るため息を吐き出し……それからしばらくの間俺達は、無言で美味しいポークソテーを食べたという満足感に浸るのだった。

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