第117話 メニュー決定
その夜、テチさんに結婚式の食事についてのあれこれを聞いてみた結果は……「適当で良いぞ」というものだった。
そもそもそんな格式張った儀式でもないそうで、適当な食事があればそれで良いそうで……料理が出来ない場合は出前とかで済ませてしまっても良いらしい。
もちろん自分で作っても良いし、お金をかけて用意しても良いらしいのだけど……無理にそうする必要は無いんだそうだ。
ウナギや丸焼きという高級品が出てくるからと妙に張り切ってしまっていたけども、ウナギはテチさんのお母さんの得意料理というだけで、丸焼きもそこらで肉を調達してくる関係で高級品とも言えず……そこら辺のことを気にする必要は全く無いとのことだ。
それこそ俺が今まで作ってきたような保存食でもいいし、料理でも良いし、サンドイッチの詰め合わせなんかでも良いし、テチさんと結婚するということが何より大事なことなのでそこら辺のことは気にしないで良いんだとか。
……とはいえお客さん達にひもじい思いをさせるというのは論外なので、美味しく食べられる最低限のものが揃っていれば良いんだそうだ。
あちらの家と打ち合わせをしておこうと思ったのだけども、被ったら被ったで両方を愉しめば良いし、食べ始めてしまえばどっちがどれを用意したかなんてことは誰も気にしないしで、打ち合わせ云々の必要も無く……日程を事前に連絡しておけばそれで良いらしい。
そういう訳で翌日。
肩の力を抜いて考えて……俺らしいある料理を思いついた俺は、朝食を終わらせ家事を終わらせて買い出しを終わらせてから、早速とばかりに結婚式の際に出す料理の下準備を始めていた。
「燻製でしょ! これって燻製でしょ!!」
スーパーで一番上等な国産黒豚のバラ肉を買って、それらをチャック付きの調理パックに詰め込んで、ソミュール液代わりの浅漬に使う素を流し込んで、そこまで香りの強くないハーブを集めて調合し細かく砕いたものをパラパラと振りかけて。
そうやってから調理パックの中の空気を抜いてしっかりチャックを閉めて。
そうしたなら冷蔵庫に入れて寝かせて……と、そんな作業を台所で繰り返していると、いつもの椅子に腰掛けたコン君がそう声をかけてくる。
「正解! 今回はイノシシ肉じゃなくて豚肉だから以前とはまた違った味わいになるよ。
特にこれは上等なサツマイモを食べさせて育てた黒豚のバラ肉だからね……脂身がうんと甘くて、お肉が柔らかくて、燻製にすると他のとは段違いの美味しさになってくれるんだよ」
俺がそう言葉を返しながら作業をしていると……コン君はまな板に並ぶいくつものバラ肉のことを凝視しながらゴクリと喉を鳴らし……バラ肉を凝視したまま口をゆっくりと開く。
「えっと……浅漬けに使う素に漬け込んでからしばらく待たないとだから、これってやっぱり来週の結婚式用だよね?
そっかー、結婚式に燻製肉を食べられるのかー! またあのおいしーのが食べられるなんてうれしーなー」
「ふっふっふ……コン君、甘いよ。
確かにこれは燻製肉にするのだけども、それで終わりじゃなくて……そこから更に燻製肉を使った美味しい料理にする予定なのさ。
普通に食べても美味しいけど、しっかり料理した燻製肉はまた別格の美味しさになってくれるよ!」
「……燻製肉の料理!? 普通に食べても美味しいのに!?
ど、どんな料理に……えーと、えーと……パンチェッタの時はスープにするとか言ってたっけ? でも燻製肉をスープにするのは……ちょっともったいないなー」
「残念不正解!
答えはね、燻製肉を山盛りに乗せた燻製肉丼だよ」
「燻製肉丼……!!
