第105話 扶桑の木

 

 扶桑の種の発芽に驚いたりなんだりしているうちにお昼休憩の時間が終了となり、テチさんとコン君は畑へと出かけていって……そんな二人を見送った俺は我が家を後にしてホームセンターへと向かい……そろそろ買い足す必要のあった日用品と一緒に、盆栽用の植木鉢とじょうろと腐葉土なんかを買うことにした。


 テチさん曰く扶桑の種に肥料や世話だとかは必要ないそうで、そこらの土を入れた適当な器の中に埋めてやって、うっすらと濡れる程度の水をかけて太陽の下に出しておけば良いとのことだったのだけど……それでもまぁ、どうせなら良い植木鉢を使って、良い土の中に埋めてやった方が良いだろうと思って、道具も合わせてそれなりに良いものを買い揃えてやる。


 買い物を終えて家に帰ってきたなら、適当な木箱を縁側の側に用意し、そこに植木鉢をちょこんと置いて、適当に腐葉土を詰め込んで……仏壇に手を合わせてから発芽した扶桑の種を回収し、腐葉土の中央に穴を作ってからそっと埋める。


 そうしたなら土をそっと被せて、じょうろでそっと水を振りかけて……これで良いだろうと頷き、腐葉土の残りを倉庫にしまい込んだり道具の片付けをしたりして……家に戻り、手洗いうがいなどを済ませてから残りの家事をこなしていく。

 

 洗い物をして、洗濯物の乾き具合を確かめて、家計簿に今日の買い物の内容を書き込み、通帳の残高をしっかりと確認し。


 そんな風に時間を過ごしてから、ふと扶桑の種の……いや、扶桑の若芽の観察日記でもつけてみるか、なんてことを思い立った俺はスマホ片手に縁側へと向かい、午後となって一段と強くなった太陽の光を浴びている若芽へとスマホカメラを向ける。


「え!?」


 スマホを通して若芽を見た俺は、そんな声を上げてから肉眼で若芽を見て、もう一度スマホカメラでもって見て肉眼で見て、というのを二度三度繰り返してから目をこする。


 さっきまでは間違いなく双葉の若芽だった。


 瑞々しく若々しい、ついさっき発芽したばかりといった様子だったはずなのだが、ほんの少し目を離した隙に、双葉の間にあった小さな茎がぐいと伸びて、伸びた茎から新たな葉っぱが現れて、若芽というよりも若木というか、何日か経たないとそうならないだろうという姿になっていたのだ。


「は、はやー……」


 思わずそんな独り言が口から漏れる。


 流石扶桑というかなんというか……どうやらその大きさだけでなく育つ速度すらも常識から外れたものであるらしい。


 この短時間でこれだけ大きくなるのなら、ここでじっと見ていれば成長する様が見られるかも? なんてことを考えた俺はスマホカメラを構えたまま、その若木が成長するのを待つが……数秒たっても、数十秒たってもこれといった動きはない。


 今日はもう成長しないのだろうか?

 それともこの植木鉢だとこの大きさが成長限界なのだろうか?


 そんなことを考えながら更に数十秒待ってみるが……これといった動きはないままで仕方なく俺はスマホを操作して今の状態を写真に収めていく。


 連続で撮ってみたらコマ撮り映像みたいにならないかな? なんてことを思って実行してみたけどもそんなことはなく……全く動かない若木を相手にし続けてもしょうがないので、スマホをしまい家事に戻る。


 家事をしながら考えるのは夕食のことだ。


 今日の夕食は何にしようか……お昼は麺類(肉ソバ)だったから、ご飯物……?


 野菜も色々食べて欲しいし、それでいてカロリーもとなると……やっぱり油を使ったドレッシングをたっぷり使った上に、粉チーズなんかを振りかけてのサラダが良いだろうか?


 しかしご飯物とサラダは合わないよなぁ……カレーなら悪くはない、かな?

 こってりではなく爽やか目のカレーにして、サラダはこってりにして、あえてギャップを楽しむ、とか?


