第110話 缶切り


 テチさん達の鍛錬というか運動というか、忍者ごっこが終わったら今度はバーモンなカレーパウダーを使ってのカレー味兵糧丸を作っていく。


 少し粉の量を調整しもちもち感を強めにし、甘さを控えめにしてカレーパウダーを少し多めに。

 そうやってカレー兵糧丸というかカレー団子にしてやると、これがまた中々美味しくカレー味なのもあってか、ちょっとした食事気分で楽しめる事ができた。


 カレー味がメインなので各種スパイスやショウガ、ニンニクなんかを入れても違和感はなさそうで、そういう方向での栄養食というか、スパイス食として食べても悪くないかもしれないな。


 そんな兵糧丸を食べ終えたならまたテチさんとコン君による鍛錬というか忍者ごっこというかが始まり……二人はピョンピョンと跳ね跳びながら見事な姿を見せてくれる。


 濃縮された栄養と言うかカロリーというか、そんな兵糧丸を食べたおかげもあってか、その動きにはキレがあり、いつも以上に軽快に棒が振るわれていて……うん、今後のカロリー不足は兵糧丸を定期的に作っておけばそれで解決できるかもしれないな。


 毎日同じ材料ばかりでは栄養の偏りが出てしまうけども、もち米や白玉粉、そば粉やきび粉、などなど様々な材料を使う兵糧丸ならその心配がないし、今日試した砂糖味やカレー味や……抹茶味とか醤油味に味噌味、季節によってはサクラ味とか旬の果物味とか、色々な味でも楽しめて飽きが来にくそうだというのも、中々の強みだ。


 栄養バランスを考慮したローテーションをしっかり組んでやれば……うん、悪くない結果になってくれそうだ。


 忍者食の兵糧丸ならば二人も喜んで食べてくれそうだし……早速明日から作っていくとしよう。


 ……と、そんなことを考えているうちにキッチンタイマーがジリジリと音を立て始める。


 ああ、そうだった、缶詰作りもしていたんだなと思い出し、台所へと向かい……テチさんとコン君が鍛錬を続けている中、缶詰作りの仕上げを行っていく。


 と言っても大した作業がある訳でもない。


 コンロの火を止めて、缶詰を鍋から取り出して……水気をよく拭き取り、よく冷めてくれそうな、風当たりの良い場所に置いておくだけ。


 そうやって程々に、食べてもヤケドしない程度に冷ましたなら、後は缶切りで蓋を開けて……実食、という訳だ。

 

「ああ、いや、フルーツだけは別にして冷ましておこうか。

 他のは温かくても美味しく食べられるけど、温かいフルーツってのは流石にね、美味しくなさそうだからね……」


 缶を並べ終えた所でそんな独り言を口にして……そうしてフルーツが入っている缶だけを、一応耐熱ミトンをした上で手に取る。


 缶にはしっかりとペンで中身が何であるのかが書いてあり……取り間違える心配はなく『フルーツ』と書かれたその缶を流し台へと持っていって、小さなボウルに入れた上で、蛇口の下に置き、ちょろちょろと少しだけ水を出して流水に当てておく。


 これなら他よりも早く冷めてくれるだろう。

 なんてことを考えていると、鍛錬を終えたテチさん達が台所へとやってきて……たくさん兵糧丸を食べてテンションが上がってしまったのか、さっきよりも汗まみれというか、土まみれ埃まみれとなっていて……俺は無言でお風呂場の方を指差す。


 そうしてテチさんとコン君がお風呂場に言ったのを見送ったなら……流石に缶詰だけでは味気ないだろうとサラダを……大根と水菜に梅おかかを散らしたサラダを用意して……サラダと缶詰各種と缶切りを居間のちゃぶ台へと運んでいく。


 各種食器や箸なんかも用意しておいて……テチさんとコン君がやってくるのを待ち、数分もしないうちにシャワーと着替えを済ませたテチさんとコン君がやってくる。


「よし、じゃぁ缶切りはコン君にやってもらおうか」


 そう言ってやってきたばかりのコン君に缶切りを手渡す。

 

 最近はすっかりと使うことが無くなった缶詰の蓋を開けるための道具……缶切り。

 最近の缶には当たり前のように開封機構があって、開きやすくなっていて……その結果、缶切りの使い方を知らない人もそれなりにいるらしい。


 もしかしたらこれからずっと缶切りを使うことも無く過ごしていくのかもしれないし、無用で無駄な知識なのかもしれないけれど……それでももしかしたら使う機会があるかもしれないと、缶切りの仕組みと言うか使い方と言うか、テコの原理が活用されていることとかを教えながら使い方を教えてあげる。


 そうしたならコン君の背後に移動し、コン君の手ごと缶切りをそっと掴み、缶切りを缶に当てて刃をぐいと差し込み、3回程缶切りを動かしてみせて……後はコン君に任せる。


 するとコン君はその目をキラキラと輝かせながら楽しそうに缶切りを動かしていき、段々と缶切りを動かす速度を早めていって……夢中になってしまったのか「ひゃー!」なんて声を上げながら物凄い勢いで缶を切っていってしまう。


「あ、コン君ストップストップ。

 缶の蓋は全部あけちゃいけないんだよ」


「えー? 蓋はあけなきゃいけないものなのになんで?」


 そこで俺がそう声をかけるとコン君はそんなことを言いながらはたと動きを止めて、後少しで完全に蓋を切り取れるのにとその部分を指差しながら首を傾げてきて……俺はそんなコン君の仕草に笑いながら、缶切りを受け取って後少しで完全に缶から切り離されてしまいそうな蓋に缶切りを引っ掛けて……蓋をくいと、上に持ち上げる形で開封する。


「全部切っちゃうと蓋が完全に切り離されて、缶の中に沈んじゃうんだよね。

 そうすると調味液に浸かっちゃうし、中に入り込んじゃって取り出しにくくなっちゃうから、一部だけを残してこんな感じで上に持ち上げておくと良いんだよ。

 それと蓋を切った後というか、蓋の縁と缶の口の部分は缶切りでザクザク切った結果、トゲトゲな感じに鋭くなっていて、触ると怪我をしちゃうから気をつけるようにね」


 そう説明するとコン君は、顔をぐいと近づけて缶の蓋や口部分をじぃっと観察して……そうしてから納得したのか「なるほど!」と声を上げてから、うんうんと力強く頷いてくれる。


 それからコン君は蓋が開封されて顕になった缶の中身を見て、良い香りとまだまだ残る熱気を放つサバの味噌煮をじぃっと見つめる。


 しっかりと火が通っていて、調味液も良い感じに染み込んでいるようで、サバがいかにも美味しそうな色に染まっていて……ごくりと喉を鳴らすコン君に俺は、残りの缶詰のことを指で差す。

 

 まだまだ開封しなきゃいけない缶詰は残っている、それらの中には美味しいものが詰まっている。


 俺の指の先を見てそのことを認識したコン君は……俺が手渡した缶切りをまるで刀かなにかのように格好よく構えてから、残りの缶詰へと襲いかかるのだった。

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