えっと……燻製肉をご飯に乗せるだけ?」
肉丼と聞いて目を見開いて、そうしてからどんな出来上がりになるか想像して……そうしてから少しがっかりしてしまったのか、首を傾げながらそう言ってくるコン君。
そんなコン君に俺は、燻製肉丼の作り方を作業を進めながら教えていく。
まずスモークチップはそこまで香りの強くないものにする。
塩抜きも少し強めにする感じで……後はいつも通りに燻製をする。
燻製が終わったら薄く切っていって、切ったバラ肉をどんぶりの中に入れたご飯の上に乗せていって……乗せ終わったら軽く胡椒を振り、胡椒を振ったなら白髭ネギをたっぷりと、ふんわりと燻製肉の上に乗せる。
そうしたなら青ゆずの皮を摩り下ろしてどんぶり全体にふりかけて、軽く果汁をしぼってから卵黄をそのてっぺんに落とす。
それで一応の完成で、そのまま食べても良いし、あっさりポン酢タレをかけてもいいし、濃厚醤油甘タレをかけても良いし……と、そんな風にお好みな感じに味を調整したなら完成。
風味豊かなバラ肉の燻製と白髭ネギの相性は最高で、それと一緒に温かいご飯を食べたらもうたまらなくて、ゆずの香りや卵黄の濃厚さや各種タレの味が、最後の最後のお米一粒まで飽きることなく楽しませてくれる。
それを人数分……食べたい人全員に作るつもりで、今はそのための燻製肉を量産している所という訳だ。
「……燻製肉丼……! 美味しそう!!
しかもお肉が上等なやつなんだよね! イノシシ肉とどっちが美味しいの!?」
俺の説明が終わるなりコン君が椅子を蹴倒して立ち上がり、両手をぶんぶんと上下に振り回しながら興奮した様子で声をかけてくる。
「んー……どっちが良いかは好みにもよるかな?
イノシシはやっぱり圧倒的な旨味と野趣溢れる味がたまらない訳だし……黒豚は手間暇かけた高級肉だけあって、甘みと柔らかさと、肉全体の美味しさがたまらない訳だし……。
ただ個人的には、どんぶりにしたり料理とかにしたりするなら黒豚の方が上って思っているかな。
イノシシ肉はそれ単体で、シンプルに焼いて味わった方が本来の美味しさを味わえるかもね」
「そっかー! そうなのかー!
ってことは黒豚どんぶりは、以前の燻製肉より美味しい感じなのかー!
結婚式はどんぶりばっかり何杯も食べちゃうかもなー! オレ!」
興奮した様子のままそう言葉を返してきたコン君は……何か気付くことでもあったのか、ハッとした顔になり、動きを止めて深刻そうな表情となって、俺のことを恐る恐る見上げてくる。
「……にーちゃん、結婚式にはウナギや丸焼きも出るんだよね?」
「え? うん、そうだね、向こうのご両親が用意してくださるそうだから、出るだろうね」
「ウナギもいっぱいで、丸焼きもいっぱいで、更に燻製肉もいっぱい……?
そ、そ、そんなの! どれ食べたら良いか分かんないよ!? いや、もちろん全部食べるけど!? お腹がもたないよ! そんな美味しいものばっかりじゃ!?」
「……いや、まぁ、うん、それぞれ少しずつ食べるとかも出来る訳だし?
コン君なら前みたいにして、トイレに行きながら食べちゃうとかも出来そうだし?
サラダとか、酢の物とか漬物とか、そういう箸休め的なのも用意するつもりだから、そこら辺を間に挟みつつ休憩とかして、ゆっくり楽しめば良いんじゃないかな……?」
俺がそう返すがコン君は、納得出来なかったというか、俺の言葉を素直に受け取ることが出来なかったようで……そうしてコン君はしばらくの間、頭を抱え込んだり、くるんと丸くなって寝転がったり、ゴロゴロとそこら辺を転がったりしながら、結婚式の日にどの料理を食べれば良いのだと、そんなことを悩み続けてしまうのだった。
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