 それとフルーツヨーグルトでもあれば悪くはないか。


 カレーそのものの量と肉の量を調整したらカロリーもある程度調整できるはずだし……悪くないかもしれない。

 市販のルーだとどうしてもこってりになりがちなので、スパイス混ぜて自分でルーを作っても良いかもしれないなぁ。


 ああ、今度作る兵糧丸をカレー風味にしてみるのも良いかもしれないなぁ。

 うん、中々美味しくなりそうだし……その日のために色々とスパイスを揃えておくとしようか。


 なんてことを考えているうちに時間が過ぎていって……段々と気温が下がってきて風が強くなってきて、そろそろ扶桑の植木鉢を表から屋根の下……玄関か倉庫辺りにしまった方が良いかな、なんてことを考えて、縁側へと向かうと……二度目ということもあってそこまで驚かなかったけども、それでもびっくりしてしまう光景が広がっていた。


 若木が木になっていた。


 青々としていたはずの茎が、茶色の幹になっていた。


 しっかりと太くなっていて、真っ直ぐだったはずの茎がくねりと曲がってカチカチに固まっていて……何本もの枝があり、数え切れない程の葉が生えていて、盆栽職人さんが手間暇かけて、数十年かけて育てましたみたいな貫禄を出してしまっていた。


「観察のしがいのない木だなぁ……」


 そんな独り言を口にしながらスマホを取り出した俺は、その姿をもう一度撮影し……さっきの若木と見比べる。


 ……うん……うん。

 これが同じ植物なんですって言っても、たったの数時間でこうなったんですって言っても、誰も信じてくれないだろうなぁ。


 植木鉢だけそのままで中身を入れ替えたと思われるだけなんだろうなぁ。


 ……まぁでも、改めて考えてみると扶桑であればこのくらいの芸当は出来て当たり前なのかもしれない。


 あんなにも大きく育つ木であり、そこに生えているだけで空気を清浄にする力があって、寿命を伸ばす力があるかもしれなくて、森の中の作物や動物を大きく元気にする力もあって……大昔には、その生命力で毎朝登ってくる太陽を生み出していた、なんて風に信じられていて。


 太陽を生み出すことに比べたら、あっという間に立派な木に成長するなんてことは何でもないことなのかもしれないな。


「ふーむ……盆栽みたいな感じでも周囲の空気を綺麗にしたりするのかな?

 これの世話をしていると俺の寿命が伸びちゃったりするとか?

 ……いっそのこと寝室の、窓の側に置いておくのも良いかもしれないなぁ。

 そうしたら寝ている間に健康になれるかもしれないしねぇ」


 扶桑の植木鉢の側に近寄り、じぃっと見つめながらまたもそんな独り言を口にする。


 気持ち的には扶桑の木に話しかけている感じなのだけども……まぁ、それでも傍から見れば独り言だろう。


 そろそろテチさんが帰ってくる時間だし、変な目で見られないように気をつけないといけないな……なんてことを考えていると、タイミングよく足音が聞こえてきて……仕事を終えて少し疲れた様子のテチさんがこちらへとやってくる。


 こちらへとやってきて俺のことを見て、俺の目の前にある植木鉢を見てテチさんはその目を丸くしながら、まるで驚いているかのような表情をしながら、その口をぱくぱくと動かし始める。


 え、なんですか、その反応。

 扶桑の木ならこれが当たり前なんじゃないんですか?

 もしかしてこれって異常なことなんですか?


 テチさんの反応を見た俺がそんなことを考えていると、何度も何度も口をパクパクとさせたテチさんが、ようやくといった感じで声を上げてくる。


「み、実椋!? お前それっ……!?

 そ、そ、それをどうやってそんなに大きくしたんだ!?」


 その言葉は大体想像していた通りのもので、この扶桑の木に起きている現象は扶桑のことに詳しいらしいテチさんでも驚いてしまうことであるようで……そんなテチさんの態度を受けて俺は、何もわからない、何もしていないということを示すために、顔を左右にぶんぶんと力いっぱいに振るのだった。

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